e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

伊根町、再び。

9月4

tinzao 昨夏以来、再び丹後の伊根町を訪れたのは、奇しくも「伊根花火」の日でした。

交通規制が始まる16時までには入らないと、会場近くの駐車スペースが埋まって入れなくなってしまう恐れがあるので注意が必要です。

舟屋を改装した「台湾茶葉専門店 靑竈(チンザオ)」の空きができるまでの間、近くの屋台で焼きそばやクレープを食べて待ちました。
屋台の店主の明るい声がよく通ると思ったら、向かいの海蔵寺のご住職さんでした。
日頃は宿坊をされていますが、この日は地域貢献のためにお店番。

伊根湾を望む靑竈にて対岸の屋台村の喧騒を遠くに聴きながら、冷えた台湾茶でクールダウン。
いわば「舟のガレージ」だった場所なので冷房こそありませんが、それぞれのお客がリラックスしてすっかり長居してしまうのがよく分かります。

祭り会場に見えるクレーンは、日が暮れるとスクリーンを引き上げて映画を上映するそうです!
町のあちこちの舟屋や母屋の網戸からは、家族親族が集まって団らんしている様子が垣間見えました。

今回は離れた宿泊先の夕食の都合で夕方で泣く泣く伊根町を後にしましたが、
次にここに来る時には、伊根花火に合わせて(今年は5月1日に日程は発表されました)舟屋の宿を早めに押さえておいて、本庄浜海水浴場と共に楽しみたいと思います。

清水寺から観た送り火は…

8月22

1000清水寺から五山の送り火が観える」。
一部のSNS等で話題になっていたので、観え方を検証すべく音羽山へ向かってみることにしました。
全てというわけではありませんが、幾つかは観えるらしいと。

「ここに日本人は居ないのでは?」と思う程に外国客で賑わう参道を登ります。

結果としては、比較的良い視力の裸眼では
「左大文字らしきものと、船形らしきものと、鳥居型らしきものが観えた」
という感じでした。
それぞれの送り火とかなり距離が離れているので、撮影にはかなりズームのきくカメラでないと厳しいと感じました。

しかしながら、千日参りも同時に参加できたので、日差しの和らいだ境内で風鈴の涼やかな音を聴きながら、
様々な国から集まった人々と手を合わせ、同じ方向を向いてすごす平和で穏やかな時間もいいものです。
これぞ清水の舞台に集う醍醐味なのかもしれませんね。

家族連れだったので長距離の坂道移動は困難とみて、五条坂と三年坂が交差する車両通行止めポイントまでタクシーで行き、
帰りもちょうど同様の場所で、千日参りが終わる時間までに間に合うよう乗り付けてきたタクシーに声をかけて乗車する事ができました。

コロナ禍で生まれた新しい神事

7月19

sinsen前祭宵山の間は、昨年より新たに始まった儀式「御神水交換式」を観るため神泉苑へ出向きました。

国宝の八坂神社本殿の地下には「龍穴」と呼ばれる池があるとされ、祇園祭の起源とされる869年の御霊会が行われた東寺真言宗寺院・神泉苑の池と繋がっているという伝承があることから、双方の境内の水を交換し、浄化した水を神事に使用するというもの。

神泉苑の善女龍王社の閼伽井で汲み上げた閼伽水と、 八坂神社本殿の御神水を、祝詞や加持祈祷で浄化、交換して持ち帰った水は「龍穴」に繋がる井戸に注がれ、「青龍神水」として疫病を鎮めんと、昨年から山鉾巡行や神輿渡御などでも取り入れられています。

昨年就任したばかりの八坂神社の宮司による提案で始まり、神泉苑の住職のほか東寺の執事長も参列したそうで、まさにコロナ禍で生まれた神仏習合の儀式です。

後祭でも山鉾巡行神輿の渡御は行われます。
お水が使われた場面に遭遇したら、ぜひご注目ください。

闘うこどもたち

6月28

hariken 大型連休中に高台寺の忍者イベントでPRしていた『忍風戦隊ハリケンジャー』テレビ放送20周年記念の映画を、子供達と観に行ってきました。
子供向けとはいえ、時代も舞台も「お江戸」という「時代劇」なのですが、東映・京都撮影所によって京都でロケが行われています。

我が親子にとっては観た事のなかった時代の戦隊シリーズにも関わらず、高台寺公園でのタッチ会と映画の影響か、以来、家の近所を歩く度に石塀をよじ登り、垣根をそろそろと渡り、我が家の小さな忍者たちは移動の合間も忙しくしています。

冒頭から萬福寺を舞台にチャンバラが繰り広げられ、思わず
「こないだみんなで遊びに行ったお寺だよ」を耳元で教えたくなりました。
拝観者が足を踏み入れる事の無い白砂の上でも迫力のアクションです。
大スクリーンに耐えうる臨場感は、やはりセットとは大違いですね。

大江戸の町はおそらく太秦映画村でしょうか、屋根瓦を縦横無尽に飛び回るのは忍者戦隊ものならでは。
水上を駆け抜ける水蜘蛛の術も出てきます。
主人公が最終形態に変身した姿は、所作もまるで歌舞伎役者。
面白いけど、子供ウケは…?と気になりましたが、「かっこよかった」そうです。

その後、ふとSNSに流れてきた言葉にはっとしました。
映画の感想を書いた内容ではありませんでしたが、近頃仮面ライダーが大人向けの映画になったり、
ディズニーの過去の名作が実写化されるのをよく見かけるのは、もしかしたら
親世代を巻き込まないといけないほど、少子化による市場の縮小の影響が如実に現れてきているのではないか、というものでした。
少子高齢化の影響は、あらゆる業界にとっても他人事ではありません。

今日も模擬刀を手に、目に見えない架空の敵と戦う我が子たち。
子供達が成長した次の時代は一体どうなっているのだろう、困難に向かって一緒に戦える仲間は十分にいるのだろうか、とその姿を眺めています。

「苔寺」の池に吸い込まれる

6月13

koke 先日の大雨の夜、ふと「苔寺に行くなら、今がチャンスでは?」と思い立ちました。
雨をたっぷり含んで、瑞々しい景色が広がっているのではないかと。

学生の頃、「拝観料3000円する西芳寺、いつか行ってみたいよね」と友人達と話していたきり。
予約方法は長らく往復葉書のみでしたが、2021年からオンラインにて前日まで拝観の申し込みが可能になりました。

門前の川は怒涛の勢いで流れていましたが、境内に入ると本堂が白砂と快晴との狭間に静かに佇んでいて、「ああ、もう夏が来たんだな。」と思わず仰ぎ見ました。
本堂ではいつもよりも強い風が蒸し暑さを吹き飛ばしてくれるので、気持ちよく写経させて頂きました。

朝は既に予約が埋まっていたので、庭園を回遊し始めたのはお昼前。
苔の絨毯はもう雨粒を空へと手放したのか、しっとりというよりは、ふかふかになっていました。
自分の撮影の腕では苔の美しさを十分に撮れないと半ば諦めていると、目の前に現れた大きな池に足が止まりました。
青空と周りの木々の緑が水面に映り、水彩画の様に複雑なグラデーションを描いているのです。

木々を映す水鏡なら他の寺社でも見かけているはずなのに、どうしてこんなに鮮やかな発色をしているのでしょう。
水の透明度や気象条件に恵まれていたのでしょうか。そこだけが異世界のようでした。

法相宗から浄土宗、禅宗へと宗派を変えながらも実に1,300年という歴史を持つ世界遺産の通称「苔寺」こと西芳寺ですが、庭園に苔が繁茂し始めたのは200年前の江戸時代後期なのだとか。
よく知るお店が、坪庭に苔が定着するのに苦労していたことを思い出すと、これだけの広大な敷地に根付く苔やその他の植栽を維持管理するのは気の遠くなる作業かもしれません。

オーバーツーリズムが指摘されている昨今の京都において、程よい人気と静けさを求めるなら、有名どころや交通の便の良い所を候補から外したりする必要が出てきています。
それらを考慮すると、オンラインで参拝冥加料が4,000円だとしても、決して高くはないのかもしれません。

動画は後日こちらにアップしますね。

普(あまね)く大衆と茶を共にする

5月30

fucha 連休と梅雨シーズンの間は、芽吹く新緑が活力を与えてくれる季節です。

宇治市・黄檗にある萬福寺の塔頭・宝善院の普茶料理を久しぶりに頂きました。
宝善院開基の独振性英禅師は隠元禅師の大通事(通訳)を勤めた人物だそうで、その歴史は300年を優に超えています。

「鶯の鳴き声って、まだ聞こえるんだね」と語り合うほどに静かで、この日にのために設えられたであろう床の間の花の香りが、離れた自分の席にまで漂ってきていました。
当日こちらに欠員が出てしまいましたが、食事も禅修行のうちとされる「五観の偈」には、正しい心で残さず頂くという心得が記されています。
ご厚意により、残った分を持ち帰れるようにしてくださいました。

宝善院では鈴虫を飼育されているそうで、9月上旬の夜には鈴虫の鳴き声を聴きながら松茸をふんだんに使った普茶料理が頂ける催しがあるそうです。
いつもは朝から一人で料理の仕込みをされ、表には出てこられない和尚様とも、この時は一緒にお話をしながら秋の夜を楽しめるとのこと。
例年だと時間は18時から20時まで、志納料1万円(税抜)くらいでご予約制とのことでした。
コロナ禍前は、卓上で松茸を焼いたりしていたそうで、今年はどの様な形でするのか詳細はまだ未定だそうですが、時期が近づけば公式サイトやSNSにて告知されるそうです。これを読んでお腹が空いてきた方は要チェックです!

鞍馬山からパワーをもらう

5月23

kurama 少し前の話になりますが、今月の満月の夜は鞍馬寺にいました。
コロナ禍が明けて再開された五月満月祭(うえさくさい)は、以前のように夜通し行われるのではなく、終電に間に合うよう行程が変更されていました。
本堂前には銘々にシートを敷いて開始を待つ人々多数。
自分が初めて参加してから随分年月が経っているためか、前に出逢ったような、パワーストーンをたくさん身に着けた「いかにもスピリチュアル系」な出で立ちの人々の姿は余り見られませんでした。

きよめの儀式が始まるまで時間があったので、鞍馬から貴船へと続く山道を奥の院まで歩いてみることに。
入山する瞬間から空気が変わり、木の根道を抜け、行き交う人と挨拶をかわし額に汗をにじませながら新緑の森を進みます。
それぞれの名前はわからないけれど、鮮やかな緑の葉の艶や、岩間から水が湧き出るように垂れ下がる細い葉っぱ、まるで人が立ち上がった瞬間かのように根っこが隆起した巨木。
あとは倒木がまるで橋のように小川に横たわっていたりと、台風21号の爪痕があちこちに残っていましたが、その荒々しさにかえって自然への畏怖の念がおのずと湧いてきます。

荒天でも最後にはいつも晴れて月が姿を現すというこのお祭り。
自分の立ち位置からは見られませんでしたが、周りの人々の会話から、一瞬だけ雲間から月が出ていたそうです。
前回参加したときと同様に、月や宗教というより、人や鞍馬山の自然からのパワーをもらった一夜でした。

楽しみ有り。

5月3

koyomi 前回に引き続き、織田有楽斎ゆかりの正伝永源院に向かいました。
現在特別公開中の建仁寺の塔頭で、京都文化博物館の織田有楽斎展と相互に拝観の割引を実施中です。
門を潜ってすぐ、有楽斎の妻や細川家歴代の墓、福島正則家臣の供養塔が目に入ります。

有楽斎が創作した国宝茶室「如庵」は愛知県の有楽苑に移築されていますが、平成8年からこちらに建つ「正伝如庵」は、本歌と瓜二つとのこと。
躙口から内部を覗くと、千利休の息が詰まるような薄暗い茶室とは事なり、窓が多くて広いので明るく感じます。
「こちらの腰張りは「暦張り」と言いまして..」と昔ガイドをした頃のことを思い出しました。
彼の独自の構想が光るデザインであるとともに、細かく記された内容は当時の風俗を知る上でも良い資料となるのかもしれません。

庭園はつつじが咲き、新緑のもみじが青々と既に初夏の装い。
細川護熙氏が手掛けた襖絵は、どれも静謐な景色です。山楽が納めた「蓮鷺図」の襖絵と同じ自然風景の中の静けさを求めたのかもしれません。
2021年に約100年ぶりに戻されたとい紹鴎供養塔が中央に聳え立ち、ふもとには純白の百合の花が供えられていました。

特別公開期間中、拝観を休止する期間がありますので、公式サイトをご確認の上お出かけください。
『文藝春秋』五月特別号には、織田有楽斎や正伝永源院の特集が収録されています。

織田長益の人となり

4月26

uraku
京都文化博物館にて「四百年遠忌記念特別展 大名茶人 織田有楽斎」が開催中です。

織田信長の13歳離れた弟・長益は、「利休十哲」の一人にも数えられる大名茶人「織田有楽斎」として広く知られています。
しかしながら本能寺の変で信長の息子・信忠を二条御所に残して逃亡し、その後豊臣秀吉、徳川家康のもとで武将として乱世を生き延びたことで、
「逃げの有楽」「世渡り上手」と揶揄されることも少なくありません。

しかしながら、当展覧会でも検証されている通り、本能寺の変後も時の武将や茶人、町衆との書簡のやり取りを見る限り、人々の立場の垣根を超えた調整役として多くの人に頼られていた事が伺えます。
縁の茶器もおおらかな風情のものが多く、武将としての荒々しさは見当たらず、書簡の文面には繊細な心配りさえ感じ取れ、決して織田家の血筋というブランド力だけで支持されていたとは思えませんでした。

自ら興した茶道有楽流は、なによりも「客をもてなす」ことを重んじ、ルールを厳格に守るよりも創意工夫を良しとする茶風なのだそうです。
「鳴かぬなら 生きよそのまま ホトトギス」。
織田有楽斎400年遠忌実行委員会が、新たに創作した句が秀逸です。

終盤に展示されていた狩野山楽の蓮鷺図は、パリの「オランジュリー美術館」にある「睡蓮」の絵の間を思い起こさせます。
同じく動乱の世を生き抜いた絵師による大作。少し離れて真ん中の椅子から、絵の中に入った気分で眺めるのがいいですね。

建仁寺の塔頭で、織田有楽斎ゆかりの正伝永源院は現在特別公開中で、京都文化博物館の織田有楽斎展と相互に拝観の割引を実施中です。
有楽斎が創作した国宝茶室「如庵」の写しや、2021年に約100年ぶりに戻された武野紹鷗供養塔など、有楽斎の生き様を改めて立体的に体感したいと思います。

隠れた藤の名所

4月11

fuji
妙心寺の塔頭・長慶院で観藤会が3日間だけ特別公開されていると知り、その日のうちに飛んで行きました。
初めて訪れるお寺の敷居を、心躍らせながら跨いで進んでいくと白い藤が出迎えてくれました。
と同時に「ぶーん…」。
大きな熊蜂が何匹も藤の周りを飛び回っていたので、そこを通り抜けるのはちょっとした試練でした。

客殿に入ると、眼前に広がる白や紫の藤の木々。数メートルは離れているのに、濃厚な香りに包まれました。
棚からぶら下がっているのではなく、下から花を持ち上げるような逞しい藤の樹。
拝観料を払おうとすると、「ご志納を賽銭箱にお納めください」とのこと。
藤の墨絵をあしらったご朱印等が有料で受けられるほか、お茶と藤を模したきんとんまで提供されていました。

SNS効果でしょうか、意外にもたくさんの人が撮影に興じていましたが、皆さん互いに真ん中のベストポジションを譲り合いながらとっておきの景色を撮っていた姿が微笑ましい。
たっぷりと蜜を吸った大きな蜂たちの羽音もなかなかの迫力ですが、彼らは蜜を集めるのに夢中なので、
恐れる必要は無いのかもしれませんね。

1600年創建という長慶院では、他にも様々な催しをされているそうです。
またちょくちょく公式SNSを拝見するといたしましょう。

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