e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

番外編の真珠庵

12月5

sinju
「由緒ある禅宗寺院が、よくここまで振り切ったものだ。」
一休禅師を開祖として創建された大徳寺真珠庵で特別公開されている襖絵のニュースを聞いて、多くの人がそう思ったに違いありません。
江戸前期の建築で重要文化財の方丈の、曽我蛇足や長谷川等伯といった絵師による襖絵の修復にあたり、代わりに納まっている現代の襖絵計45面は、中央の部屋は「釣りバカ日誌」で知られる漫画家・北見けんいちさん、方丈東側の部屋はアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」制作会社社長・山賀博之さん、西側「礼の間」にはゲーム「ファイナルファンタジー」のアートディレクター・上国料勇さんや、他にはNHKのアニメ「オトナの一休さん」を手がけるイラストレーター・伊野孝行さん、日本画家で僧侶の濱地創宗さん、花火の閃光で作品を仕上げる京都造形芸術大出身の美術家・山口和也さんが手掛けています。
いずれも現住職が旧知の漫画家や、東京で開く座禅会メンバーらで、絵の制作を依頼してからは一部の作家は真珠庵に寄宿、作務をしながら描いたのだそうです。
墨絵に浮かぶ戦闘機、カラオケで歌う一休さんを眺める髑髏、「EXILE」メンバーがモデルだという風神、雷神。今しか見られない番外編の真珠庵です。
北見けんいちさん自身がすごし、その様子を描いた与論島の風景はなんとも楽しげで、拝観者の顔も思わずほころびます。
本人や真珠庵歴代の住職、亡き妻、島の知人たちが遊び心いっぱいに書き込まれた現世と来世が入り混じるバーベキューの世界。
穏やかな天気のもと、愛する人々と食を共にし、音楽を楽しむ光景は普遍的な幸福に満ちていて、まさしく「楽園」の名にふさわしいものと感じました。
16日までの一般公開では、他にも通常非公開の書院「通僊院」や茶室「庭玉軒」、村田珠光作庭と伝わる「七五三の庭」が公開されています。

内外の力で支える京都の文化財

11月27

seiken
紅葉の美しいところは日本全国にあります。それでも多くの人が京都に訪れるのは、背景に歴史的建造物の重厚さがあり、またそれぞれの名所がコンパクトにまとまっているからなのでしょう。
先日初めて足を踏み入れた上高野の禅宗寺院は、今年9月の台風の被害の影響で足場が組まれているものの、紅葉や銀杏が見事でした。
約3千平方メートルの広大な境内には庭園や鐘楼、鳳凰閣、茶室、本堂を有していますが、観音堂前にあった杉の大木数本は台風により全て根元から倒れ、建造物群も大いに破損してしまいました。
それでも台風の翌日から多くの有志が境内の片付けや倒木の伐採にあたったそうです。
鳳凰閣の公開は28日で終了しますが、檀家を持たないため普段はひっそりとした環境を活かし、座禅修業を中心として毎朝の座禅会や新月・満月の座禅会、作務、茶道体験や整体等の活動をしているそうです。
もともと観光客に向けて広く開いている寺院ではないので、入り口には「宣伝なされませんよう」と書いてあり、ここでは名前を伏せますが、復興のための喜捨は集まるよう広く知られて欲しい気
世界的に「オーバーツーリズム」が問題になっている今、自分たちの微力を集めて文化の再興を目的とした観光にそろそろシフトしていってもいいのではないでしょうか。

2018年11月27日 | お寺 | No Comments »

人も紅葉も十人十色

11月21

saga  
紅葉シーズンでも人が少ないと聞き、北嵯峨にある直指庵へ。
本数の少ない嵐山駅からのバスを逃してしまい、待ち続けるくらいならと、30分かけて歩くことに。
予想はしていたとはいえ、観光客が車道にあふれんばかりの賑わいに「えらい時に来てしまった…。」と気後れ。渡月橋が今年の台風で被害を受けていた事なんて、渡っている途中まで思い出さなかった程です。
それでも府道29号線の高架下の住宅地へと逃れると、驚くほど人が少なく、大覚寺の北へと更に進んでいくと、歩いているのは殆どが近辺の住人です。
山門をくぐると、人の騒めきが多過ぎた場所から、音が最小限に削ぎ落とされた空間にやって来た事を実感します。
先の参拝者が去った後の本堂には、「「想い出草ノート」。3冊が残され、いずれも拝観者の思いの丈がまるで写経の様にびっしりと書き込まれています。
大切な人と訪れた人、病と共に生きる人、将来への不安を抱えている人、2~3行でさらっと書き残す人もいれば、1ページを丸ごと費やす人も。
強い筆圧でページがでこぼこになったノートは厚みも重さも倍にもなったかのようで、その点字の様な手触りを指先で感じていると、先程まで袖振り合ったたくさんの人一人ずつにそれぞれの物語があるのだ、「人混み」等という言葉を安易に使うものではないな、と思い直しました。
バス停までの帰り道。夕焼け空が開けた畑で、黙々と農作業をする夫婦を眺めながら歩いていると、北嵯峨の本来の素朴な美しさを垣間見たような清々しい気持ちになりました。

お地蔵さんの行方

8月28

jizo
お盆を過ぎたころ、子供の成長を願い京都や滋賀、大阪などの近畿地方で行われる「地蔵盆」。意外にも、長年京都に住んでいても参加した事が無い人が多いのです。
町内にお地蔵さんが無かったり、少子高齢化が進み大人だけで執り行ったり、または行われなくなってしまったところも。
マンションに住んでいた幼少期は、一角にあったお地蔵さんを拝み、広い駐車場で他の子供達とスイカ割りをしてゴザの上で食べ、浴衣で花火を楽しんだ記憶がありますが、他の地域に引っ越してからはその機会も失われてしまいました。
この夏、繁華街にほど近い天性寺で、誰でも参加することができる地蔵盆が開かれたので、境内を覗いてみると、協賛店舗による軽食やかき氷の屋台、屋内では浴衣や雑貨のお店、お茶スタンド、飲食スペースがあり、福引で当てたのか、鐘のふもとでシャボン玉を吹く兄弟の姿もありました。
皆で肩寄せ合うように円座し、念仏を唱えながら大きな数珠を繰り回す「大数珠繰り」では、赤ちゃんが思わず輪の真ん中に向かってはいはいしだしたり、お下がりのお菓子を「昔子供だった人もどうぞ」とお坊さんが配られたり、微笑ましい光景でした。
本堂その他で汗も滲みましたが、授乳やおむつ替えのできる小部屋は冷房が効いていて、おむつを入れるビニール袋やお尻拭きまで置いてあるという細やかな心遣い。
観光客向けの地蔵盆イベントやツアーは人気だというのに、各町では共働き世代が増えたり、夏休み中で居なかったり、地蔵盆という風習に馴染みが無い人もいたり、事情もさまざまです。
京都市の中心部ではホテルやマンション建設が相次ぎ、お地蔵さんや飾りの保管場所の確保も課題となっているそうですが、公共のスペースを持つ町内のホテルが地蔵盆の開催や倉庫を請け負う新たなケースも現れているそうです。
あなたの近くにお地蔵さんはおられますか?

2018年8月28日 | お寺, イベント | No Comments »

洞窟の中のお不動さん

6月5

tanuki
開山300年を迎えた狸谷山不動院では、11月まで本尊の石像不動明王像を間近で参拝できる特別拝観が行われています。
本堂に入るやいなやお不動さんと目が合い、その距離を感じさせないくらいの真っ白な眼球になんとなく目を反らせられないまま近づき内陣に足を踏み入れると、冷やっと自分の周りにある空気が変わりました。
よく見ると、途中から岩肌になっています。本堂の通常の参拝位置から観ただけではどこに洞窟があるのか気づきませんでしたが、いつの間にか洞窟の一角に居たのでした。
正直なところ、胎内巡りのような真っ暗な洞窟の中を恐る恐る進むスリリングなものを勝手に想像していたのですが、内陣の中は数歩で出られるくらいの大きさで、あっけなく参拝を終えたのでした。
現代人だからこそ簡単に済ませられるものですが、それでもここまでに駅から15分程坂道を歩き、250段の階段を登る必要があります。
「健脚コース?いやいや、これも“行”か!」と雑念ばかりを背負って登って来てしまっていたわけですが、少なくとも1944年に亮栄和上が入山するまで殆ど人の手が入ってなかった約230年間は冷たい洞窟と洛中を繋ぐ険しい山道の往復は、厳しい道のりだった事でしょう。
「がん封じ」で知られる「祈り」の霊山のため、境内の柱には、描かれた身体に自分の悪いところを記して納める木札がびっしり。中には外国語の表記も見られます。
なんと、16日にはプロジェクションマッピング、17日には夜の特別拝観も行われるそうです。

大雄院襖絵制作プロジェクト

5月15

daiyu
まるで迷路の様な妙心寺の境内の北側に、大雄院(だいおういん)があります。
禅寺本山の襖絵と言えば、山水や文人を描いた水墨画や、絢爛たる狩野派のそれを連想しますが、こちらは江戸時代の漆工家・絵師の柴田是真がデザインした花の丸図を、現代の宮絵師・安川如風氏が描いたもの。
円という限られた空間に吸い込むように季節の動植物を閉じ込め、写実的でありながらも軽やかに見える洗練されたデザイン性は、洋間に置いたとしてもその場に清楚な空気感を与えるような、普遍的な美がありました。
縁側には正座せずに座れる長椅子に座布団、写経の代わりに置いてあるのは、襖絵のデザインのまま思いも思いに色を塗って楽しめる塗り絵が、なんだか少し新しい。
今季の特別公開は終了してしまいましたが、次回もどんな襖絵が出来上がっているか、期待して待ちましょう。
拝観の後は、妙心寺からすぐのところにあるカフェにもお邪魔しました。そのお話は、また後日に。
なお、19、20日は隣華院にて「人形感謝祭」(法要:12時半〜)、20日には長慶院にて「お寺で音楽夜会 瞑想と響き ~The sound of ZEN~ 」(16時半〜)が行われるそうです。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭

5月1

kg
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 」の会場を一日で4か所巡って来たので、その一部をご紹介します。
京都新聞社ビルの地下会場は、無料で入場できます。
普段は入る事のできない印刷工場のレールに沿って並ぶは、アメリカの写真家で映像作家の
ローレン・グリーンフィールドが撮り続けていた、富める人々の飽くなき欲望の数々。
繰り返される歴史を擦り続けていた空間を会場に選んだ意図を感じずにはいられません。
一方、建仁寺の塔頭・両足院では、この展示のためにあえて黒い畳を敷き炭化した木材が用いられており、対照的に陽の光が眩しい新緑の庭から涼やかな風が入り込んでいました。
しかし、そこに展示されているものは、真っ赤な花びらを握り潰し、投げつけて執拗に押し固めたような物体。
かぐわしく華やぐ植物というよりも、まるで生き物の臓器を見せつけられているかのよう。
私達が普段、食事をしているときに、命を意識していないのと同じように、華やかな生け花もまた、無抵抗に命を奪われた生命体の最後の輝きであることを突き付けられています。
作者が故人であるため、写真パネルという形でしか鑑賞する事はできませんが、提携イベントとして、出町商店街に新たに登場した映画館「出町座」では、映画『華 いのち 中川幸夫』が上映されています。
六畳一間の極貧生活の中で、誰が観ても観なくても花をいけ続けたという華道家・中川幸夫の、より肉迫した創作のエネルギーがぶつけられるのではないでしょうか。
“> KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」の会場を一日で4か所巡って来たので、その一部をご紹介します。
京都新聞社ビルの地下会場は、無料で入場できます。
普段は入る事のできない印刷工場のレールに沿って並ぶは、アメリカの写真家で映像作家のローレン・グリーンフィールドが撮り続けていた、富める人々の飽くなき欲望の数々。
繰り返される歴史を擦り続けていた空間を会場に選んだ意図を感じずにはいられません。
一方、建仁寺の塔頭・両足院では、この展示のためにあえて黒い畳を敷き炭化した木材が用いられており、対照的に陽の光が眩しい新緑の庭から涼やかな風が入り込んでいました。
しかし、そこに展示されているものは、真っ赤な花びらを握り潰し、投げつけて執拗に押し固めたような物体。
かぐわしく華やぐ植物というよりも、まるで生き物の臓器を見せつけられているかのよう。
私達が普段、食事をしているときに、命を意識していないのと同じように、華やかな生け花もまた、無抵抗に命を奪われた生命体の最後の輝きであることを突き付けられています。
作者が故人であるため、写真パネルという形でしか鑑賞する事はできませんが、提携イベントとして、出町商店街に新たに登場した映画館「出町座」では、映画『華 いのち 中川幸夫』が上映されています。
六畳一間の極貧生活の中で、誰が観ても観なくても花をいけ続けたという華道家・中川幸夫の、より肉迫した創作のエネルギーがぶつけられるのではないでしょうか。

お寺のひな祭り

3月6

hina 春桃会の三十三間堂。普段は厳かな佇まいの千手観音坐像も、隣にお雛さんが飾ってあるだけでどことなく春の空気をまとっていました。
この日に限り、体半分ほど高いところから堂内を眺められる足場が設置してあり、おびただしい数の千体千手観音立像が規則正しく並ぶ様を斜め上の角度から観ると、まるで合わせ鏡の中で永遠に続いているかのようです。
境内で女の子の赤ちゃんを連れた人をよく見かけたのは、桃の節句に子供の幸せを願ってのことでしょう。実家にあるお雛さんを思い出し、代わりに女性専用の「桃のお守り」を受けて後にしました。
三十三間堂の東側に出たすぐそばの法住寺の、庭を隔てた奥の書院には、三間にわたって吊り雛をはじめとした様々な人形が花壇の様に彩を放っていました。
段飾りに、床の間には立ち雛の掛け軸、畳の上には貝合わせに西洋の人形まで、様々な姿で親しまれてきた人形たちを観ていると、それらをひとつひとつ包み、大切にしまって引き継いできた人々の姿を想像します。
子供の頃は単なる人形遊びだったひな祭り。その意味を知り、お片付けやお飾りを手伝うようになったのは、いくつのときだったかな。

萩の寺の別の顔

2月13

jorin
出町柳駅を出てすぐ、常林寺には、勝海舟が寝泊まりしていたという一室があります。
幕末ゆかりの人物や建築物の魅力は、肖像画ではなく写真という形でよりリアルに感じられること。
この部屋も、まるで勝海舟がつい先程まで居たかのような錯覚を覚えてしまいます。
庭を流れている枯れた川は、砂川の跡。往時の志士達は、このせせらぎを聞いたのでしょうか。
この寺は三角州にあったために水捌けが良く、萩が良く育つのだそうです。
そういえば、ここは「萩の寺」として知られているはずなのに、さっき見た門前は萩の木すら無かったのでは!?
実は、一度株を残して切ってしまった方が萩の生育には良いそうで、秋は白い萩で人の体の半分が埋もれてしまう程の境内も、真冬の今はきれいさっぱり何もありません。
門のそばに建つ、桐と菊の紋の入った灯籠の前には、「世継子育地蔵尊」が祀られています。
雛人形ほどの小さな可愛らしいお地蔵さんにも関わらず、雨風しのげる以上に立派なお堂が建てられ、これまでに若狭街道を往来する多くの人々が手を合わせてきた事が偲ばれました。
なお、常林寺はGoogleMAPのストリートビューで境内や本堂内を見る事ができ、宿坊として利用できる一軒家の「離れ」の内部も見る事ができます。

島津家と相国寺と田辺製薬

1月16

houkou
京の冬の旅」で公開されている相国寺林光院と豊光寺を初めて訪れました。
龍の気配を察して片目を開いている猫の姿がユニークな龍虎図ならぬ「猫虎図」や、襖絵としては珍しくリスが描かれている林光院
関ヶ原の戦いの際、敗れた西軍に属していた島津義弘を大阪の豪商・田辺屋今井道與が庇護し、薩摩への逃避行を海路で誘導した功により薩摩藩の秘伝調薬方の伝授を許され、これが現在の田辺製薬(現田辺三菱製薬)の始まりなのだそうです。
後に道與の嫡孫が林光院の五世住職となり、林光院は薩摩藩が京都に作られるきっかけの寺院となりました。
豊臣秀吉の追善のため創立された豊光寺では、富岡鉄斎が碑文を書いたという「退耕塔」や葉書の語源となった「多羅葉(たらよう)」の木、山岡鉄舟の書等があります。
山岡鉄舟は剣や書の達人として知られ、獨園和尚のもとで禅修行にも励み、江戸城の無血開城にも関わった人物です。
いずれも、「鶯宿梅」の咲く頃に拝観されるとより楽しみが増しそうです。
「明治維新150年記念」と「西郷隆盛」のテーマに沿って、よりマニアックに町巡りをしたい人には、「龍馬伝 京都幕末地図本」がおすすめです。

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