e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

煎茶道東仙流の初煎会

1月27

sencha

泉涌寺悲田院に拠点を置く煎茶道東仙流の初煎会に同伴させて頂きました。
枝ぶりが見事な松や薔薇、椿からは柳がまるで湧き流れるように、あちこちに花が生けられ、一幅の軸には「一枝春」の文字。
思わず「梅一輪 一輪ほどの暖かさ」という俳句を連想したのですが、後で調べてみると「一枝春」を含む言葉は幾つかあるようです。
例えば漢詩『長恨歌』では、亡くなり仙女となった楊貴妃が涙をこぼす様を春の雨に濡れた梨の花の一枝になぞらえた表現があり、泉涌寺に楊貴妃観音がある事から、こちらの解釈が近いでしょうか。
(※後に、陸凱の『范曄に贈る』という詩からの言葉で、「江南には何も贈るものが無いので、梅の一枝と共に春をお届けします」との意だそうです。「春を贈るなんて、この方は贈り物の達人だな」と思って掛けさせていただきました、との事でした)
茶道ではお菓子を食べ切った後にお抹茶を頂きますが、煎茶道では一煎目と二煎目の間に、二条駿河屋製のできたての雪餅を頂きました。
例年は玉露も飲むそうですが、今年は丸久小山園の最上級の煎茶「的的」。旨みを舌で転がすようにゆっくりと。
お菓子が「雪」なら、急須からしたたるこの甘露は雪解け水か。
一煎目は香りが広がり、葉の開いた頃に出す二煎目は、甘くなった口の中にちょうど良い、しっかりとした味わいでした。
お茶席の後は別の部屋に移り、「ピリカ・レラ」というグループの竪琴ライアーの生演奏と会場のホテルグランヴィア京都のフレンチを皆で一緒に楽しみました。
煎茶道は茶道程細かな規則が無いそうで、主人のサロンを訪れるような趣だそうです。

指先ほどの小さな一椀から、たった3文字の言葉から、心身を潤す春の訪れ。

会場は隔年で変わるそうで、来年は稽古場のある泉涌寺で行われるそうです。

『麒麟がくる』の予習

1月15

mapple
大河ドラマ放映前の頭の整理として、『まっぷる 明智光秀』出版記念「明智光秀講座」を受講してきました。

明智光秀という人物像の裏表、人物相関図に加えて、本能寺の変から時代を遡るという珍しい構成ながら、観光ガイドブック『まっぷる』らしい親しみやすさで、知りたい情報がうまくまとめられています。
日本史を語る上で京の地は避けて通れないと言っても過言ではありませんが、特に若い頃の資料が少ないと言われる光秀の足跡が分かるのが主に京都だと言われています。
本能寺の変が勃発した市内はもちろん、京都大河ドラマ館が開館した亀岡市、織田信長没後に羽柴秀吉と対決した長岡京・大山崎、信長の命で平定した丹波等々、京都府内や周辺にもゆかりの地がたくさんあります。
5月の連休中に開催される「亀岡光秀まつり」に、あるいはそれまでに亀岡に是非とも足を運んでみたいと思いました。

講座の最後に、明智光秀は、制圧した土地で善政を敷くという仕事を実直に行っていた万能型の武将であり、だからこそ信長に重用されたのだろう、また、比叡山の焼き討ち等、様々な戦の後処理も担っており、家臣を案じる彼の手紙には、一人一人、下々の者の名前まで書かれ、自分の守るべき人々を思うがこそ、信長を討つという手段を選んだのかもしれない、との結びでした。

早速この本を頼りに、帰りの足で光秀の首塚に立ち寄り、塚を守る「餅寅」で「光秀饅頭」を家へのお土産にしました。

静かな紅葉スポット

12月4

hou タクシーの運転手さんとの会話が好きで、特に桜や紅葉のシーズンに乗車すると、
「この時期だったら、お客さんをどこに連れて行かはりますか?」
と、いつも尋ねてしまいます。
町中を隈なく走り回っている運転手さんならでは面白いお話が聞けるかもしれないと期待して。
「そうですねえ。よく京都に来たはるんやったら、おすすめは鹿王院なんですよ」
「ああ、ライトアップもしてはりますよね。嵐電とのコラボで」
「えっ、そうなんですか!?」
時には、自分からの情報に相手が驚くという事もあり、情報交換の場のように移動中の会話を楽しんでいます。
それでは、と法金剛院を教えて下さいました。夏の蓮で有名なお寺ですね。
「“花の寺”とも呼ばれていて、紅葉も綺麗なんですよ」
これは!とばかり、幼い子供と来訪しました。バリアフリーではありませんが、門を潜った裏側の陰にベビーカーを置かさせて頂きました。
池の周りの紅葉は盛りを過ぎていたものの、たくさんの嵯峨菊の鉢が礼堂に映え、一つの木の中で緑から黄色、深紅へと彩りの移ろいを見せる紅葉が日に照らされて、思わず足が止まります。
子供も何か楽しいようで、落葉のクッションの上にたくさんある団栗を拾っていました。優雅な紅葉の足元で、赤と黄色の千両の可愛らしいこと。
紅葉は美しいし、人もまばらで静かだし、駅からも近い。前から知っていた寺院なのに、まさに灯台下暗しですね。
その運転手さんの名刺を頂くのを忘れていました。お礼が言いたいです。

子供と楽しむ京都

10月1

chelo
乳幼児連れで参加できる『育みコンサート』が妙心寺塔頭の大雄院で開催されました。
赤ちゃんが泣いても、子供達が走り回っても大丈夫。大人が「しーっ!」と言わないコンサート。
300年の歴史ある大広間と、眼前に広がる緑豊かな庭園。こんな所でオムツ替えまでさせてもらってもいいんだろうかと思うような環境です。

映画『おくりびと』で本木雅弘さんの演奏指導を行っていたというチェロ奏者の斎藤孝太郎さんのソロコンサートで、子供達は手拍子をしたり、チェロの周りに集まったり、自由に動き回ります。
和尚さんも自身の幼いお嬢さんを抱きながら、足でゆったりスイングしておられました。
我が子は庭に降りようとしたり、周囲を携帯カメラで撮りまくったり、お寺の玄関のすのこを気に入って、ずっと行ったり来たりしていましたが、拍手の時だけは参加していました。

ディズニーやジブリなど、和尚さんの奥様による選曲で、子供達は次第にノリノリ。終いにはお堂の真ん中で踊り始め、盛況のうちに幕を閉じました。
こちらでは他にもアートイベントや秋の特別拝観も予定されています。

帰りに寄ったカフェ「fuyukostyle」も、おうち兼店舗みたいなところ。全てテーブル席ですが、子供のおもちゃも2,3個ほど置いてあります。
「妙心寺さんも、最近ヨガとか色々やってはりますね」と、眠ってしまった我が子を見て布団を敷いて下さり、久ぶりにゆっくりケーキを頂く事ができました。
パティシエさんの祖父が着物の図案の参考にしていたという名だたる作家の絵画の図鑑が置いてあり、それをきっかけにおうちのお父さんと世間話をしていると、
「すみません~父がすぐ一緒に話に寄っちゃって」とパティシエさん。

洗練されているけど家庭的なおおらかさを感じる一日でした。

見た景色、知らなかった世界

9月16

mikei
天皇の菩提寺である泉涌寺にて、「御寺(みてら)ART元年 未景(みけい)」展が16日まで開かれています。
久しぶりにあのきつい坂道を登ると、木陰に入った辺りから、羽織っていたカーディガンが秋風をはらみ、うっすらかいた汗が体の火照りを爽やかに奪っていきました。

特定の集団に属さず独自の表現を探る美術家26名による様々なジャンルの作品群に、鴬張りの廊下を歩きながら次々と遭遇していきます。
巨石が美しい泉涌寺の庭に溶け込んだオブジェ、既知のものを作家の目線で解釈し直したもの、阪神淡路大震災を経験した現地外国人が当時を語る映像作品など。
来訪者は多過ぎず少な過ぎず、小さな子供連れの若い家族もいて、ゆっくり自分のペースで観る事ができました。
真面目な作品ばかりではなく、「イケメン美人画」として描かれた寝仏も見ものです。

参道を登り始めたお昼間はまだセミの鳴き声が落ちついたトーンで聞こえていましたが、会場を出た頃には陽が傾き、夕暮れの境内の静けさが名残り惜しくて、この場ならではの夏の名残りと秋の始まりの空気感をもう少し味わっておけば良かったかな…と坂道を降りながら思いました。
なお、学生さんの拝観料は学生証の提示で無料となり、最終日16日の14時半より妙応殿にて、中野康生氏による寺院や文化財での表現・アートの楽しみ方を、誰にでも分かりやすく紹介する講演会も行われます。

京北で桜ドライブ

4月24

keihoku 先週末は、右京区京北にある宝泉寺の桜を観てきました。
京都市内よりも開花が遅く、シーズン終盤のお花見が楽しめます。
遠く坂の先の壁越しにピンク色の桜が溢れるように垣間見えてくると、期待値が上がります。
その割に「花より団子」とは言ったもので、着いてすぐさま東屋の日陰の中でぜんざいやよもぎ餅を頬張りました。
京北地域では、お正月に餅で納豆を餅で包んだ「納豆もち」を食べる風習があり、こちらもぱくり(味はそのままでした!)。
徒歩で一周できるほどの丘に、「観音桜」、「平安しだれ桜」、「金剛桜(うわみず桜)」、仁和寺から移植した「御室桜」、「楊貴妃」などの希少な桜が約20本あるそうで、子供が触れられる程の高さに枝を伸ばしたものや、桃色のシャワーの様な木がたくさんありました。
夕方になってからもぽつり、ぽつりと参拝者が絶える事はなかったのですが、不思議と静か、車で時間をかけて来て良かったと呼べるのどかな名所でした。
東屋に置いてあった「花降る里けいほく SAKURAめぐりマップ」によると、樹齢300超年とされる「黒田百年桜」をはじめに周辺にも美しい桜の木があくさんあるようで、紹介されているスポットは39箇所も!
また、夕方の帰路の高速が渋滞していたので、早めに京北に入って車で巡るのが正解かもしれません。
今年の「桜まつり」は終了しましたが、桜は自由に見学できるそうです。まだ間に合うかも!?

平安遷都以前の京都

2月27

asuka
「平安遷都以前にも京都に寺院はあったんだろうか?」
そんな素朴な疑問で京都市考古資料館に行ってみる事にしました。
仏教は古墳時代後期に朝鮮半島から伝わったとされ、大化の改新後に国家仏教が本格的に展開され、各地に伽藍を備えた寺院が建立されます。
都から遠く、「山背」国と呼ばれていた飛鳥時代の京都においては、『日本書記』で厩戸皇子から下賜された仏像を祀るため秦河勝が蜂岡寺を建てたと603年の11月条に記されており、実際の発掘調査によって北野廃寺の存在が確かめられています。
昭和11(1936)年に市電の工事中に、北野白梅町交差点周辺で瓦が大量に発掘されたのが、発見されたきっかけだったそうです
623年には新羅の使者が献上した仏像が葛野秦寺に納められています。
北山背には飛鳥時代に建立された寺院として北野廃寺(7世紀初頭)と広隆寺旧境内(7世紀前半)がありました。
愛宕群には北白川廃寺・珍皇寺旧境内・法観寺旧境内、紀伊群に板橋廃寺・御香宮廃寺、宇治群に大宅廃寺・醍醐廃寺・法林寺跡、乙訓郡に樫原廃寺など多くの寺院が建てられたそうです。
長岡京遷都の目前には乙訓群に南春日廃寺が現れ、地方豪族によっても寺院が建てられていたのが分かります。
外来の仏を祀るため、寺院の造営には様々な技術が導入され、それによって日本で初めて作られた物の一つが「瓦」です。
寺院に供給する瓦の製造所が、京都盆地の輪郭をなぞるように続々とできていきました。
地図上の分布の多さを見ると、渡来系の人々も入り混じってさぞ賑やかだったのではないでしょうか。
各寺の発掘箇所やその現場の様子を写した画像、各地の瓦など、殆どの展示品は撮影できます。
また、期間中の日曜には「展示解説」が14時から行われます。

2019年2月27日 | お寺, 歴史 | No Comments »

京都盆地の成り立ち

2月20

tenryu
嵯峨の「さ」、嵐山の「らん」にちなみ、嵯峨嵐山から日本文化を再発見するNPO法人「さらんネット」主催の文化講演会に参加してきました。
NHK『ブラタモリ』の案内役として人気の「京都高低差崖会」崖長・梅林秀行さんが、地形を手掛かりに京都盆地の成り立ちを語ります。
およそ300万年前の海の底。南海トラフを境に、西北西に移動し始めた東のフィリピン海プレートが西のユーラシアプレートに潜り込み、まるで皺が寄るように盆地と山地が等間隔に繰り返される起伏ができました。
その傾向は特に近畿地方に顕著で、現在の八坂神社の前を走る桃山断層、天龍寺の曹源池庭園の下の樫原断層、そして2000年に発見されたという宇治川断層に囲まれた地域が京都盆地です。
やがて扇状地に人々が住み始め「野」と呼ばれるようになり、都の周りに「大原野」や「嵯峨野」といった地域ができました。
自然の現象に意味を見出そうとする人間は、自然と自分たちの住まう地との境界を認知し始め、「野」の外側には霊界があると考える文化が形成されていきます。
「蓮台野」には大徳寺が置かれ、「鳥辺野」は葬送の地となり、霊山・比叡山には延暦寺など、境界には様々な寺社や古墳が築かれ、それらはやがて観光名所となりました。
渡月橋を写した絵や写真はどれも下流側から山を臨むように切り取られているのが殆ど。「都林泉名勝図会」などに描かれた京の都の風景にいつも雲がたなびいているように、そこには断層の斜面があり、私達はこの世とあの世の境目に惹かれて名所を訪れ、そこから世界を見ているのです。
京の都の成り立ちについて、四神や風水とも異なる、地形からの切り口は新鮮で、ぼんやりとかすかに感じていた事に初めてくっきりとした輪郭が与えらえたような気分を味わいました。

番外編の真珠庵

12月5

sinju
「由緒ある禅宗寺院が、よくここまで振り切ったものだ。」
一休禅師を開祖として創建された大徳寺真珠庵で特別公開されている襖絵のニュースを聞いて、多くの人がそう思ったに違いありません。
江戸前期の建築で重要文化財の方丈の、曽我蛇足や長谷川等伯といった絵師による襖絵の修復にあたり、代わりに納まっている現代の襖絵計45面は、中央の部屋は「釣りバカ日誌」で知られる漫画家・北見けんいちさん、方丈東側の部屋はアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」制作会社社長・山賀博之さん、西側「礼の間」にはゲーム「ファイナルファンタジー」のアートディレクター・上国料勇さんや、他にはNHKのアニメ「オトナの一休さん」を手がけるイラストレーター・伊野孝行さん、日本画家で僧侶の濱地創宗さん、花火の閃光で作品を仕上げる京都造形芸術大出身の美術家・山口和也さんが手掛けています。
いずれも現住職が旧知の漫画家や、東京で開く座禅会メンバーらで、絵の制作を依頼してからは一部の作家は真珠庵に寄宿、作務をしながら描いたのだそうです。
墨絵に浮かぶ戦闘機、カラオケで歌う一休さんを眺める髑髏、「EXILE」メンバーがモデルだという風神、雷神。今しか見られない番外編の真珠庵です。
北見けんいちさん自身がすごし、その様子を描いた与論島の風景はなんとも楽しげで、拝観者の顔も思わずほころびます。
本人や真珠庵歴代の住職、亡き妻、島の知人たちが遊び心いっぱいに書き込まれた現世と来世が入り混じるバーベキューの世界。
穏やかな天気のもと、愛する人々と食を共にし、音楽を楽しむ光景は普遍的な幸福に満ちていて、まさしく「楽園」の名にふさわしいものと感じました。
16日までの一般公開では、他にも通常非公開の書院「通僊院」や茶室「庭玉軒」、村田珠光作庭と伝わる「七五三の庭」が公開されています。

内外の力で支える京都の文化財

11月27

seiken
紅葉の美しいところは日本全国にあります。それでも多くの人が京都に訪れるのは、背景に歴史的建造物の重厚さがあり、またそれぞれの名所がコンパクトにまとまっているからなのでしょう。
先日初めて足を踏み入れた上高野の禅宗寺院は、今年9月の台風の被害の影響で足場が組まれているものの、紅葉や銀杏が見事でした。
約3千平方メートルの広大な境内には庭園や鐘楼、鳳凰閣、茶室、本堂を有していますが、観音堂前にあった杉の大木数本は台風により全て根元から倒れ、建造物群も大いに破損してしまいました。
それでも台風の翌日から多くの有志が境内の片付けや倒木の伐採にあたったそうです。
鳳凰閣の公開は28日で終了しますが、檀家を持たないため普段はひっそりとした環境を活かし、座禅修業を中心として毎朝の座禅会や新月・満月の座禅会、作務、茶道体験や整体等の活動をしているそうです。
もともと観光客に向けて広く開いている寺院ではないので、入り口には「宣伝なされませんよう」と書いてあり、ここでは名前を伏せますが、復興のための喜捨は集まるよう広く知られて欲しい気
世界的に「オーバーツーリズム」が問題になっている今、自分たちの微力を集めて文化の再興を目的とした観光にそろそろシフトしていってもいいのではないでしょうか。

2018年11月27日 | お寺 | No Comments »
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