e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

感性を呼び戻す

9月11

kiku
9月9日の重陽の節句に、初めて菊酒を頂きました。
現代となっては3月3日の桃の節供や、5月5日の端午の節供に比べると知名度が低く、京都に住まう人々の間でも行われているところは希かもしれません。
その理由の一つとして、もともと節供行事は旧暦で行われており、旧暦のこの日は新暦では10月頃。
残暑も厳しく、盛りの美しい菊が手に入りにくい季節になってしまったためとも言われています。

四季がはっきりしている風土に暮らす農耕民族の日本人は、一年を24等分してそれぞれに名前を付けて読んだ「二十四節気」や、二十四節気を更に約5日ずつに分けた「七十二候」を大切にし、自然に寄り添う暮らしをしてきました。
また、今年は13日が「仲秋の名月」ですが、月齢15日目の十五夜「満月」を過ぎると、月の出は毎日約50分程遅れていくので、翌16日目は、月が顔を出すのをいざよう(ためらっている)として「十六夜(いざよい)」と呼び、更に遅くなる17日目は、まだかと立って待つ「立待月(たちまちづき)」…という風に粋な呼び方をしていました。
いやはや、この細かさ。雅というかオタク気質というか…。

ところが、日本人のライフスタイルも変化し娯楽も多様化したため、わずかな季節の移ろいに鈍感になってしまい、今やスーパーやコンビニの幟、お天気ニュースを通して文字や映像から季節を感じるという状態になっている人も多いのではないでしょうか。
「まだ暑い」ばかり言っていないで、この二十四節気七十二候を、毎日選ぶ衣服のように身に着けていきたい。
片口に浮かんだ菊の上品な鮮やかさに吸い込まれるように顔を近づけると、かすかに優しい香りがしました。

2019年9月11日 | イベント, 歴史 | No Comments »

ドレス・コードは何のため?

9月3

dress京都国立近代美術館で「ドレス・コード?――着る人たちのゲーム 」展が開催中です。
スーツや迷彩柄にトレンチコート、デニムにタータンチェックなど、誰もが目にし袖を通してきたアイテムが、時代を経るうちにドレスコードを飛び越え、世相を受けて新たな価値を纏っていく様が分かりやすく展開されています。
女性の社会進出を象徴するシャネルのスーツやジャン・ポール・ゴルチエの浴衣等のハイブランドの系譜だけでなく、漫画や著名なアートとのコラボ、制服がアウトローのアイコンと化した映画ポスターなど、見どころたくさん。
社会のあらゆる状況にふさわしい装いのエチケットとされる「ドレス・コード」とは、むしろ守るためというより、破り表現するためにあるのかとさえ思えてきます。
という事は、「世の中の常識」と呼ばれるものは時代によって変わっていくものであり、私達は日々そのコードを越えたり越えなかったりと駆け引きを繰り返しているのです。
極め付きは、昭和時代の暴走族グループ「レディース」の特攻服姿や、アニメのキャラクターを再現するコスプレイヤー、九州のド派手な成人式の衣装など日本で独自の進化を見せた現代ファッション。
なんとおじいちゃん、おばあちゃんの農家ファッションや、広島で有名なホームレスについての情報も、壁面のQRコードを携帯電話で読み取る事で得る事ができます。
これらを眺めていると、「日本人は没個性でルールに忠実な人種」というイメージは本当なのか?と疑問に思ってしまうはず。
一部は撮影も可能。「インスタ映え」を狙った美術展も増えてきましたね。

玄関口としてのホテル

8月27
丹後ちりめんの間

丹後ちりめんの間

8月29日に開業する「三井ガーデンホテル京都駅前」に試泊してきました。
京都駅より徒歩3分(ちなみに京阪七条駅前発の「京都七条-京都ステーションループバス」を利用すると下車すぐ)という立地を生かし、京都市内の系列4ホテルの玄関口として、新サービス「バゲージサービス」が特徴です。
コインロッカーを探す手間要らず、ここで荷物を預けてすぐに観光や仕事にでかけたり、地下のラウンジを無料で利用する事ができ、荷物は後ほど各ホテルで受け取る事ができます。
小さな子供連れの人や、寒暖の激しい季節、国際イベント等でコインロッカーが使えないようなときには特に重宝しますね。
ホテル全体は茶室のしつらいをヒントに、日本の伝統工芸を随所に取り入れたデザインで、「京都デニムの間」や「丹後ちりめんの間」といったコンセプトルームは各1室1年間限定の企画で、「よーじや」のフェイシャルエステが受けられるプランもあります。
外国人客のニーズにも合わせてベッドはツインかダブルが基本で、トリプルルームの小窓からは、新幹線が往来する様子も垣間見えます。
子連れ泊だったので、部屋にベビーベッドを入れてもらうと、子供用の可愛らしいアメニティも付いていました。
コンビニや金券ショップも近いので優待券を買ったら、京都駅からJRで1駅の「京都鉄道博物館」へ。
もっと時間に余裕のある方は、期間限定で夜も開館している「京都水族館」に足を延ばすのもいいでしょう。
夜の食事処選びで気を遣う子連れ観光でも、いざとなれば京都駅ビル内の京都伊勢丹等のレストランを利用できるので安心です。
朝の朝食バイキングでは畳のある小上がりを利用させてもらい、管理栄養士監修のおばんざいやデザートをたっぷり頂きました。
お土産など何かと荷物が増え、慣れない土地で移動するとロスしがちな時間を「時短」して、観光に、お仕事に有効活用しましょう。

2019年8月27日 | 未分類 | No Comments »

京都のヴィーガンカフェ巡り

8月13

choice
外国人に京都を案内するガイドさんの頭を悩ませているのが、食事の問題です。
動物性のものを一切食べない「ヴィーガン」、小麦等から由来するグルテンを除去する「グルテンフリー」、また菜食「ベジタリアン」と言っても乳製品や卵は食べるという人もいたりで、人それぞれにアレルギーや信条など様々な事情があるため、全ての人々を受け入れられるお店選びが難しいのです。
それらのメニューを体験すべく、『Vegewel』を参考に、その都度お店を色々と巡ってみる事にしました。
今回は京阪三条駅すぐの形成外科がプロデュースしている「CHOICE-チョイス-」にて、ノンオイルマヨネーズのタマゴサンドをチョイス!
色も食感もタマゴ。コクもあり、バンズも食べ応えあり。でも不思議と食後は身が軽い。
「どうやって作ってるんだろう…?」とまじまじと眺めてしまいます。
ほんのり甘いドレッシングについて尋ねると、玉ねぎと甘酒を使用しているとのこと。
間口は広く、ソファ席には大家族が寛いでいて赤ちゃんも楽しそうでした。
カウンター席には充電コンセントもあるので、特に菜食でなくても気軽に入れて、「ちょっと身体が疲れてるかな?」と感じるときに利用するのもいいですね。
メニューには、パンケーキやグルテンフリービール、珍しい「ヴィーガンチーズ」も。
アレルギーや病気で除去食を余儀なくされている人も、食べる楽しみを諦めないで!

2019年8月13日 | お店, グルメ | No Comments »

淀城ってどんな城?

8月6

siro
京都と大阪の間、淀競馬場の近くにあるお城と言えば淀城。
一般的には、豊臣秀吉が側室の淀君に子を産ませるためという名目で築城した事で知られていますが、一体どんなお城だったのでしょうか。
歴史講座「京近き名城・淀城と淀藩政」を先月受けてきました。

現在は本丸と天主台の石垣のみが残されていますが、かつての姿は、淀川の水を庭園に流す水車が回り、まるで川の中に城が浮かんでいるような美しい白亜の城だったそうです。
京都の外港であり、奈良など各地を結ぶ交通の要衝で、聚楽第と大坂城との中間地点という事で、秀吉もここに目を付けていたのは当然のことでしょう。

文禄3(1594)年に豊臣秀吉の隠居先として伏見城が建てられてから中世の旧淀城は一旦廃城となり、その天守と櫓は解体されて伏見城へと運ばれました。
後に豊臣氏が滅亡して徳川幕府による大坂城が築城されると伏見城も役目を終え、淀の中島に築かれた新しい淀城は本丸に五層の天守閣を擁していたそうです。
当初は、廃城となった伏見城の天守閣が新たな淀城に移築される予定でしたが、急遽二条城へ移される事になり、淀城には二条城にあった天守閣が運ばれました。
その天守は淀城の土台よりも小さめだったため、空いた空間に櫓が建てられて三重櫓となりました。

二条城の天守も、淀城そのものも無くなってしまい、残念ながら櫓は一つも残りませんでしたが、淀駅周辺には関連した地名「淀新町」バス停留所や石碑などが残されています。
水車のモニュメントもあるので、競馬のついでに、いや城址巡りの入門編として、「駅近」の淀城探訪はいかがでしょうか。

乳児連れで山鉾巡行を観る

7月29

jun
乳児連れでも祇園祭を楽しめるのか。チャレンジは後祭巡行まで続きました。
唐櫃を担ぐ形で193年ぶりに巡行に復帰する鷹山を見届けるべく、朝の烏丸御池へ。
早く着き過ぎると子供がもたないので、熱中症対策を万全にして巡行開始の20分程前に現地入りしました。
巡行が始まる頃には、子供はベビーカーの中でねんねしてくれて助かりました。

鷹山の列の出発は、舁き山の代わりに唐櫃がある以外は特別変わった事もなく、まるで毎年の事の様にごく自然なものでした。
その後に、2014年に山鉾巡行に復帰を果たした大船鉾が続いていく様は、感慨深いものがあります。
前祭の巡行の四条通りは黒山の人だかりの中を行き交うのも大変ですが、後祭の巡行列が進む御池通りは広々としているので、海原を進むかのような大船鉾と並走するようにベビーカーを押し東へ移動。
辻回しを見届けている間に子供が目を覚ましたので抱き上げましたが、割とご機嫌で、初めて目にする山鉾のお囃子の音色に耳を澄ましているようでした。
付近の保育園の園児たちはカートの中から、作務衣姿の赤ちゃんも親御さんに抱かれながら山鉾を見物しています。
寺町御池の角では、くじ改めも人の合間から垣間見る事ができました。場所取りをしていなくても、意外と観れるものですね。
その後の神輿も追い掛けたいところですが、夜遅くなるのでここらで切り上げることに。

昔は、宵山の3日間とも祭に繰り出したり、神輿の御霊が八坂神社に還る深夜まで追っかけたりしていましたが、なんとか今年も、乳児連れでもそれなりに祇園祭を楽しむ事ができました。
→動画はこちら

天岩戸のこどもカミあそび

7月24

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祇園祭の前祭では、岩戸山前で行われる童舞「天岩戸のこどもカミあそび」を目指して宵山に繰り出す事にしました。
四条通りの黒山の人だかりから外れ、レトロでお洒落な飲食店が点在する仏光寺通りに沿って西へ移動していきます。
予め「こどもステーション」に加盟しているホテル「MIMARU京都」に寄って、子供のおむつ替え、トイレ休憩をさせてもらいました。
色とりどりの浴衣に兵児帯を揺らしながら登場した子供達が一斉に吹く横笛は、最初は表情からも緊張が伝わってくるような音色でした。
でも、年齢も性別も異なる子供一人一人が、緊張を扇子を持つ握りこぶしの力に換えて、それぞれの成長に合わせた舞を一人ずつ舞っていきます。
その真剣な眼差しには、この日のために練習してきたことをしっかり務め上げようという心意気が感じられました。
最後は銘々の手に岩戸山の粽を持ち、お腹の中から張りのある声で粽売りの唄を合唱します。
これらの舞台は、祭を盛り上げると共に、山を守り継承するための粽の販促活動でもあるのですね。
昨年はこちらの「食べられる粽(木乃婦謹製)」を食しましたが、今年ももちろん厄除け粽を購入させて頂きました。
童舞は今年は試演という事で、来年から毎年行われる予定だそうです。
舞台の柵より1~2列目までは床几が置かれて関係者席となるので、正面と両外側の床几との隙間が良い撮影ポイントとなりますよ。
動画はこちら(近日公開)

子供と京町家で「ゆるり茶会」

7月16

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「にゅ、乳児連れでも宜しいでしょうか…?」
「どなたでも、どんな格好でも気軽にどうぞ~」

祇園祭宵山の喧騒より少し東に離れた、「らくたび京町家」の門前。
お言葉に甘えて、「祇園祭・宵山ゆかた茶会」に一歳の子供を茶会デビューさせてしまいました。

この会場は「旧村西家住宅」とも呼ばれ、国指定の登録有形文化財、また京都市指定の景観重要建造物に指定されている築80年超えの京町家で、公開されるようになったのは、ここ最近のこと。
茶会の参加者は銘々に、月見をする為の二畳の部屋や、電気の配線が見えないよう工夫された釣灯籠などを祇園祭にちなんだしつらいの中で見学できます。

され、子供が茶会の最中に退屈して騒ぎださないかと心配していましたが、
祇園祭仕様のお菓子をよばれた後、他の人の膝前にあるお菓子を指差して、
「あーー❗️(もっと食えるで)」
点前座から運ばれる抹茶を指さして、
「あぁああぁあああぁぁあああ❗️(その抹茶を早くよこせ)」
結局、浴衣姿の少女が運んで来てくれた私の分のお薄を、子供が半分以上飲み干してしまい、別の人の分まで欲しがり始めたので退散させました。
大人ばかりで退屈というよりも、むしろ本人なりに楽しかったようです。
この宵山の茶会は16日の20時半までです。

島根県の津和野と祇園祭

7月10

sagi

祇園祭は2019年で1150年の節目を迎え、奉祝行事として島根県の津和野町に継承された祇園祭鷺舞神事の里帰り奉納が行われました。(動画はこちら)
「里帰り」というのは、津和野の鷺舞は、天文(1542)年に京都から山口を経て伝わってきた国の重要無形民俗文化財なのだそうです。
戦乱や天災などにより何度も中断を余儀なくされた京都の祇園祭行事は、他府県の祭にも広く影響を与えていますが、かつての京都祇園会の姿を、山陰の小京都が今に伝えているというわけです。
どうやら「笠鷺鉾」なるものが約600年前には存在していたようで、鷺舞はその周りで踊られていたものだったようです。

棒振りが舞い、羯鼓(かんこ)が鳴り、雄雌つがいの鷺が真っ白な羽根を広げるたび、歓声が上がります。
そういえば、かささぎは織姫と彦星の逢瀬の橋渡しをした鳥だったような。
10分ほどの神事で物足りないくらいでしたが、七夕気分も味わいました。

津和野の鷺舞はこの日限りですが、逆輸入のように参考にして復興された鷺踊りを子供達が舞う姿が16日の宵宮神賑奉納行(鷺踊りは19時半頃から)や10日のお迎え提灯24日の花傘巡行で観る事ができます。

師から弟子へ。親から子へ。

7月3

asagi
子供用に注文していた「アサギ椀」がようやく完成したとの連絡があり、受け取りがてら塗師の西村圭功さんの新しい工房を見せて頂く事にしました。
前回お邪魔した鞍馬口の京町家の工房ではなく、新大宮商店街に構えたという「新工房」へ…て、看板も何も無い、元呉服店の名残りのショーウインドウがシャッターの間から覗いている古い建物でした。

見た事の無い道具ばかりで、長い人毛を板で挟みカットしては繰り返し使える刷毛はアイデアもの、木地を削るためのロクロには、ミシンの様なペダルが付いています。
それぞれの工房での分業が当たり前の業界ですが、それをここに集約する事で後継者を育てているのです。
休日だったため、他の職人さん達が作業する様子は見られませんでしたが、お弟子さんが作ったアサギ椀を掌ですくい上げて見ます。
覗き込んだ椀の底に、うっすら刷毛目が濡れたような光沢をたたえます。大量生産品にはみられないこだわり。
漆器作りは、日々変動する気候に応じて使う漆の配合を変えたり、乾燥庫に濡れたふきんを入れて湿度を微調節し、15分ごとに様子をみたり。
それはもう気の遠くなるような手のかかりようで、「好きでなければできないだろうな…」の一言です。

さて翌朝、アサギ椀におすましを入れ、1歳の子供に出してみました。
小さな手では上手く扱えなくてひっくり返さないか、恐る恐る様子をみていましたが、片手で縁を掴んでからもう片方の手を添えたり、腕を伸ばして両手で持ってみたり、意外に上手に持つ事ができました。
成長の具合にもよるのでしょうが、プラスチックの食器を使っていた時は、少々置き方も乱雑でした。いつもより薄い縁に触れた事で、無意識に扱い方を少し変えたのでしょうか。
漆器の手触り、重さ、薄さ、色。小さな指で何か感じ取ってくれているかな。

なお、祇園にあるデザインスタジオ「スフェラ」では、西村圭功さん他「京都の4人のクラフトマン」に焦点を当てた展覧会が7/28(日)まで行われています。

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