e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

島原文化の灯

9月16

wa  京の花街・島原で現在もお茶屋営業を続けている「輪違屋」が、10年ぶりに公開されています。
6名が所属しているという太夫さんは、今でこそマンションから派遣されて来るそうですが、かつては置屋として輪違屋の中で共同生活をされており、その部屋は非公開の3階部分にも残っているようです。
10年前の初公開時に訪れた時には、その豪華な打掛や太夫そのもの神秘性の方に関心がありましたが、その後様々な機会に太夫道中や舞を観るに従って、観光イベントだけでは伺い知れない奥深さにも触れてみたいと感じて来ました。
それだけに、輪違屋に跡取りがいないという事がとても気掛かりです。
京都市の指定・登録文化財としての建物自体は残されたとしても、他の花街とも違う、島原独自の文化は、今後どの様に守られていくのでしょうか。
資金が必須とはいえども、お金だけでは文化芸能の継承にはなれず、主客双方の文化レベルも維持していかなければいけません。
同じく付近で特別公開していた角屋は、「京の夏の旅」としての公開時には二階座敷と美術館は拝観できませんでしたが、15日より通常公開に戻っているので、二階座敷を予約して、輪違屋と共に観賞する絶好の機会です。
来月には「角屋の文化講座」や「太夫の舞 鑑賞会」も予定されています。

「文化」で生きる

11月30
輪違屋

輪違屋

輪違屋十代目当主が語りかけるように綴る『京の花街「輪違屋」物語』(PHP新書)。
それぞれの花街で踊りの流派が異なるのはなぜか、廓で生きるとはどんな状況なのか、かなり本音の部分にも迫っていておすすめです。
京都検定の公式テキストには「島原ではお茶屋営業がなくなって、現在は五花街が残る」とありますが、輪違屋は日本最古の廓・島原で唯一お茶屋を今でも営み、当主は男と言えども月の半分は小唄や常磐津に踊り、鼓など7種類の稽古で自分を磨きながら300年の伝統を受け継いでいます。
「文化」とは、動物ではないヒトならではのアイデンティティー。しかしながら、人間にとってあっても無くても生きていけるもの。それで身を立てる難しさ。
最後に、輪違屋の今後についての一言に、ピリリと心を刺激されました。

2009年11月30日 | 芸能・アート | No Comments »

太夫さんの写真

9月10
太夫さんの写真

太夫さんの写真

『二夜連続ドラマスペシャル「輪違屋糸里」~女たちの新選組~を観ていて、ふと大阪・心斎橋にある老舗の喫茶店『麓鳴館』を思い出しました。
珈琲が似合うレトロな空間に、なぜか太夫さんの写真。
問い合わせたところ「棚橋紫水さんという有名な写真家の撮影で、松扇太夫…という名前だったでしょうか」とのこと。
JAZZやリュートのライブを定期的に行うお店なので、あらゆる芸や教養を極めた太夫を仰ぐ気持ちが込められているのでしょうか。

遊里・島原散策

9月20

角屋もてなしの美術館」の2階の予約(1階は予約不要)が始まったので、特別公開中の輪違屋と併せて見学して来ました!
太夫や芸妓を派遣する置屋・輪違屋には、島原の太夫が控え室として使用している茶室等があり、その神秘的な存在が現在でも現役でその伝統を受け継いでいる事に感動しました。
江戸期のもてなし・文化サロンとしての場であった角屋の2階の広間は現代アートにも通じる美しさ。中でも異国趣味な「青貝の間」は、かつては浅葱色の壁に埋め込まれた青貝がきらめいていた、という光景を想像してうっとりしてしまいます。
平日でも連休中でもすんなり予約が取れたのが意外でしたが、1階部分は午後から多くの観光客で賑わいを見せます。
ガイドの方も気さくに声をかけて下さり、楽しい一日でした。

2004年9月20日 | 未分類 | No Comments »