e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

「日本の洋食器」

3月18

okura
週末になるといつも賑わう岡崎公園も、催しが無いせいかひっそりとしていましたが、細見美術館の様子はガラガラに空いているというわけでも混雑しているでもなく、以前とそう変わらない気がしました。
ここは館内が展示室ごとに一旦外に出て移動する設計なので、ちょうど新鮮な空気を吸って良い気分転換ができるのが気持ちいいです。

さて、現在開催中なのが、「華めく洋食器 大倉陶園 100 年の歴史と文化」。
ビジネスよりも、日本が誇れる洋食器文化を発信する事を念頭に置かれた大倉陶園のものづくり。老舗ホテルやレストラン、皇室でも重用されてきました。
そう聞くと優雅な花柄模様を連想しますが、ホテルニューグランドのコーヒーセットの様に、富士山と波を版画の様なシンプルな線と面で表現したものもあります。
生物をリアルに再現した陶彫も製作されており、秋刀魚などの魚はとても珍しい。魚特有のぬめりまで感じられます。

藍色の水彩画のような、透明感のある「岡染」は、観た事がある人も多いかもしれません。
今上天皇(徳仁親王殿下)のお箸初めの儀で使用されたという食器セット一式は「岡染ベアー」と称され、小熊やでんでん太鼓、横笛が描かれていて、思わずこちらの頬が緩みました。
決して外国の真似では終わらないどころか、名立たる海外の名窯にも引けを取らない職人技と美意識が光る「日本の洋食器」の逸品がそこにはありました。

日本のファストフード

3月11

dasi
先月、有次さんに修理の品を出した帰りに、今年1月に柳馬場錦小路上ルに登場した、だし茶漬けの専門店 「京の魚屋 だし茶漬け 錦 おぶや」で昼食を取りました。
1927年の創業、西京漬で有名な「京都 やま六」さんの新業態と聞いていましたが、入ってすぐの所に券売機が据えてあって驚きました。
だし茶漬けなら全て税込みで1000円以下、ざっと券売機を見渡したところ、価格帯は巷のだし茶漬けチェーン店舗のものとは50円程の違いでしょうか。
「7種の海鮮」だと、海老・いくら・サーモン・帆立等が入って980円(税込)です。
添えられた小鉢は温泉卵と漬物の2品。食べ方は個人の好みですが、まずはだしをかけずにそのまま温かいご飯と魚介を一口頬張ってそれぞれの素材の良さを味わい、それから鰹と昆布がベースのだしを少量ずつかけてまた一口二口、胡麻やぶぶあられもふりかけて香ばしく三口。
最後は残りのだしを味わうようにさらさらと、味と食感の変化を楽しみました。ご飯は迷わず「大」を選びましょう。
もちろん、西京焼きの定食セットや単品のご飯の友、ドリンクもあります。
食事をささっと軽く済ませたいけど、チキンやフライ等のファストフードはちょっと重いし、近くにある京の台所・錦市場の風情からも離れたくない。
そんな時、真鯛やうに、焼き鯖に鴨なんて選択肢があるのは魅力的です。
これこそ「日本のファストフード」か!?

2020年3月11日 | お店, グルメ | No Comments »

スパイシーな干菓子

3月3

wakasa

阪急「四条大宮」駅からほど近くに、趣ある佇まいの干菓子屋「若狭屋久茂」があります。
戸をからからと開け、道から差し込む陽の光だけの店内を見回していると、暫くして「ああ、すんまへんな」と、ご高齢の主人が出て来られました。
様々な木型や篩が、江戸時代中期の創業から300年を越える足取りを静かに表し、茶櫃の他に大きなレジスターも。実際に使われていた事もあるそうです。
初めて訪れた理由は、スパイスが入っているという干菓子を食べてみたかったから。
こちらの跡を継ぐ長女であり、インド舞踊家でもある女性が考案したというもの。
「Ganesha(ガネーシャ)」というインドの智慧と成功の神様の名前を冠しており、象の頭を持つその姿も特注の木型で再現してありました。
変わり種の品を試食無しで買うのは多少勇気が要るのものですが、スパイスが2個、プレーンが1個という内訳の小袋サイズだったので、気軽に手が伸びました。
四国阿波特産の和三盆糖と若狭の本葛に、フェンネルや生姜、カルダモン、シナモン、胡椒、クローブというスパイスが配合されています。
昔ながらの干菓子に親しんでいる両親は、食べて「!?」と目を白黒させていましたが、このお菓子は抹茶よりも紅茶が合いそうだと思いました。
おもてなしに、カップのソーサーに添えると映えそうです。
紀州の南高梅の細かい粒々が入った、可愛らしいラッピングの「maki*maki」は、なめらかでジューシーな口融けの後に甘じょっぱさが残り、単品でも楽しめるお菓子でした。
これからも新しい干菓子が生まれていくようで、楽しみです。
2020年3月03日 | お店, グルメ | No Comments »

梅宮大社の神苑

2月26

ume
暖冬の影響なのでしょう、京都市内の梅が見頃となり早咲き品種の桜まで咲き始めているところもあるようです。
訪れた梅宮大社はその名の通り、鳥居の前から梅が出迎えてくれました。

神苑に入ると広い池が現れ、一気に視界が広がります。雨が上がったばかりで梅の枝にはたくさんの雫も連なっていましたが、やはり花が多く咲いている木ほど、近づくと香りが濃厚になります。
曇り空には紅梅が目を引きますが、実は白い南高梅の裏側のがくの部分も一回り小さな紅梅のようで可憐です。
足元には水仙の清らかな白、若草色の葉の中に混じっているのは…もう黄色い山吹が咲いている!?
今咲いている花々も美しいのですが、昨夏に見頃を終えて枯れた紫陽花の姿も、普段観る事が無いのでなんだか胸に残りました。

3月第1日曜日には「梅・産(うめうめ)祭」が斎行されます(今年は祭典のみ。梅ジュースの無料接待は中止です)。
まだ丸く膨らんでいる蕾もあったので、なんとか梅見も叶うのではないでしょうか。

神苑の花の開花状況はこちらで紹介されています。

職人たちの技光る、竹の指輪

2月19

take
錦市場に程近い竹の雑貨店「ばんてら」は、店内の半分は竹を利用したアクセサリー等の生活雑貨、もう半分は生活空間にも馴染みそうな茶道具が占めていました。
長岡京市の竹材工芸「高野竹工」がもともとの工房で、京都府内産の良質な竹で、伝統的な茶道具のみならずインテリアや内装材にも展開しているそうです。
茶道具の世界では、しばしば国宝・重文クラスの寺社の古材を再利用することが喜ばれ、その縁から生まれ、SNSで話題になったという金閣・銀閣の古材の名刺入れもありました。
表千家・裏千家それぞれ歴代の家元の好みの形の茶杓を一本ずつ再現し、ずらりと収納したセットはマニアック!お稽古で教えるために買う人もいるそうです。

竹のアクセサリーとして、指輪が最も取り入れやすいかと思い、「炭」「茜」「若草」「山吹」といった日本の伝統色5種の中から、「藍色」を選びました。
どの色も地味過ぎない程良い発色と光沢で、ネイルをしていない素の指にも華やかさが加わりました。
とても軽くてすっと指を通るけど作りが緩いわけでもない、たおやかな編み目が優しい表情です。
宝石をとめるツメでニットやタイツを引っ掛けてしまう事もないし、小さい子を持つママさんパパさんも安心してつけられそうですね。
失礼ながら、
「この指輪は、端材を再利用したものなのですか?」と尋ねてみると、
「いえ、この製品のために、竹の皮を一枚一枚漆で染めて、職人が編み合わせんているんです。」
とのことでした。それでいてお値段は2000円もしないなんて、いいのでしょうか。
人前でつけてみるのが楽しみです。誰か気付いてくれるかな。

2020年2月19日 | 和雑貨 | No Comments »

福田美術館の美しい人

2月12

hukuda
江戸から昭和にかけて京都で活躍した画家を中心に、絵画約1500点を所有する福田美術館が2019年10月に嵐山の大堰川の畔に開館し、現在は「美人のすべて」展を開催中です。

「美女」ではなく「美人」とあるので、尼さんや女装の美男子まで登場するのですが、目玉は発見されたばかりで初公開となる上村松園の「雪女」の貴重な原画です。
シングルマザーとして生き、画壇では嫌がらせを受ける事もあったという時期に描かれた作品といい、同じ空間に並ぶ松園の作品群の中でもひときわ異彩を放っていました。
松園の表現する凛とした女性達と、長らく所在が確認されていなかったという木島櫻谷の大作「婦女図屏風」で描かれる女性達を見比べてみるのも面白いかもしれません。
作品を控えめに引き立てる表装も見どころで、なんと禁止マークの付いていない作品については、写真撮影が可能です。

蔵をイメージしたという各展示室を巡りながら、全ての展示作品に一貫して感じるのは、指先にまで宿る仕草の美しさ。
現在の女性でこんな仕草を見かけることってあるでしょうか。
と、思っていたら、ミュージアムショップには今回の美女デザインのハンドクリームが販売されていたのでした。
チョコレートも3種類あったので、他の人と被らないバレンタインの贈り物がしたい人にも良いかも…!?

もう一度、初詣

2月5

9 『「今度、九頭竜大社ってとこお参りに行こうと思ってるねん」。

知人からそう聞いて、
「それって、八瀬にある結構新しい神社みたいな所ちゃう?また感想教えてね」と返しました。
随分前に通りがかって、手を合わせて以来です。
その時は特に祭礼も無かったので、地元の年配らしき方がぽつぽつと拝礼されている静かなお宮でした。
知人が節分直前に伺った時には、月初めで賑わっていたようです。
40代くらいの比較的若い参拝者が多く、それぞれ何かお商売をされているような雰囲気の人が多かったとの印象。
聞くところによると、日本電産の創業者が経営に行き詰まっていた頃、九頭竜大社の神主から助言を受けた後に大量の注文が入り、以来ずっとお参りを続けているのだとか。
また、知人の旦那さんも、ここ最近経営で何かと気をもむことが多く、縁あって気分転換にここを訪れることにしたそうです。
おみくじは大吉や小吉といった括りではなく、開祖の言葉が綴られているようです。どんな言葉が巡ってくるかもまた運命か!?
境内に白蛇が這ったような岩があり、「他の人がしてたみたいに撫でてから、今朝から痛みを感じていた腰を撫でてみたら、なんか楽になったわ~」と明るい声で話していました。
節分には豆撒きも賑やかに行われていたようです。
立春は春のスタート地点。もう一度、お正月のような清々しい気分を味わうのもいいかもしれませんね。疫病退散!福は内!

煎茶道東仙流の初煎会

1月27

sencha

泉涌寺悲田院に拠点を置く煎茶道東仙流の初煎会に同伴させて頂きました。
枝ぶりが見事な松や薔薇、椿からは柳がまるで湧き流れるように、あちこちに花が生けられ、一幅の軸には「一枝春」の文字。
思わず「梅一輪 一輪ほどの暖かさ」という俳句を連想したのですが、後で調べてみると「一枝春」を含む言葉は幾つかあるようです。
例えば漢詩『長恨歌』では、亡くなり仙女となった楊貴妃が涙をこぼす様を春の雨に濡れた梨の花の一枝になぞらえた表現があり、泉涌寺に楊貴妃観音がある事から、こちらの解釈が近いでしょうか。
(※後に、陸凱の『范曄に贈る』という詩からの言葉で、「江南には何も贈るものが無いので、梅の一枝と共に春をお届けします」との意だそうです。「春を贈るなんて、この方は贈り物の達人だな」と思って掛けさせていただきました、との事でした)
茶道ではお菓子を食べ切った後にお抹茶を頂きますが、煎茶道では一煎目と二煎目の間に、二条駿河屋製のできたての雪餅を頂きました。
例年は玉露も飲むそうですが、今年は丸久小山園の最上級の煎茶「的的」。旨みを舌で転がすようにゆっくりと。
お菓子が「雪」なら、急須からしたたるこの甘露は雪解け水か。
一煎目は香りが広がり、葉の開いた頃に出す二煎目は、甘くなった口の中にちょうど良い、しっかりとした味わいでした。
お茶席の後は別の部屋に移り、「ピリカ・レラ」というグループの竪琴ライアーの生演奏と会場のホテルグランヴィア京都のフレンチを皆で一緒に楽しみました。
煎茶道は茶道程細かな規則が無いそうで、主人のサロンを訪れるような趣だそうです。

指先ほどの小さな一椀から、たった3文字の言葉から、心身を潤す春の訪れ。

会場は隔年で変わるそうで、来年は稽古場のある泉涌寺で行われるそうです。

茶の湯の面白さとは?

1月21

tea 今年は2カ所の初釜に参加しました。
片方は、初心者を主に対象とした、ミニレクチャーがメインのゆるやかな茶会。
もう片方は、長年習っている稽古場が主催の本格的なもの。

それぞれに同席した友人達に共通するのは、「お茶を習うのは二の足を踏むけれど、茶会は参加してみたい」という思いでした。
前者に参加した友人は、「お茶は大好きだから、作法に縛られずに自由に飲みたい」といい、後者にここ数年毎年共に参加している友人は、
「稽古に通うのは敷居が高いけど、伝統工芸品など日本の美しいものに触れるのは楽しい」といいます。

確かに、細かいルールは茶の湯が敬遠される要因でもあり、習う者にとっても煩わしい一面でもあるのは否めません。
けれど、道路交通法という規則があるから人も車もスムーズに流れているし、学生服という制約があるから毎朝の服選びが不要になるどころか、かえって銘々の個性が浮き彫りになるのです。
その昔、「自分の好きなテレビゲームを茶会で表現するとしたら、菓子はこんなんで、茶室のしつらいはあんなんで…」と妙な妄想を膨らませた事もあります。

「縛りがあるからこその面白さがあるんだよ」と伝えたいけれど、敷居の手前に立つ友人達にそれを理解してもらうのは難しいかもしれません。
それでも、来客に不要な気を遣わせない和やかさを作るのも、亭主のおもてなし力のなせる技なのでしょう、両者とも退席する頃には、晴れやかな笑顔を見せていたので、「楽しめたみたいで、良かったな」と安心しました。

2020年1月21日 | 芸能・アート | No Comments »

『麒麟がくる』の予習

1月15

mapple
大河ドラマ放映前の頭の整理として、『まっぷる 明智光秀』出版記念「明智光秀講座」を受講してきました。

明智光秀という人物像の裏表、人物相関図に加えて、本能寺の変から時代を遡るという珍しい構成ながら、観光ガイドブック『まっぷる』らしい親しみやすさで、知りたい情報がうまくまとめられています。
日本史を語る上で京の地は避けて通れないと言っても過言ではありませんが、特に若い頃の資料が少ないと言われる光秀の足跡が分かるのが主に京都だと言われています。
本能寺の変が勃発した市内はもちろん、京都大河ドラマ館が開館した亀岡市、織田信長没後に羽柴秀吉と対決した長岡京・大山崎、信長の命で平定した丹波等々、京都府内や周辺にもゆかりの地がたくさんあります。
5月の連休中に開催される「亀岡光秀まつり」に、あるいはそれまでに亀岡に是非とも足を運んでみたいと思いました。

講座の最後に、明智光秀は、制圧した土地で善政を敷くという仕事を実直に行っていた万能型の武将であり、だからこそ信長に重用されたのだろう、また、比叡山の焼き討ち等、様々な戦の後処理も担っており、家臣を案じる彼の手紙には、一人一人、下々の者の名前まで書かれ、自分の守るべき人々を思うがこそ、信長を討つという手段を選んだのかもしれない、との結びでした。

早速この本を頼りに、帰りの足で光秀の首塚に立ち寄り、塚を守る「餅寅」で「光秀饅頭」を家へのお土産にしました。

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