e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

ネットの力で守っていこう

8月18

okuribi 2022年の五山の送り火は、3年ぶりに本来の形で五山全てが灯されました。

今年は四山を見渡せる西陣織会館の鑑賞会へ。
十二単の着付けを鑑賞したり、西陣織の土産物を見たり、湯に浸かった繭から糸を引き出す「座繰り」を実演するスタッフさんと語らう間に外は激しい雷雨。
それでも、これまでどれだけ酷い土砂降りでも点火されてきたので、心配はしていませんでした。

エレベーターで順に屋上へ出ると、不思議と雨が止んでいました。
安全確保の為でしょうか、今年は大文字と妙法は点火時刻を遅らせたそうです。
待機中の報道カメラマンが携帯電話を片手に、「船形が先に点いてる!?」と動揺していましたが、これもまたレアな一幕でした。

屋上にはたくさんの人が集まりましたが、広いので混雑が気になることもなく、雨上がりの送り火は想像以上に綺麗でした。

SNS上では、様々な場所から撮られた美しい送り火の光景や、それを眺める人々の思いが銘々に綴られていました。
一方で、護摩木に亡くなった人の戒名ではなく個人的なお願い事をしたためる人がいる事に違和感を覚える、というご意見や、点火時間に合わせて照明を落として景観の維持に協力するマンションやビルが減ってしまった、と嘆く声も見受けられました。

疫病禍で親から子、孫へ伝統を語り継ぐ難しさ。感想を述べ合うだけでは伝統を守ることはできません。
マンパワーだけでなく資金もやはり必要です。
クラウドファンディングにより防鹿柵で火床を守るなど、インターネットの影響力を借りて、今後はこういう情報ももっと発信していかねばと、気持ちを新たにしました。
関連動画はこちら

何人もの背中

8月10

3dai 先日は、親子3代競演を楽しみに、金剛能楽堂へ。

能楽金剛流の若宗家・龍謹さんが幣を振り舞う三輪明神に、お祓いを受けたような気持ちになりました。
およそ2時間もの長い『三輪 神道』という大曲を演じ切られるとは、凄まじい集中力です。
昔は、恰幅の良いご宗家永謹氏が大きく、うら若い龍謹さんが華奢に見えたこともありましたが、今度は体格も声の大きさも反対のように見えました。

半能『岩船』で、初シテを務める6歳の謹一朗くんが橋掛かりに颯爽と現れた瞬間から、自分の涙腺が緩みそうになりました。
まだ小さいけれど堅く握りしめた拳を前に出し、大勢の大人たちに囲まれた重圧の中でも、正確に流麗な円を描いて舞う姿に大変驚きました。
そして、ご両親に似て、端正なお顔立ちです。

金剛流26世宗家の永謹さんが息子の龍謹さんを、また孫の謹一朗くんを若宗家の龍謹さんが背後で見守る表情は厳しいものでした。
伝統の重みに対峙する真摯な志の連なりは、3代だけのものではないからです。

16日は「大文字送り火」。 蝋燭を灯し、いつもより薄暗い環境で、夏の夜に背筋が凍るような演目が毎年採用されています。
ことしの演目は『善知鳥(うとう)』。地獄で責め苦を与えられるという演出が能楽ではどう表現されるか、注目です。

27日、9月3日には「日本全国能楽キャラバン! in 京都」があり、京都市出身の世界的指揮者・佐渡裕氏、伏見稲荷大社宮司の舟橋雅美氏と、それぞれのゲストが上演曲にゆかりのある講演をされる予定(10月30日は東本願寺能舞台が会場)です。

二刀流で拝む送り火

8月18

live 連日の大雨で否応なしにステイ・ホームとなった今年のお盆。
送り火はライブ映像配信の両方で拝ませてもらう事にしました。

パソコンの方は残念ながら繋がらなかったのですが、スマートフォンでは観られたので、テレビ中継と片手の携帯の二刀流です。

やんちゃ盛りの子供達が家の中で怪我をしないか常に冷や冷や見守りながらの状態だったので、しっとりとご先祖様を見送る風情は我が家には皆無でしたが、大文字、妙法、船形、左大文字、鳥居型の五山全てをそれぞれの現場から編集無しで観られるのは新鮮でした。
最初の大文字が点火されてから、次の妙法の映像を観ると、夜景の向こうに大文字の炎らしき灯りが見えるのです。

友人のSNSに興味深い思い出話があったのでご紹介します。
初めて「お盆って何」と親に尋ねたとき、「生き物の数え方は死んだ時に残るもの」と教わったのだそうです。
「家畜は『頭』、鳥は『羽』、人は『名』。だから亡くなった人のことを思い出してあげるのよ」

2021年8月18日 | イベント | No Comments »

古都に乾杯

3月31

K36
新しい檜の香り残る清水の舞台を後にして、閉門の清水寺からの帰り道。
ザ・ホテル青龍清水」の前を通りがかりました。
昭和期に建てられ2011年に閉校した清水小学校の校舎を活かした建築、また周辺の八坂の塔などが見渡せるルーフトップバーで知られるホテルです。

こちらは自転車姿。立派な車寄せを前にこんな出で立ちで敷居をまたいでも良いものかと、営業確認を兼ねてホテルに問い合わせましたが、快く受け入れて頂けました。
新しいホテルなのにノスタルジックな空気感の廊下を進んでエレベーターに乗り、「K6」のバーテンダー・西田稔氏がプロデュースに参画したというルーフトップバー「K36 Rooftop」へ。
当時はまだ冬の寒さが残る頃だったので、テーブルに添えられたカイロを使っても寒かったのですが、清水の舞台から眺めた夕焼けとはまた異なるパノラマ夜景の中に身を置いて、全くの別世界を楽しみました。
ちょっと移動するだけで、全く違う世界に出たり入ったりできるのが京都の街の面白いところ。

予算の目安としては、本日のおすすめワインを今宵の一杯に選んだとすると、ナッツが付いて4000円ちょっと。
桜の季節でお客の数は増えているかもしれませんが、視界の開けた席で夜風に当たりながらさっと飲みに立ち寄るだけでも気分転換になると思います。

その夜は間もなく満月が顔を出す頃合いでしたが、夏は五山送り火の船形や左大文字が見えるそうですよ。
そろそろ、夜の春風が届く頃でしょうか。

2021年3月31日 | お店, グルメ | No Comments »

今年の地蔵盆は…

8月19

jizou
五山の送り火の翌週辺りの週末、京都市内のあちこちで地蔵盆が行われます。
お堂の中のお地蔵さんを出して祭壇に飾り、町内の子供達は円座して長~い数珠を繰り回したり、おやつをもらったりゲームをしたり。

幼い頃に住んでいたマンションの一角にお地蔵さんがあったので、広いガレージにゴザを敷いて大規模な地蔵盆が行われ、スイカを食べたり花火をしたり楽しんでいました。
現在のような猛暑も無く、夕方になればお風呂上りの子供達が浴衣に袖を通して再び集まり、大人達もビールや枝豆を片手にご近所さんと談笑。

お地蔵さんのいない町に引っ越してからは、夏の催しすら無く、同じ京都市民でありながら地蔵盆が憧れの行事となってしまいました。

京都に限らず滋賀、奈良、大阪、兵庫、福井でも行われている地蔵盆ですが、京都のはお地蔵さんの顔に白粉が塗られ、お化粧が施されているのが特徴なのだそうです。
行事は町ごとに異なりますが、子供達も参加してお地蔵さんのお顔や身体を洗い、夏日で乾かして再びお化粧を施します。
これは「荘厳」と呼ばれる仏像や仏堂を飾り立てる行為に相当するのだとか。
町内の子供達の健やかな成長を願う夏祭りだと思っていたのですが、地蔵盆(地蔵祭・地蔵会)は、町内で亡くなった人への供養や、町内に関する事への祈祷の場でもあったそうです。

道路を通行止めにして大集合する町もあれば、少子高齢化がすすみ大人だけで行うところもあり、継続が困難になって、お地蔵さんの魂を抜く「お性根抜き」を行い、その歴史に幕を下ろしたところも。、
それでも京都市歴史資料館に展示されていた「地蔵盆マップ」を観ると、大なり小なり、かなりの数の地蔵盆が今でも行われているようで、ちょっと安心しました。
今年はどうでしょうか。「遠くの親戚より近くの他人」ということわざが、ふと頭をよぎります。

9月10日にはギャラリートークも開催されます。
ちなみに、今年は「京のテレ地蔵盆」なるコンテンツが公開されており、地蔵盆とはご縁のない地域の人々も、壬生寺副住職によるお話や、数珠まわしの動画を観ることができます。

2020年8月19日 | お寺, イベント, 歴史 | No Comments »

大福を願う帳面の寺

8月13

shuin
盛夏から晩夏へと向かう今日この頃。
曇っていて風のある日は、自転車でも意外と快適でした。
小さな街ながら、徒歩より早く車より小回りの利く自転車で巡っていると、思わぬ発見があります。

たまたま通りかかった大福寺というお寺に、若い人々が入って行くのを見て、立ち寄りました。
中にはおびただしい数のご朱印とご朱印帳。この若者たちは信者?それともご朱印マニア?
親指ほどの大きさのご朱印帳もあり、それに応じた規格の小さな小さなご朱印の札も月毎に用意されていました。
なぜこんなにたくさん扱っているのだろうと思っていたら、「大福」という縁起の良い寺号により、お正月には商売繁盛を願う商家の出納帳に寺の宝印を授与する習わしがあったそうで、それが「大福帳」の名の由来となっているそうです。

これも何かの縁と思い、ご朱印を求めることにしました。
令和二年の年号が入った五山の送り火の意匠です。
この朱の点は、おそらく今年の送り火で点火される地点かと思われます。
何十年か経ったころに、自分も子や孫に「あの年はこんなことがあって、送り火がね…」と語り継ぐ日が来るのでしょう。

表の鐘も搗かせてもらい、思わぬ迎え鐘となりました。
お参りの際には、事前に公式ツイッターのご確認を。

日本人の知らない日本語

7月31

machi
特に読書家というわけではないのですが、書店でもインターネットでも古本を購入したことがあります。
欲しい本が書店に無いとき、また自発的に探すときにネットの利便性に頼りますが、本の方から語りかけてくるような感覚があるのは新書のある書店、より思いがけない出会いがあるのは古書を扱う蚤の市や古書店、図書館の方が多い気がしませんか?
まちライブラリー」という全国に展開している私設図書館をご存じでしょうか。
京都府内にもあり、友禅工場や京町家の一角にも設けられているようです。
画像の図書は京都府外の地域で借りたものですが、『懐石サントリー』なる珍しい題名がすぐに目に着き、一周回っても気になったので手に取ることになりました。
もはやサントリーにも淡交社にもおそらくこの本について知る人は少ないのでは。
ウイスキーの傍らに置いて楽しむ懐石の献立や花を季節毎に紹介しているもので、これだけ四季の移ろいを細分化して繊細に楽しむ文化を持つ民族は日本人だけではないかと感じました。
普段「物語を熟読する」よりも「記事を斜め読み」しがちな毎日において、未知の言葉の表現に触れられるのもまた、書物ならでは。
私達には、まだまだ知らない日本語がたくさんあります。
ちょうど五山の送り火の頃に糺の森でも「納涼古本まつり」が行われます。
暑さ指数を目で追うより、心潤すことばを探しませんか。

雨でかくれんぼの送り火

8月17
こんな画像でごめんなさい!
こんな画像でごめんなさい!

 今年の送り火は、ネット上で「穴場」として話題の某ショッピングモールの屋上駐車場から観る事に。
(無料開放されていますが、買い物やお食事利用をされる事を推奨します)
足元が白む程の土砂降りの中、点火時間を過ぎても雨曇りや多くの人々の傘の花で隠れて、炎を確認するまで少々時間がかかりましたが、広い屋上を歩き回りながら、妙法以外の送り火を拝む事ができました。
遠くでぽっと光る大の字は、山にくっ付いたヒトデの様で、なかなか可愛らしいものです。
今年はどうも、激しい雨の影響で、例年と同じ地点から送り火を観ても一部が確認できなかったという人が多く、カメラマン泣かせだったようですね。
雫がカメラのレンズにも飛び散る程の雨の中での撮影は困難を極めましたが、暗闇に浮かぶ鳥居や船形などは、やはり胸にくるものがありました。
ご先祖様たちは、迷わずあの世へ帰れたでしょうか。
ちなみに、通常シャトルバスは20時までで、タクシー乗り場も二重の列。
送り火終了後は各地で不足気味になる流しの空車タクシーを捕まえるのは運次第なので、素早く帰りたい人は、配車予約をしておくのが良さそうですね。

2016年8月17日 | 未分類 | No Comments »

「法」の送り火

8月17

hou 今年は「法」の送り火を観る事にしました。
北山通りの混雑を避けて一筋北の小道をひたすら東へ自転車を走らせます。それでも多くのご近所さんがたくさんの家族親族を伴って歩いていました。
「法」の字のふもとに「松ヶ崎大黒天」と呼ばれる妙円寺があるので、その付近から眺めようかと出発したのですが、住宅で火床が見えなくなるぎりぎりの所でたまたま目に入った脇道に入り、アパートや家々に挟まれた駐車場に停める事にしました。
ちなみに、妙円寺では送り火前日に甲子前夜祭が、当日には甲子祭が行なわれていたようです。そして送り火翌日には、焚き上げられた護摩木の消し炭を厄除けのお守りとして拾いに来る人々のために、普段は入山できない松ヶ崎山を開放しています。
また隣の涌泉寺では、日本最古の盆踊りと言われる「松ヶ崎の題目踊り」が行なわれる事でも知られています。
既に来ていた何人かおじさんや学生さん達が世間話をしながら点火の瞬間を待つ中、周囲の関係者や他の送り火保存会との交信でしょうか、時折ちかちかと灯りが放たれています。
そのうちに山の方から太鼓を打ちならす音や、「5分前です」と保存会員へのアナウンスが聞こえてきました。
点火時刻の1分前になっても一向に真っ暗なままの山肌を見ながら周囲の人々が「雨降ったさかい、親火湿ってちゃんと火いつくんかいな」と心配するのも束の間。
いきなり一斉に火が灯り、あっというまに「法」の字が浮かび上がりました。
辺りの空気をも赤く染める一つ一つの大きな火柱の横に白い人影が毅然と立ち、京の街並みを見据えています。
昨年の送り火当日もひどい集中豪雨でしたが、どんな天候であっても、還っていくお精霊の為に、燃え盛る炎であの世への道筋をつける誇り。
この「いつも通りに」が何百年も前から積み重ねられてきました。
京都では、五山の送り火を境に、「暑中見舞い」が「残暑見舞い」に切り替わります。

一つの送り火

8月18

myo 16日の局地的豪雨は台風11号をしのぐ程の影響力でした。
京都府内各地で被害が出ている一方、雨後は何も無かったかの様に元の状態に戻っているところもあり、奇妙な感覚を覚えます。
それでも、五山の送り火の保存会の人々は火床をシートで保護する等、万全な対策で今年も荘厳な夜景を見せてくれました。
毎年異なる場所から観るようにしているのですが、今年は家族親戚と共に近所の「妙」を観るため、宝が池スポーツ公園(宝が池公園運動施設)へ。
視界が開けているため、目の前の大きな「妙」が点火されると、朱に燃える火床や人影もはっきりと見えています。
人の流れに乗って少し移動すると、「大文字」や「船形」も拝む事ができました。
両手を合わせた後も炎は揺らぎ続け、しばらくすると何か掛け声が聞こえて、次々と鎮火。
立ち昇る水蒸気の中を、懐中電灯の灯りが文字に沿って降りていきます。
炎の祭典と言うより、儀式と言う方が近しい。ライトアップでは味わえない静かな高揚感です。
複数の送り火が見える場所を追い求めるのもいいけれど、一つの送り火だけを、炎が生まれて燃え盛り、消えて暗闇に帰るまで、じっと見届けるのもいいな、と思いました。
一人暮らしとおぼしきご高齢の女性が、点火時間に合わせて、独り杖をつきながら公園へとゆっくりと歩いていく姿が、今でも目に焼き付いています。

2014年8月18日 | 未分類 | No Comments »
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