e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

行列のできるお宮さん

11月6

miyake 子供の守り神、癇の虫封じで知られる三宅八幡宮は、こぢんまりとしたお宮でした。
近所の方かとおぼしき親子連れが一組、七五三をお祝いされていて、その親子の楽しそうな会話だけが響く静けさも、また良いものでした。
かつては参拝者が絶えない程の賑わいだったといい、その圧巻の行列の数々は檜の香り漂う「絵馬展示資料館」で伺い知る事ができるので、ぜひ見て頂きたいと思います。
幕末から明治にかけて奉納され、境内のあちこちに掲げられていた絵馬ですが、新しい絵馬が納められると、古い絵馬は奥に飾られていたために状態が良く、また当時の人々の髪形や子供達の遊びなど、風俗を知る上で貴重な資料になるという事で、ここに展示される事になったのです。
気軽に外出することができなかった時代の女性にとって、寺社巡りは良いレクリエーションの口実にもなったそうで、鯖街道の拠点でもある出町柳辺りで集合し、30分程かけて三宅八幡まで集団で歩き、散策を楽しみながらお参りしていたようです。一枚の絵馬の中に書き込まれたおびただしい人の数は、最大で大人109人子供630人の、なんと計739人。
絵馬には、京都を中心に活躍した七宝作家・並河靖之氏の4代前の祖先も描かれ、また京阪奈神のどの地域からの集団が列を成しているのか、具体的な住所や個人名まで判明しているものも多いので、京都に長く住んでいる人が見ると、ひょっとしたらご先祖様を発見する可能性もありそうです。

天神さんの「泣き相撲」と「御手洗祭」

8月17

naki
京の七夕」の会場のひとつ、北野天満宮では「北野七夕祭」(16日まで)が行われていました。
「北野天神泣き相撲」では、立派なまわしを付けた生後5~6か月から2歳までの赤ちゃんが、お父さんやお母さんに抱かれて神楽殿に「土俵入り」。
にこにこ顔の行司さんを挟んで向き合うやいなや、母親にしがみ付いたまま振り向かなかったり、見合う前から顔を真っ赤にして大声で泣き始めたり。
相撲になっているのかいないのか、なんともかしましい状況でしたが、これは泣いた方が勝ちとされています。
なんせ赤ちゃん達が主役なので、「え~次の取り組みですが~まだ現れませんね。」と、大人の思惑通りに進行しない事もありますが、そこは観客もおおらかに見守っていました。
「御手洗川足つけ燈明神事」の方は、週末にも関わらず、昼間だととても空いていて驚きました。
京都に住む知人達にもまだ十分には浸透していないようで、
「天神さんでも御手洗祭があるのん?下鴨神社のは行きそびれたから、そっち行ってみよかな」という調子です。
濡れた足のままで歩き、靴を着脱するための床几やすのこ、頭上のテントからはドライ型ミスト装置も設置されていたので、小さな子供を連れた家族連れでものんびりと楽しめていたようです。
未知の体験におびえたり、冷たい水に驚いたりはしゃいだり。その瑞々しい桃の様な頬が小麦色に焼けるまで、子供達の夏はあともう少し、続きます。 動画はこちら

鴨社資料館「秀穂舎」

5月2

shu 15日に京都三大祭である葵祭を控えている下鴨神社では、鴨社資料館「秀穂舎(しゅうすいしゃ)」にて 現在「葵祭展-みあれの神まつりを開催しています。
京都では、「まつり」や「賀茂祭」と言えば葵祭の事を指すと聞いてはいましたが、15日に行われる路頭の儀等を「葵祭」と呼び、先だって12日に斎行される御蔭祭を「賀茂祭」と区別していたとも言い、この二つの重要な神事に分けて様々な資料を展示していました。
古文書ばかりが並ぶ小さな資料館だと思っていたら、神社学問所絵師の邸宅だった社家建築が活かされており、神棚の間には御神像やお供えを、茶室には葵祭と御蔭祭の貴重なフィルムを上映し、展示室間にある式台には鞍や雨笠、防犯のための鎖帷子等が置かれ、芽吹いた若葉が風に揺れる庭では、泉川に面して禊場も設けられており、単調さで飽きさせない様な構成になっています。まるで祈りと学びに満ちた暮らしぶりを追体験しているかのようでした。
いずれの祭も見学した事はありましたが、度重なる河川の氾濫を逃れて移転するまでは、御蔭神社は現在の御蔭山の中腹よりも麓の河に挟まれた場所にあったということや、戦後の葵祭の復興があらゆる文化に多大な影響を与えていったこと、至近距離で観る十二単や舞人の衣装など、また更なる発見をさせて頂きました。
なお、7日までは「京都非公開文化財特別公開」期間中につき、拝観料が本殿や大炊殿等の特別拝観も込みとなった料金体制となっているので、ご注意を。

京都の伊勢

2月6

himu いつもは晦日の熱気盛んな節分祭に出掛けるのですが、今年は別の方向に足が向かいました。
「京都の伊勢」とも呼ばれる日向大神宮です。
その歴史は5世紀末にも遡り、江戸時代初めには徳川家康の後援によって再興されて、境内図を見ても分かるように驚くほどたくさんの神様が祀られています。
一人で歩くにはちょっと寂しい坂道が続きますが、同じように社を目指して息を切らせて登る人の姿もちらほら見られます。
献火神事ではひたすら古いお札やお正月飾りを燃やし続ける、いわゆる「お焚き上げ」のみという非常にシンプルな神事ながら、後ろを見渡せばいつの間にか30人くらいの人が黙って焚き火を見守っていました。
福豆を一袋頂き、帰りに境内駐車場から10分程のところにある伊勢神宮遥拝所にも立ち寄りたかったのですが、既に陽が傾き始めていたので、次回に取っておくことに。
場所取りが必要な程の混雑も無い静かな神事なので、本殿と遥拝所を巡ってから神事を拝見し、最後に天の岩戸をくぐる、という行程の方が、特に寒い季節には良さそうです。
ここは隠れた紅葉の名所としても知られ、伊勢神宮と同じく古い形式の神明造でありながら、別の参道を降りると、近代遺産ともいえる疏水のインクラインに遭遇し、また南禅寺にも近いというところも、なかなか面白い立地でした。

大工さんの釿始め

1月10

chona お正月行事の中には「書き初め」「かるた始め」「蹴鞠初め」の他に、大工さんによる仕事始めの行事「釿始式」があります。 広隆寺でも行なわれていますが、今回は城南宮の方に行ってみることに。 他の行事とは違って見学者は身内と初詣客のみのようで、神事が始まってからでも舞台前の床几にすんなり座って観る事ができました。 神饌や昔ながらの大工道具が神前に供えられ、横たわる木材に向かって、紐を使って墨打ちををしたりと、それらの道具を使う所作を再現していきます。 物が溢れ、使い捨てが当たり前になっている現代においては、「鋸(のこぎり)の儀」等とアナウンスしながら仕事道具に対してこんなに敬意を表すなんて、いささか仰々しく感じてしまいそうになります。 安全祈願に加えて、人だけでなくあらゆる物に神が宿るという日本人の宗教観が物を大事にするという価値観に繋がり、こんな儀式が生まれたのでしょうね。 とても素朴な儀式でした。 動画はこちら

北山杉の里・中川

11月22

sugi 朝の雨ですりガラスの様に曇ったJRバスの窓は、高雄を越えるあたりから赤や朱、黄色に染まり始めました。

紅葉の名所・高雄のある三尾から更に4キロ程山奥へ進んだところに、川端康成が「古都」で描いた北山杉の産地・中川があります。

ガイドツアーでは、地元の方とも触れ合いながら、中川天満宮で樹齢600年の北山杉の母樹に触れ、山間の街並みや非公開寺院の宗蓮寺の裏庭からの絶景を楽しみ、木造倉庫群の中で、丸太磨きの体験もさせてもらいました。

今週末26日は、松雪泰子さん主演でリメイクされる映画「古都」が京都で先行上映されるとあって、そのロケが行なわれた場所も教えて頂きました。

扇の様に真っ赤に広がる紅葉の枝を背景に、すっと天に向かって伸びる白い大台杉、白い霧と赤い霧の様な紅葉の合間にのぞく深い緑は、杉の木が連なって整然と模様を描いています。

こんな景色は、世界最古の造林地と呼ばれる中川の地ならではと言えるでしょう。

まるで健康的な素肌の様な北山丸太。子供の頃から「触るとすべすべして気持ちがいい木」という記憶が強く残っています。

「床の間は、人の視線を自然に集める事で、おもてなしの気持ちや、大切にしているものを表す空間。神の宿る北山杉を床柱として立て、家に床の間を作って欲しい」とのガイドさんの言葉が胸の奥に届きました。

和室でも洋間でも、そんな空間を設ける事は日本人として意味のある事に思います。

ガイドツアー(075-406-2340)は2名からの催行、所要時間は2時間半程なので、午前中は中川や小野郷、午後からは高雄と、それぞれ異なる風情を楽しむ新たな紅葉狩りコースができそうですよ。

ガイドツアーでは、地元の方とも触れ合いながら、中川天満宮で樹齢600年の北山杉の母樹に触れ、山間の街並みや非公開寺院の宗蓮寺の裏庭からの絶景を楽しみ、木造倉庫群の中で、丸太磨きの体験もさせてもらいました。
今週末26日は、松雪泰子さん主演でリメイクされる映画「古都」が京都で先行上映されるとあって、そのロケが行なわれた場所も教えて頂きました。
扇の様に真っ赤に広がる紅葉の枝を背景に、すっと天に向かって伸びる白い大台杉、白い霧と赤い霧の様な紅葉の合間にのぞく深い緑は、杉の木が連なって整然と模様を描いています。
こんな景色は、世界最古の造林地と呼ばれる中川の地ならではと言えるでしょう。
まるで健康的な素肌の様な北山丸太。子供の頃から「触るとすべすべして気持ちがいい木」という記憶が強く残っています。
「床の間は、人の視線を自然に集める事で、おもてなしの気持ちや、大切にしているものを表す空間。神の宿る北山杉を床柱として立て、家に床の間を作って欲しい」とのガイドさんの言葉が胸の奥に届きました。
和室でも洋間でも、そんな空間を設ける事は日本人として意味のある事に思います。
ガイドツアー(075-406-2340)は2名からの催行、所要時間は2時間半程なので、午前中は中川や小野郷、午後からは高雄と、それぞれ異なる風情を楽しむ新たな紅葉狩りコースができそうですよ。

豊園泉正寺榊の粽

7月19

sakaki 皆さんは、祇園祭の粽を買うとき、どこのものを選びますか?
たまたま通りかかった山鉾町の粽、個人的に馴染みがあったり応援したいと思う山鉾町の粽、ご利益やデザインで選んだ粽、登りたい鉾で入場料代わりに、という人もいることでしょう。
今年の前祭は、宵山の16日のみ授与される「豊園泉正寺榊」という、ちょっと珍しい粽を受ける事にしました。
山のご神木や鉾の先端のように、祇園祭の祭神を載せる3基の神輿にも、それぞれ神を迎える「よりしろ」となる榊台が立てられていたといい、この泉正寺に伝わる中御座の榊台だけが今も静かに受け継がれています。
山鉾巡行の後の夕刻、神幸祭では中御座を迎えに行き、神霊を合一して、共に氏子地域を巡ります。
きれいに巻き込まれた華奢な粽は、まるで扇の中啓のような風格が漂います。
茅の輪が変化し、家の戸口に飾られるようになった粽はお守りのような存在ですが、同時に、それを伝えてきた地域を応援するための募金の形だとも言えますね。
今年は後祭りの宵山も巡行も週末と重なっています。前祭に行けなかった人も、ぜひ。

2016年7月19日 | 歴史, 神社 | No Comments »

京に眠る遺跡パワー

6月28

saiji  京都を何度も訪れている人でも、新幹線の窓から東寺の五重塔が迫って来ると、毎回気分が高揚するといいます。
平安京の時代、羅城門を挟んで東寺と対称に位置していた西寺があり、空海が真言密教の道場として発展させ、今や世界遺産となった東寺に対して、守敏が鎮護国家の官寺として発展した西寺は、度重なる火災と国政の衰微を経て廃れてしまいました。
その跡地に降り立ってみると、予想通り、西寺跡石碑や復元整備された礎石や案内板のみとなっており、芝生の小さな丘の上で野球に興じる少年達が歓声を響かせていました。
平安京に関する書物を読み、存分に想像力を働かせてこそ楽しめるのは言うまでもありませんが、西寺の台所であった大炊殿跡に中華料理屋が建っているのがご愛嬌。この前身のお店も料理屋さんだったそう。
西寺児童公園の北側にある鎌達稲荷神社は、伏見稲荷大社よりも歴史が深く「元稲荷」とも呼ばれ、平安期の陰陽師・安倍晴明の子孫である安倍家、土御門家の鎮守社なのだそうです。ここのサムハラ呪符は奇蹟を生むお守りなのだとか。
ちなみに、2013年には京都府八幡市美濃山の「美濃山瓦窯跡群」で、西寺跡周辺で発見された瓦と同じ「西寺」の押印がある瓦が1点出土したというニュースもありました。
現存する木造塔として最高の東寺の五重塔。同規模だったとされる西寺にも立派な塔が建っていた可能性も考えられます。
いつの世も、あらゆる国で、そびえ立つ塔は人の心を惹きつけてやみません。
国の災いを引き受け、姿形は失われてもなお、人の足を運ばせてしまう遺構の数々
京の土の下からはまだ、何らかのパワーが秘められているのでしょうね。

吉田山大茶会

5月31

kan 先週末の京都は茶会ラッシュだったようで、大徳寺のあちこちの塔頭では利休忌に因んだ月釜が、神護寺でも「神護寺茶会」という催しが行なわれたようです。そんな中で、吉田山大茶会に初めて行って来ました
吉田神社境内で、様々な団体や店舗が銘々の趣向で茶会やお茶の販売をしており、京都の宇治茶はもとより、静岡の天竜茶や、台湾茶など、300種類以上のお茶が集結して賑わいをみせていました。
軽食もあり、テイクアウトの中国茶のミルクティーや冷たいライチ紅茶で喉を潤しながら、茶器を買ったり、韓国茶道の茶席にも参列したりと、ここでは朝から夕方までティータイムです。
軽トラックの荷台に畳を敷き、売茶翁さながらにお茶をふるまうところや、急須と合体させた湯呑みなどの、独創的な試みにも触れてみたり。
毎年参加されているというお茶好きな方からのアドバイスは、「早めに会場入りして、まずは予約を入れること。人気の茶席はすぐに完売してしまう」だそうです。
今回も38ものブースが出典しており、会場には全体マップが一か所でしか掲示されていなかったので、行きたいお店を探すのに少々時間がかかりました。
事前に出展者リストをプリントアウトして、行きたいところをチェックしてから効率よく巡るのがおすすめです。来年のご参考に。

京都薪能プレ公演

5月3

higasi 大型連休はいかがおすごしでしょうか。
平安神宮で行なわれる京都薪能まで一カ月を切り、そのプレ公演として5日には京都文化博物館の別館で、21日には岡崎公園(旧神宮道)にて、ダイジェスト版の能や狂言が無料で行なわれます。
先月は、京都を拠点とする金剛流の定期能が、特別に東本願寺の能舞台で開かれました。
白書院に面した能舞台のそばでは新緑がゆらぎ、謡の合間に鳥の囀りも聞こえてくるような開放的な空間でも、演者の鍛えられた声はよく通ります。
英語の解説を手にしていても難しいのでは、と気になっていた隣のポルトガル人カップルも、狂言では周りと同じようにくすくすと肩を揺らせていたので安心しました。
8名程の装束姿のちびっこ達も舞台に並び、それだけで花見の風情を想像させるという珍しい計らいも。
もともとは神々に奉納するため、お能や狂言は主に外で演じられてきました。
暮れゆく空の下、炎を揺らす風を感じながら、昼と夜の狭間のひとときに身を置いてみてはいかがでしょうか。

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