e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

京都に「浪花桜」

5月12

naniwa
昨年に嵯峨野の福田美術館を訪れた折、すぐそばに建つ塔が気になったので何となくカメラに収めておきました。
後になって、今春まもなく最終回を迎えるNHK朝ドラ『おちょやん』主人公のモデルとなった女優・浪花千栄子さんが整備されたものだと知りました。

もともと浪花千栄子さんについて何も知らなかったので両親に聞くと「確か、嵐山でお蕎麦やさんか旅館かしたはったなあ」との返答。
調べてみると、渋谷天外と離婚した浪花千栄子さんは、嵐山付近にあったとされる「竹生」という料理旅館を養女と共に開いていたようですね。
江戸初期に建てられたという塚は荒廃していた様子で、見かねて化野の石塔を一基つを移したといい、現在は綺麗に整えられています。

小督は『平家物語』や能「小督」に登場する宮中一の美女で琴の名手。
平清盛の娘婿・冷泉隆房の愛妾でしたが、後に高倉天皇の寵愛を受け、隆房は自死。平清盛によって宮中より追放されます。
嵯峨野に隠れ住んでいたところを、天皇の命を受けて探していた源仲国が琴の音に導かれて発見に至りました。
宮中に呼び戻された小督は、天皇との間に子を宿しますが、清盛によって再び追放され、清閑寺にて出家させられたとされています。

落柿舎から小督塚を訪れた松尾芭蕉が桜を植えた事が『嵯峨日記』に記されており、「小督桜」と呼ばれています。
昨冬に訪れた当時は知る由も無かったのですが、この近辺に「浪花桜」と名付けられ桜の古木があるそうです。

芸に秀で、恋に運命を翻弄された美女の足あと。来春の桜巡りの候補にしてみようかな。

2021年5月12日 | 町家 | No Comments »

失われゆく遊郭建築

4月21

hashimoto
夏目雅子さん主演の映画『鬼龍院花子の生涯』にも登場する橋本遊郭。
かつては82軒もの妓楼があったそうですが、10年以上ぶりに訪れてみると、遊郭の名残を感じさせる建造物は今も僅かに残っています。
橋本遊郭跡にある大店の一つが旅館「橋本の香」として生まれ変わっており、漢方エステや足裏マッサージが受けられるほか、500円で内部を隈なく案内してもらえます。

屋久杉の木目が美しい欄間やステンドグラス、今となっては容易に再現することが不可能な霜ガラスや色とりどりの豆タイル。
どこを切り取っても写真映えがする異世界は、寺社をお参りするだけでは見られません。一般の女性が敷居を跨ぐことができるのは、現在だからこそ。
贅を尽くした遊郭建築は基礎からしっかりと作られているので、長年風雨にさらされ地震を経ても周りの住宅よりも持っているのだとか。
文化財級の価値がありながら公的に保護保存される事もなく、その貴重な素材や意匠は取り壊され更地や駐車場になるなど徐々に失われてしまっています。
色街の遺産とも言える曰くつきの建造物を買い上げ保存に動き出せるのは、日本人よりも中国など海外の人の方が積極的なのかもしれません。

二軒隣の「旧第二友栄楼」も500円の追加で一緒に中に入らせてもらいました。
老朽化した築120年の妓楼を、中国茶を楽しむ茶楼に生まれ変わらせるために改装中で、軋む廊下や階段を進むと、前の持ち主が残した着物や古いカメラ等の雑貨がいっぱい。
これらの貴重な建築を活用し保存するためのクラウドファンディングが27日まで行われています。
物干し程の広さのバルコニーもあり、どんな風にこれから変貌していくのか、とても楽しみです。

銘木と椿の競演

3月17

taizan 銘木商・泰山堂(新烏丸通丸太町上ル新富町304。075-213-0355)というところで椿展があると誘われ、お邪魔しました。
庭園に植わっている椿の木を回遊するのかと想像していましたが、畳敷きの小上がりのある、こじんまりとした数寄屋建築が会場でした。

染付とのコントラストが鮮やかな花の群れに迎えられ、ある花は燗鍋の口から枝を伸ばし、ある花は唐紙の版木を敷板に、またある花は仏手のような彫刻の指先に花を付けていました。
その品種も「月光」「赤城」「百合椿」「千寿」、そして雷光のように枝をうねらせた「雲龍」など、花びらの色から葉の形状まで実に豊富です。

美しい椿は寺院や庭園、お茶席の床の間など京都でたくさん出逢えますが、様々な古材や花器の絶妙な取り合わせで生けられた姿を一度に観られるのは新鮮でした。

「真の美しさに触れた時、人は心強くし、何度でも再生できる」
案内状にはそう書かれていました。

撮影は可能ですが拡散不可なので、ここでの椿の画像をお見せできないのが残念ですが、
この椿展は毎年3日間だけ開催されているそうなので、来年のご参考までに。

手のひらの国宝

3月9

mini
仁和寺で茶室の模型展が開かれているとの口コミを得て、行ってきました。

御殿の白書院を会場に、手の平サイズの茶室と茶道具等がずらり。
それも、豊臣秀吉黄金の茶室や千利休の待庵など、基本的に非公開で入ることのできない茶室ばかり。
ミニチュアが好きでよく観ますが、幻とされている茶釜や国宝の茶碗、茶懐石のそれは他で観た事がありません。

模型製作が趣味だった関山隆志さんが、24歳の頃に職場の茶道部で初めて茶道に触れたことからのめり込み、還暦を過ぎてから茶室の模型の製作を始められたそうです。
できるだけ実物を訪問し、交渉をして見学をさせてもらい、1/12のスケールに落とし込んでいるとのこと。
LED等の照明を組み込む事で陰影や奥行ができ、ミニチュアながら庭園の眺めに清々しさまで感じられるのが驚きです。

観る角度を変えると見える物が現れる遊び心もあって、何よりも楽しんで製作されているのが伝わます。
会場にいたスタッフ方やお客さんとも和気あいあいと楽しませていただきました。

この展覧会は3月7日で終了しましたが、2年前にも嶋臺ギャラリーで個展をされていたそうなので、またどこかで新作とともに企画があるかもしれませんね。

「京都ネイティブ」なお店

3月3

mago
京都マニアの友人に教えてもらった、京都御所に程近い「孫右ェ門」。

個人宅の庭に踏み入り縁側から靴を脱いで入店するようなスタイルに戸惑いながらも、庭に面したソファ席に身を沈めました。
ウヰスキー入りの濃厚なチョコタルトが、初めて飲む「二三味珈琲」によく合い、よく見るとタルト生地にも珈琲の豆が。

床の間にはお雛さま。こちらに住まわれているオーナーさんは、並河靖之七宝記念館のポスターを手掛けるグラフィックデザイナーだそうで、衣紋掛けの前には新古のデザイン本が並んでいました。
越して来られる前のお家は、祇園祭の岩戸山が立つ町内とのこと、テーブルクロスも祭つながりのものだったので、
「今年の祇園祭はどうなるんでしょうねえ」「さあ~何らかの形でしはるんちゃうかなあ~?」
と会話に花が咲き始め、カウンター越しに長らく話し込んでしまいました。

立て看板が無ければうっかり通り過ぎてしまうような入り口、椿が咲き長い路地を奥へと進む静かな高揚感と、意外にアットホームな居心地(家だけに)と手頃なお値段。
バーの時間帯に人を連れて行ったら喜ばれそうです。

家からお店への改装や置かれた小物にもセンスを感じて、久々に「京都ネイティブ」なお店に出逢えた気がします。

2021年3月03日 | お店, グルメ, 町家 | No Comments »

京都の街が美術館

10月13

kg
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」は体験されましたでしょうか。
京都市内のギャラリーのみならず、町家で、商店街で、寺院で、書店で、府庁など各地で展示される作品群は、時として周りの景色も借景として完成をみます。
普段は入れないようなところ、知らなかったところが会場になっていたりするので、普段アートに接する機会が多い人もそうでも無かった人でも、新たな街あそびとして楽しめます。
絵画には額縁が、掛け軸には表装があるように、作品をとりまく環境もアートのうち。小さな子供達にも肌感覚で感じてもらえるかもしれません。

写真家、著述家であり、かつて今出川通寺町西入ルにあった名物喫茶「ほんやら洞」の店主だった甲斐扶佐義さんの作品は、秋風に誘われて老若男女が集う鴨川三角州の周辺に登場。
また、京都駅ビルの空中径路には、京都で見つけた美女の肖像100点が並んでいます。
幅広い年齢層、国籍の女性達の美しい笑顔はもちろんのこと、その背景から撮影場所はどこか、ついつい想像を巡らせてしまいます。

途中で京都タワーを正面に臨むこの静かな会場は17時までですが、陽が傾いてきた昼と夜の合間の時間帯がおすすめです。

商店街を楽しむ

8月4

kamo
再び、巣籠り生活が始まるのでしょうか。
今年の初夏に町家の借家暮らしを体験していたとき、限られた外出の中で、近くの新町商店街でのお買い物を楽しんでいました。

例えば魚は「中居鮮魚店」。焼き鮭が美味しいです。事前に電話で「今日は何が入ってますか?」と予約した方が良いでしょう。頼めば焼いておいてもらえます。
例えば野菜は「やおやONE DROP」。スーパーには無い珍しい野菜もあり、お料理好きな人なら使ってみたくなるかもしれませんね。
近所に商店街がある人なら、何も特別な事は無いのでしょうが、普段買い物と言えばスーパーやショッピングモールしか選択肢が無い地域に住んでいる人にとっては、ちょっと魅力的。

花は花屋、麺類は製麺所、と専門店を巡るのでその都度移動時間が必要ですが、ついお会計以外でも店員さんに話しかけてしまったりするのです。
時には自転車で新大宮商店街まで足を延ばす事もありました。

朝食やおやつにしていたのは、「かもDONUT」。
この「かも」は、長らく鴨川の事だと思っていましたが、実はオーナーのご先祖である賀茂一族からきているそうですよ。
こじんまりとしたお店なので、当時は一組ずつの入店でした。
京町家に映えるカラフルなドーナツは某有名チェーン店と似たラインナップですが、それらの風味を濃厚にしたような味わいでした。

2020年8月04日 | お店, グルメ, 町家 | No Comments »

初めての町家暮らし

6月22

machiya またまた縁あって、今度は北大路にある借家にも滞在していました。
今年の春先から初夏にかけての1か月間、家族で初めての京町家暮らしです。

台所はIHコンロ、寝室はベッドといった、現代人の暮らしに合わせてリノベーションされた町家だったのですが、玄関から入ってすぐの土間だったであろう場所にタイルを敷いたダイニングスペースだったので、食事や走り庭の台所での炊事は靴やつっかけを履き、プライベートな部屋に入る時はそれらを脱ぎます。
動線を考慮した現代向きの造りでは無いので、一日に何度も家の中でつっかけを脱いだり履いたりする必要があります。
昼でも薄暗く、門前の部屋と壺庭に面した窓を開放しておくと風が流れてひんやりと気持ちがいいのですが、底冷えの京の冬ではエアコンだけだと肌寒くなるかもしれません。
台所のシンクの横、おそらく昔なら井戸を置いたと思われる場所に冷蔵庫や洗面台があるので、お風呂を一歩出ると洗面所は無く、脱衣の際には後付けのアコーディオンカーテンで目隠しをします。
階段もとても急勾配で、そんな「ちょっとずつ不便」なところに、妙に町家らしさを感じたりもしました。

駅の方へ歩けば北大路ビブレ(滞在中は1階のみの営業でしたが)や北大路商店街に鴨川、反対側に歩けば新町商店街や児童公園があり、なんでもコンパクトに揃ってとても便利な立地。
2階の床の間のある座敷は余り使う事が無かったのですが、週末の外食の代わりに仕出しを頼んでみたりと、普段通りの生活を送りながらも非日常感を味わえる不思議な感覚。
京都観光リピーターの中で、ホテルでも旅館ウィークリーマンションを選ぶ人達の気持ちが少し分かるような、貴重な体験でした。

2020年6月22日 | 町家 | No Comments »

「日本の洋食器」

3月18

okura
週末になるといつも賑わう岡崎公園も、催しが無いせいかひっそりとしていましたが、細見美術館の様子はガラガラに空いているというわけでも混雑しているでもなく、以前とそう変わらない気がしました。
ここは館内が展示室ごとに一旦外に出て移動する設計なので、ちょうど新鮮な空気を吸って良い気分転換ができるのが気持ちいいです。

さて、現在開催中なのが、「華めく洋食器 大倉陶園 100 年の歴史と文化」。
ビジネスよりも、日本が誇れる洋食器文化を発信する事を念頭に置かれた大倉陶園のものづくり。老舗ホテルやレストラン、皇室でも重用されてきました。
そう聞くと優雅な花柄模様を連想しますが、ホテルニューグランドのコーヒーセットの様に、富士山と波を版画の様なシンプルな線と面で表現したものもあります。
生物をリアルに再現した陶彫も製作されており、秋刀魚などの魚はとても珍しい。魚特有のぬめりまで感じられます。

藍色の水彩画のような、透明感のある「岡染」は、観た事がある人も多いかもしれません。
今上天皇(徳仁親王殿下)のお箸初めの儀で使用されたという食器セット一式は「岡染ベアー」と称され、小熊やでんでん太鼓、横笛が描かれていて、思わずこちらの頬が緩みました。
決して外国の真似では終わらないどころか、名立たる海外の名窯にも引けを取らない職人技と美意識が光る「日本の洋食器」の逸品がそこにはありました。

主の息遣いが残る旧宅

9月25

kyutaku
9月末まで展開している「京の夏の旅 文化財特別公開」では、寺社に加えて京町家や旧宅が公開されています。
旧湯本家住宅は、これまでに無かった平安京の通史をまとめた『平安通志』の編纂事業に携わった歴史家・湯本文彦氏の教養が偲ばれる旧宅です。
湯本氏の提案による平安京の実測事業を元に建立された平安神宮は平安遷都千百年紀念祭事業の一つで、その記念品として作られた墨の余った抜き型を、自宅の襖の引き戸に再利用するなど、発想がなんとも数寄者的。
道中のほんの数分程の間に、緑豊かな京都御苑から同志社大学の煉瓦造りのアーモスト館を経て相国寺門前へと景色が目まぐるしく変わり、自宅の庭からも洋館が見えるという、ある意味「京都らしい」立地も、湯本氏が余生を楽しんだ終の住家としてふさわしいものがありました。

そこから京都御苑の中を抜けて、今度は藤野家住宅へと向かいます。
これまで私達が触れてきた「町家」は商家の造りである「表屋造」が多かったように思います。この藤野家住宅は高い塀を構え、住居として建てられた「大塀造」です。
こちらもまた当主が茶の湯を楽しんでいたそうで、茶室が玄関を兼ねているというのも新鮮。また、部屋同士が襖一枚で仕切られているのではなく、廊下が客間と移住空間を隔てているのは京町家としては近代的だとか。
畳をよく見ると、真ん中にほんのり色が異なって見える帯状の部分があります。これは二本のい草を継いで縫った「中継ぎ表」で、京都迎賓館でも見られたものですが、こちらのは機械ではなく職人さんの手による高級品なのだとか。
貴重な畳を傷ませないためか、普段はカーペットでか隠れていたようです。
京の町が時代と共に変わりゆくなか、個人の努力で維持されて来た旧宅や、その歴史的・文化的価値に気付かれないままの旧宅がまだまだあるかもしれませんね。

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