e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

日本人の知らない日本語

7月31

machi
特に読書家というわけではないのですが、書店でもインターネットでも古本を購入したことがあります。
欲しい本が書店に無いとき、また自発的に探すときにネットの利便性に頼りますが、本の方から語りかけてくるような感覚があるのは新書のある書店、より思いがけない出会いがあるのは古書を扱う蚤の市や古書店、図書館の方が多い気がしませんか?
まちライブラリー」という全国に展開している私設図書館をご存じでしょうか。
京都府内にもあり、友禅工場や京町家の一角にも設けられているようです。
画像の図書は京都府外の地域で借りたものですが、『懐石サントリー』なる珍しい題名がすぐに目に着き、一周回っても気になったので手に取ることになりました。
もはやサントリーにも淡交社にもおそらくこの本について知る人は少ないのでは。
ウイスキーの傍らに置いて楽しむ懐石の献立や花を季節毎に紹介しているもので、これだけ四季の移ろいを細分化して繊細に楽しむ文化を持つ民族は日本人だけではないかと感じました。
普段「物語を熟読する」よりも「記事を斜め読み」しがちな毎日において、未知の言葉の表現に触れられるのもまた、書物ならでは。
私達には、まだまだ知らない日本語がたくさんあります。
ちょうど五山の送り火の頃に糺の森でも「納涼古本まつり」が行われます。
暑さ指数を目で追うより、心潤すことばを探しませんか。

歴史・文化・交流の家 長谷川家住宅

5月29

hase
地下鉄烏丸線「九条」駅または「十条」駅より徒歩約10分。東九条にある「長谷川家住宅」は、275年の歴史を持つ国の登録有形文化財でありながらまだ余り知られていませんが、幕末の禁門の変の際に会津軍の幹部が滞在した名残りや、珍しい古地図や古美術もあり、非常に見どころの多い観光スポットです。
少し前まで実際に生活が営まれていた農家住宅であり、11代当主だった画家・長谷川良雄氏の娘さんが、現在は水彩画のギャラリーの運営と並行して手織り教室をされています。
テレビが隠せる扉や、おくどさんの裏側にIHコンロがあったりと、これまで観光してきた京町家とは違って、経年の趣と現代生活が入り混じったリアル感が、かえって親しみやすく、個性的です。
ギャラリーや床の間のしつらいも季節によって変えられているのですが、5月という事で貴重な檜の兜や、神功皇后とその子・応神天皇の人形、神馬など、ここでも鎧兜とは違う貴重なものが飾られていました。
やはりこれだけの規模の屋敷や庭を維持改修するためには、コンサートや古文書研究会等を企画だけではまだまだ赤字なのだそうで、「いつまでできるか…」と話されていました。
クラウドファンディングも間もなく締め切りを迎えますが、存続のためにはここの知名度が上がるまで、もうしばらく延長してもらいたいところです。
京都市内でも余り馴染みの無いエリアですが、駐車場は4台分あるので、事前に問い合わせれば車での来場もできます。
なお、7月2日や9月29日にも関連講演会とまち歩きがあるそうです。

台湾の喫茶文化を京都に

3月12

xiao
台湾の台北市にある人気茶藝館「小慢(シャオマン)」が、京都にもお店を出したと聞きました。
観光客も通らないような静かな住宅地の中、周囲に溶け込む木造住宅に、まるで世間から知られたくないかのように目立たない看板が掛かっているだけ。
一度はうっかり通り過ぎ、また入り口に立っても営業しているかどうかも分からない静けさに、引き戸に手を伸ばすのもためらってしまいました。
大人の隠れ家のような台湾茶カフェを想像していたのですが、実のところはお茶を取り巻く工芸品を扱う、薄暗く落ち着いたギャラリーでした。
他の来客も同様に喫茶目的だったようで、お店のスタッフが小ぶりの台湾菓子とお茶を出して下さいました。
日本にも日本茶を扱い、茶道体験ができる茶房もたくさんありますが、たくさんのお土産を手に疲れを癒す旅客が多く見られるのに対し、台湾の茶藝館で見かけた客人達は、より地元の人々が自然と集い、茶葉から淹れる喫茶が日常に溶け込んでいる印象がありました。
ここでは限られた種類の中国茶と台湾茶、台湾の紅茶を扱っており、値段も高級路線。当時展示してあった茶器もとてもシンプルで、茶を嗜むことと、その周辺の日用品や時間にも潤いを忘れない人のためのお店なのだと実感しました。
イベント用スペースと思われる二階は、たまたま茶会の最中だったようで上がる事はできませんでしたが、次回は4月に開催予定だそうで、詳細は公式フェイスブックを見て欲しいとのことです。
スタッフの方が蒸籠を持って階段を上り下りする様子から、台湾の点心も頂けるのかもしれません。期待が膨らみます。

防犯、防火から観るもてなしの建築

2月26

nijo
幕末を偲ぶスポットを巡るなら、予約してでも行きたいのが二条陣屋(小川家住宅)
米穀商や両替商、薬種商として財を成し、二条城からほど近い立地もあって上洛した大名の宿舎としても使われたことから、防犯や防火上のユニークな工夫が凝らされているところが人気です。
天井裏に隠された武者だまりや閉じると棚に見える釣階段、隠し戸など、訪れるまではからくり屋敷の様なものを多少想像していました。
しかしながら300坪に25部屋あり、銘木の特質を活かした使い方や収納の利便性を叶えながら狭く見せない空間の使い方など、細部にわたる創意工夫の徹底ぶりは、建築や空間デザインを学ぶ人や、これから家を建てる人にとっても今もなおヒントとなり得るのではないかと思いました。
また、大火に見舞われた教訓から、庭作りにおいては、12ある井戸は全て地中で繋がっているといい、万一の際には貴重品を入れた唐櫃を水中に沈められるほどの大きなものも。
防火の観点からの見どころの多さは、他に類を見ません。
民家としては、大阪・羽曳野にある吉村家に続いて国宝指定を受け、昭和25(1950)年の法改正により重要文化財に再指定されましたが、台所など一部は今も現役で、当主が暮らしながら継承保存されています。

京都はギャップの連続

12月11

kakimoto
秋はチョコレート、冬に入るとココアが飲みたくなる季節です。
とある秋の日。京都の古い神社をお参りした後、「アッサンブラージュ・カキモト」を初訪問。
京都に続々と出現しているチョコレート専門店の中でも新顔で、小さな店構えながらも絶え間なく人が訪れていましたが、町家を改装した店舗の飲食スペースにはワイングラスが並び、カウンター席にサーブされるところは、まるで夜のバーか割烹を訪れたかのようでした。(ちなみに、近くの紙司柿本」とは無関係だそうです)
上質なカカオビーンズで作られたフォンダンショコラをシルバーウェアで頂き、カカオの豆の香りがふくよかなお茶で身体を温めると、その時間さえも贅沢なものになります。
テイクアウトのケーキも一切れ600円前後と、さすがに良いお値段でした。
お店を出ると、すぐ隣に「鶏卵問屋 中川幸商店」が。積み重ねられた卵の箱が透けて見えるガラス戸の「だし巻き200円」の張り紙に、思わず相方と顔を見合わせ「買って帰る!?」。
我が家で温めて、ほうじ茶と共に頂きました。
こんなギャップの連続が、なんとも京都らしい気がします。

2017年12月11日 | お店, グルメ, 町家 | No Comments »

味噌は味噌屋で

8月22

kato 盛夏の折、汗をたくさんかくためか、赤出しが美味しく感じます。
ちょうど切らしたので、「加藤みそ」(075-441-2642)に買いに行きました。
西陣の住宅地の中にあるので、味噌だけを買うにはちょっと不便なところにあるのですが、
もともと実家近くの魚屋さんにも置いてあり、食卓にて
「ん、この赤出し美味しい。どこの?」
「“萬亀楼”さん(京都の料亭)の南隣にある“加藤商店”さんの。」
という会話が始まりでした。
言われた場所に建つ町家はご自宅だったようで、向かいの工場で分けてもらいました。
今やスーパーやコンビニで何でも揃ってしまいますが、特に都会で生まれ育っている人にとっては、「米は米屋で」「味噌は味噌屋で」買い物をするのは一種の憧れのような、わくわく感があるのでは。
工場いっぱいに広がる味噌のいい香りは、直営工場ならでは。
創業100年近くなってもなお昔ながらの手作り製法を通しているそうで、作業着姿の若い店主の語りからも、品質への自信が垣間見えました。
親子で量り売りの赤出しや八丁味噌、甘酒を購入しましたが、白味噌や塩麹、田楽みそなど、15種類程の商品があり、味噌作り体験もされているようです。
早速夕食に初めて八丁味噌を飲んでみましたが、こちらも塩分でしんどくなるようなキツさがなく、まろやかな味わい。
京都の美味しい豆腐屋さんで買う香ばしいお揚げさんや湯葉と合わせると最高です。

2017年8月22日 | お店, グルメ, 町家 | No Comments »

祇園祭後祭・私的宵山ルート

7月25

taka
2017年の祇園祭宵山は、後祭をメインに楽しませて頂きました。
暑さがやわらぐ夕暮れに、大行列を覚悟の上で大船鉾に到着すると、「鉾に上がるまで45分待ち」とのこと。粽も既に完売です。
ひとまずは協賛の呈茶席へ入り、大船鉾を再建する際に参考にされたという掛け軸を間近で観ながら、限定のお菓子とお薄を頂きました。
大船鉾へは意外と早く入る事ができ、まだ新しい木の香りがする船上から下を見下ろすと、黒山と浴衣の波の上に浮かんでいるようです。
ご神体の神功皇后にお賽銭をしたり、?人の背丈程もある大きな房飾り等を観ながら、結局は20分程で降りて来られました。
数々の山鉾を見上げながら、「祇園祭後祭エコ屋台村」に入り、「ローストビーフ丼」や「鱧天バーガー」、「トマトの蜂蜜漬け」等を夕食に。
京都芸術センターのグラウンドにテント付きの床几がたくさん並んでいるので、子供からお年寄りまで屋台グルメやゲームを楽しんでいました。
毎年宵山でそぞろ歩きする人々を観ていると、ベビーカーを押したり乳幼児連れの夫婦をたくさん見かけるようになりました。
前祭では「こどもステーション」が開設されたり、後祭でツアーが組まれたりと、乳幼児がいてもお祭に参加できる取り組みがなされていたようですね。
女性が登れない山鉾は今でもありますが、今の様に外で気軽に食事ができなかった昔はどうしても、力仕事の表舞台は男衆に、腹ごしらえや子供達の面倒を見る縁の下の力持ち役は女性が担っていて、その役割分担の意味もあったのではないかと個人的には考えています。
復活を目指し活動中で、今年は報道陣に引っ張りだこだった鷹山の、初めての日和神楽を見届けて帰路につきました。→動画はこちら(随時追加)

祇園床 古式一里塚松錺り

7月18

toko
1955年まで祇園祭の山鉾は松原通りを巡行していました。
松原中之町にある「祇園床」と呼ばれる古い床屋さんの奥には、素戔嗚尊を祀る「頓宮(とんぐう)祇園社」と呼ばれるお社があり、かつて巡行中の長刀鉾のお稚児さん達の立ち寄りポイントとして、町内が薄茶でもてなしていたといいます。
巡行のルートが変更された現在も、町内の人々は、「古式一里塚松錺(かざ)り」の神事を続けており、またお稚児さんや長刀鉾の関係者もお参りに来るなど、その関係が続いています。
14時頃に傘を差されたお稚児さんや禿、その美しい着物姿の母親達、羽織袴の正装をした長刀鉾の関係者が祇園床に到着し、屋内で半時間程の間、非公開で神事が行われていました。
非常にマニアックな祇園祭イベントにも関わらず、カメラを構えた町内外の人々20人くらいが外で待ち、神事が終了してお稚児さん達が記念撮影を済ませタクシーで去っていくと、次々に中へと入って行きました。
うっすら町家の床屋の面影が見える横断幕の間を進み座敷に上がらせてもらうと、坪庭に建つ立派なお社には、尾頭付きの鯛や、両側に三匹ずつの海老に松が飾られ、町内の人々が、順番に冷抹茶を飲んでいました。
座敷には長刀鉾が所蔵する長刀の拓本や昭和29年のお稚児さんの正装姿を映した写真が額装されています。
明治の始め頃までは、山鉾を持たない氏子町も山鉾を支えるという『寄町(よりちょう)』制度があり、その名残と町内の誇りを感じさせるひと時でした。

2017年7月18日 | イベント, 町家 | No Comments »

宮川町「游美」

7月3

yubi 宮川町にある「游美」で、少し贅沢なお昼ご飯。
予約の際に、妊婦を含む小さな女子会である事を伝えていたので、献立にもご配慮を頂きました。
珍しい食材よりも、どちらかというと普段から親しみのある食材が多く登場しますが、淡白な蛸はしっかり味を含ませて煮凝りに、当然、魚はきれいに形を保ったまま、炭火でふっくらと焼き上げられて。
素材の魅力はそのままに、堅実に磨きがかけられて、すっと檜舞台に出されます。
なんとなく、お店に向かう道中ですれ違った、素肌の美しい浴衣姿の舞妓さんを思い出しました。
友人は「ここのお料理は元気が出る」と、毎月通いつめて、およそ一年が経ったそうです。
カウンター席とテーブルが一台の内装は、客側の漆喰の壁は店主自ら塗ったそうで、厨房側は更に漆が擦り付けるように黒く塗られています。また、天袋の戸は桜の樹の皮が網代になっている珍しいもの。かつて天龍寺宝厳院で見かけたものに惚れ込み、作れる人を求めるうちに京都を飛び出し、滋賀の職人に依頼したのだとか。
多くを語らない、物腰やわらかな若い主人ですが、質問すればするほど、こだわりの逸話が引き出されそうです。
お店を開いてからもう10年になると聞き、驚きついでに思わず「お弁当やお節はされているんですか?」と尋ねると、「残念ながら…」との返答。
その代わりに、お正月の三が日は営業されているそうです。いいことを聞きました。

2017年7月03日 | お店, グルメ, 町家, 花街 | No Comments »

鴨社資料館「秀穂舎」

5月2

shu 15日に京都三大祭である葵祭を控えている下鴨神社では、鴨社資料館「秀穂舎(しゅうすいしゃ)」にて 現在「葵祭展-みあれの神まつりを開催しています。
京都では、「まつり」や「賀茂祭」と言えば葵祭の事を指すと聞いてはいましたが、15日に行われる路頭の儀等を「葵祭」と呼び、先だって12日に斎行される御蔭祭を「賀茂祭」と区別していたとも言い、この二つの重要な神事に分けて様々な資料を展示していました。
古文書ばかりが並ぶ小さな資料館だと思っていたら、神社学問所絵師の邸宅だった社家建築が活かされており、神棚の間には御神像やお供えを、茶室には葵祭と御蔭祭の貴重なフィルムを上映し、展示室間にある式台には鞍や雨笠、防犯のための鎖帷子等が置かれ、芽吹いた若葉が風に揺れる庭では、泉川に面して禊場も設けられており、単調さで飽きさせない様な構成になっています。まるで祈りと学びに満ちた暮らしぶりを追体験しているかのようでした。
いずれの祭も見学した事はありましたが、度重なる河川の氾濫を逃れて移転するまでは、御蔭神社は現在の御蔭山の中腹よりも麓の河に挟まれた場所にあったということや、戦後の葵祭の復興があらゆる文化に多大な影響を与えていったこと、至近距離で観る十二単や舞人の衣装など、また更なる発見をさせて頂きました。
なお、7日までは「京都非公開文化財特別公開」期間中につき、拝観料が本殿や大炊殿等の特別拝観も込みとなった料金体制となっているので、ご注意を。

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