e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

天神さんのパワー

8月7

kitano京の七夕」が始まったばかりの北野紙屋川エリアは意外にも空いていて、昼間の暑さを忘れて夕暮れのお散歩を楽しめました。
北野天満宮でも「北野七夕祭」が開催中で、短パン姿という参拝に相応しいとはいえないいで立ちをしておりまでしたが、御手洗川の足つけ燈明神事で禊をすることが目的だったので便利でした(靴を着脱するための床几やビニール袋はご用意されています)。
一瞬、肩をすくめる程に冷たい水ですが、じゃぶじゃぶとふくらはぎに水流を感じながら歩くのは気持ちの良いものです。
とても短い道のりなのですが、五行色のろうそくに灯した火を、風でかき消されないように献灯台まで運ぶのには案外コツがいります。
足もすぐに乾き、温かな血流がじんわりと戻ってくるのを感じながら、御土居のライトアップをそぞろ歩き。
個人的に「パワースポット」とは、神がかりなエネルギーがもらえる場所というよりも、人を惹きつけ、人のエネルギーが集まる力を持った場所なのではないかな、と思っています。
特に全国に「天神さん」と呼ばれ親しまれている菅原道真公は、平安時代のエリート官史とはいえたった一人の人間が、千年もの時を経てもなお、大々的に崇められているなんて、極めて稀有な存在でしょう。
お隣の大阪では5千発もの奉納花火が打ち上げられる程のお祭が行われているのですから、現代におけるその影響力は計り知れません。
これは三辰信仰による太陽・月・星の天のエネルギーによるものでしょうか。
御手洗団子茶屋や刀剣展に加えて、今週末の11、12日は子供の将棋大会や本殿石の間の通り抜け、盆踊りに和太鼓などなど、元気がもらえる催しが目白押しなので、より賑やかになることでしょう。

歴史・文化・交流の家 長谷川家住宅

5月29

hase
地下鉄烏丸線「九条」駅または「十条」駅より徒歩約10分。東九条にある「長谷川家住宅」は、275年の歴史を持つ国の登録有形文化財でありながらまだ余り知られていませんが、幕末の禁門の変の際に会津軍の幹部が滞在した名残りや、珍しい古地図や古美術もあり、非常に見どころの多い観光スポットです。
少し前まで実際に生活が営まれていた農家住宅であり、11代当主だった画家・長谷川良雄氏の娘さんが、現在は水彩画のギャラリーの運営と並行して手織り教室をされています。
テレビが隠せる扉や、おくどさんの裏側にIHコンロがあったりと、これまで観光してきた京町家とは違って、経年の趣と現代生活が入り混じったリアル感が、かえって親しみやすく、個性的です。
ギャラリーや床の間のしつらいも季節によって変えられているのですが、5月という事で貴重な檜の兜や、神功皇后とその子・応神天皇の人形、神馬など、ここでも鎧兜とは違う貴重なものが飾られていました。
やはりこれだけの規模の屋敷や庭を維持改修するためには、コンサートや古文書研究会等を企画だけではまだまだ赤字なのだそうで、「いつまでできるか…」と話されていました。
クラウドファンディングも間もなく締め切りを迎えますが、存続のためにはここの知名度が上がるまで、もうしばらく延長してもらいたいところです。
京都市内でも余り馴染みの無いエリアですが、駐車場は4台分あるので、事前に問い合わせれば車での来場もできます。
なお、7月2日や9月29日にも関連講演会とまち歩きがあるそうです。

「まいまい京都」に初参加

3月28

maimai
京都の住民が、それぞれの個性や独自の知識を活かして街歩きをガイドする「まいまい京都」。
うっかりチェックを怠っていると、どのツアーもあっという間に満席になってしまうため、今回念願叶って、やっと参加してきました。
申し込んだのは、京都府立図書館の福島幸宏さんと共に、京都市明細図に描かれた占領下の京都を巡るツアーです。
戦後、GHQの関西支部だったという堅牢な商業ビルからスタートし、老若男女が「京都市明細図」のコピーを手に、現代の街並みと見比べながら四条烏丸から京都市中心部界隈を歩いていきます。
医院や和菓子の老舗、宝飾店、パン屋など今でもほぼ同じ場所で営業しているところもあり、思わず地図と実物を二度見、三度見。
特に四条烏丸から東洞院にかけては大小の証券会社がひしめき合っていたそうで、京都市民でさえ足を踏み入れる事も無さそうなビルの合間には、それらの建物や看板、稲荷が祀られていた跡も。
また、若者が行き交う繁華街の一角に建物疎開や闇市の名残りを見ると、その地に建つ店舗群に、自らの想像のスクリーンが重なります。
ツアー解散後は有志でカフェでの懇親会に参加し、ここぞとばかりにガイドさんに質問したりして、時間の許す限りマニアックな京都談議に花を咲かせました。
詳しく書くとネタバレになってしまいそうなので、興味を持った方は、リクエストすればまた企画されるのではないでしょうか。
ちなみにパソコンやスマホで閲覧できる「近代京都オーバーレイマップ」はGoogleマップと重ね合わせることもでき、また著作権フリーとのことです。

2018年3月28日 | 歴史 | No Comments »

防犯、防火から観るもてなしの建築

2月26

nijo
幕末を偲ぶスポットを巡るなら、予約してでも行きたいのが二条陣屋(小川家住宅)
米穀商や両替商、薬種商として財を成し、二条城からほど近い立地もあって上洛した大名の宿舎としても使われたことから、防犯や防火上のユニークな工夫が凝らされているところが人気です。
天井裏に隠された武者だまりや閉じると棚に見える釣階段、隠し戸など、訪れるまではからくり屋敷の様なものを多少想像していました。
しかしながら300坪に25部屋あり、銘木の特質を活かした使い方や収納の利便性を叶えながら狭く見せない空間の使い方など、細部にわたる創意工夫の徹底ぶりは、建築や空間デザインを学ぶ人や、これから家を建てる人にとっても今もなおヒントとなり得るのではないかと思いました。
また、大火に見舞われた教訓から、庭作りにおいては、12ある井戸は全て地中で繋がっているといい、万一の際には貴重品を入れた唐櫃を水中に沈められるほどの大きなものも。
防火の観点からの見どころの多さは、他に類を見ません。
民家としては、大阪・羽曳野にある吉村家に続いて国宝指定を受け、昭和25(1950)年の法改正により重要文化財に再指定されましたが、台所など一部は今も現役で、当主が暮らしながら継承保存されています。

萩の寺の別の顔

2月13

jorin
出町柳駅を出てすぐ、常林寺には、勝海舟が寝泊まりしていたという一室があります。
幕末ゆかりの人物や建築物の魅力は、肖像画ではなく写真という形でよりリアルに感じられること。
この部屋も、まるで勝海舟がつい先程まで居たかのような錯覚を覚えてしまいます。
庭を流れている枯れた川は、砂川の跡。往時の志士達は、このせせらぎを聞いたのでしょうか。
この寺は三角州にあったために水捌けが良く、萩が良く育つのだそうです。
そういえば、ここは「萩の寺」として知られているはずなのに、さっき見た門前は萩の木すら無かったのでは!?
実は、一度株を残して切ってしまった方が萩の生育には良いそうで、秋は白い萩で人の体の半分が埋もれてしまう程の境内も、真冬の今はきれいさっぱり何もありません。
門のそばに建つ、桐と菊の紋の入った灯籠の前には、「世継子育地蔵尊」が祀られています。
雛人形ほどの小さな可愛らしいお地蔵さんにも関わらず、雨風しのげる以上に立派なお堂が建てられ、これまでに若狭街道を往来する多くの人々が手を合わせてきた事が偲ばれました。
なお、常林寺はGoogleMAPのストリートビューで境内や本堂内を見る事ができ、宿坊として利用できる一軒家の「離れ」の内部も見る事ができます。

豆まきの発祥の地

1月31

midoro 「深泥池』停留所から少し歩いたところに、「深泥池貴舩神社」があります。
平安の頃より「水の神様」として洛中より多くの参詣者からの信仰を集めていた貴船神社を分社したもので、節分の豆まきの発祥の地とされているそうです。
節分当日の2月3日は、夜7時半から8時半まで豆まきが行われる予定で、一般の人も参加でき、福豆が頂けます。
また、秋葉神社という火伏せの社もあり、上賀茂という土地らしく「すぐき漬け発祥の地」でもあるそうです。
境内の石碑によると、明治の廃仏毀釈によって壊された社殿の修復を村が怠ったため一帯が大火に見舞われ、その際焼け残った漬物樽の漬物を食べた村の長が「酸い茎や」と言ったのが「すぐき」に転じ、その味を再現したものが始まりなのだとか。
更に、江戸期の文人画家・池大雅はこの辺りの出身だったとして、1月30日は記念碑の序幕式が行われたようです。ごく小規模な神社ながら寄進者も多く、エピソードが豊富なんですね。
来訪の際には、深泥池沿いの道路は歩道が狭く交通量も多いので、移動は十分にご注意ください。
なお、池の畔にはよもぎ餅が美味しいおまん屋さんの「多賀良屋(075-781-1705)」もあります(※営業日時については要問い合わせ)。

島津家と相国寺と田辺製薬

1月16

houkou
京の冬の旅」で公開されている相国寺林光院と豊光寺を初めて訪れました。
龍の気配を察して片目を開いている猫の姿がユニークな龍虎図ならぬ「猫虎図」や、襖絵としては珍しくリスが描かれている林光院
関ヶ原の戦いの際、敗れた西軍に属していた島津義弘を大阪の豪商・田辺屋今井道與が庇護し、薩摩への逃避行を海路で誘導した功により薩摩藩の秘伝調薬方の伝授を許され、これが現在の田辺製薬(現田辺三菱製薬)の始まりなのだそうです。
後に道與の嫡孫が林光院の五世住職となり、林光院は薩摩藩が京都に作られるきっかけの寺院となりました。
豊臣秀吉の追善のため創立された豊光寺では、富岡鉄斎が碑文を書いたという「退耕塔」や葉書の語源となった「多羅葉(たらよう)」の木、山岡鉄舟の書等があります。
山岡鉄舟は剣や書の達人として知られ、獨園和尚のもとで禅修行にも励み、江戸城の無血開城にも関わった人物です。
いずれも、「鶯宿梅」の咲く頃に拝観されるとより楽しみが増しそうです。
「明治維新150年記念」と「西郷隆盛」のテーマに沿って、よりマニアックに町巡りをしたい人には、「龍馬伝 京都幕末地図本」がおすすめです。

京都は寒天の発祥地

12月4

kanten 下鴨神社の南端、御蔭通りを東に入って行ったところの住宅前に、「明治天皇御駐輦所寒天製造場阯」という小さな石碑が建っています。
「京都に寒天工場?しかも明治天皇が立ち寄られる程の?」と常々不思議に思っていました。
調べてみると、意外にも寒天の発祥地は京都なのだそうです。江戸中期、参勤交代中の薩摩藩主・島津公が宿泊した伏見の宿「美濃屋」の主人・太郎左衛門が、余ったところてんを外に捨て置いたところ、寒さで凍り日中は解凍され、自然乾燥状態になりました。これを目の当たりにした太郎左衛門が寒天の製法を編み出したのだとか。
それが後に萬福寺の隠元禅師が「寒晒しのところてん=寒天」と名付けたそうです。
後に寒天は日本にとって重要な輸出品となったため、上下賀茂神社に行幸した明治天皇が、その帰りに近くの寒天工場を視察されたというのも頷けます。
温暖化の進んだ現在の京都においては、寒天作りの風景を想像するのは難しいですが、交通の要衝であった出町柳に程近い立地にあったのも、きっと工場を構えるのに都合が良かったのでしょう。
京の町のあちこちにある歌碑や石碑。あまりにも景色に馴染み過ぎて地味な存在ですが、ガイドブックには載っていないような隙間エピソードが秘められていることも。今後も注視していきたいと思います。

「花を立てる」とは

6月6

hana いけばなを大成した花僧・初代池坊専好を、狂言師の野村萬斎さんが演じる戦国エンターテイメント映画「花戦さ」の公開が始まりました。
伝統芸能の枠を越え、これまで超人の陰陽師や怪獣のゴジラまで、変わり種の役をこなしてきた萬斎さんだけに、専好役は非常に「キャラ立ち」していました。
その大袈裟な程に歪むユーモラスな表情は、漫画『へうげもの』の主人公・古田織部を連想させます。
作中では茶の湯の場面も多く描かれるのですが、剣ではなく文化の力で時の権力に立ち向かった専好と千利休。
己が良しとする美意識をぶつけ合った利休と、菖蒲を手に勝負を仕掛けた専好は、異なる結末を迎えます。
「花を立てる」とは、それぞれの個性を活かして調和させること。確かにこれは、自分自身もいけばなを体験するといつも感じていた事でした。
一言で「美しい花」と言っても、棘のあるものや、大輪で華やかだけど香りが強いもの、花は貧相な程小ぶりなのに枝や茎の流線形が優美なもの、「それぞれに、」に個性があります。
それらと正面から向き合いながら自らの指で生命に触れる時間は、心地のよいもので、またその手ぶりや姿を眺めていると、尊い時間を感じます。
鑑賞後は、なんだか花や茎に触れたくなりました。

鴨社資料館「秀穂舎」

5月2

shu 15日に京都三大祭である葵祭を控えている下鴨神社では、鴨社資料館「秀穂舎(しゅうすいしゃ)」にて 現在「葵祭展-みあれの神まつりを開催しています。
京都では、「まつり」や「賀茂祭」と言えば葵祭の事を指すと聞いてはいましたが、15日に行われる路頭の儀等を「葵祭」と呼び、先だって12日に斎行される御蔭祭を「賀茂祭」と区別していたとも言い、この二つの重要な神事に分けて様々な資料を展示していました。
古文書ばかりが並ぶ小さな資料館だと思っていたら、神社学問所絵師の邸宅だった社家建築が活かされており、神棚の間には御神像やお供えを、茶室には葵祭と御蔭祭の貴重なフィルムを上映し、展示室間にある式台には鞍や雨笠、防犯のための鎖帷子等が置かれ、芽吹いた若葉が風に揺れる庭では、泉川に面して禊場も設けられており、単調さで飽きさせない様な構成になっています。まるで祈りと学びに満ちた暮らしぶりを追体験しているかのようでした。
いずれの祭も見学した事はありましたが、度重なる河川の氾濫を逃れて移転するまでは、御蔭神社は現在の御蔭山の中腹よりも麓の河に挟まれた場所にあったということや、戦後の葵祭の復興があらゆる文化に多大な影響を与えていったこと、至近距離で観る十二単や舞人の衣装など、また更なる発見をさせて頂きました。
なお、7日までは「京都非公開文化財特別公開」期間中につき、拝観料が本殿や大炊殿等の特別拝観も込みとなった料金体制となっているので、ご注意を。

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