e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

鷹山の復興、2021年は

7月14

gion
翌2022年の祇園祭山鉾巡行にて曳山姿で復活を予定している鷹山の歩みは、現在どうなっているでしょうか。
シンポジウム「祇園祭・鷹山の復興~2022年の山鉾巡行に向かって~」をオンライン視聴しました。

2020年に山の前後を飾る胴懸がお披露目され、更に寄付によってイランで製作されていた胴懸もついに完成。
手織りが美しい水引や、角房飾りも完成。
木部は文化財等の修復を担う安井杢工務店が施工し、京丹波町にある加工所では菊水鉾から譲り受けた櫓や放火鉾からの石持を修理。
船鉾から寄せられた車輪は、一度分解して使えない部分を交換。
屋根と引き綱が寄贈され、この5月にはご神体や懸装品の一部も取り付けられ、山としてほぼ完成形となった姿が報道陣に公開されました。

また、鷹山の曳山が実際に鉾町の路上で辻廻しや進行ができるのかを「立命館アート・リサーチセンター」が分析してシミュレーションするといった現代ならではの先端技術が復興への歩みを加速させているようです。
鷹山復興への気運は昭和期にも上がっていたそうですが金銭面で断念、2011年に再び声が上がり「鷹山の歴史と未来を語る会」が2012年に発足してから、様々な縁が繋って目標も2026年から4年も前倒しするま。
復原、修理のために必要となる「人・・物」問題の厚い壁をなんとかクリアして来れたのは、残され護られてきたご神体に宿る神の導きもあるのではないかとつい思ってしまいます。

疫病、自然災害を鎮めたいとの切なる思いで生まれた祭。
来年の鷹山の巡行は、夢の実現以上に、とても大きな意義を持つことになりそうですね。

このシンポジウムは8月末まで試聴できます(※申し込みは8/25まで)

元祇園・梛神社と綾傘鉾

7月6

nagi
新選組ゆかりの壬生寺の近くに「元祇園」と呼ばれる梛神社があります。
貞観年間、京の悪疫退散のため祭神・牛頭天皇こと素盞嗚尊を東山の八坂に祀る前に、一旦この地の梛の森に神霊を仮祭祀したのが由来とされています。

数分で一周できてしまうような広さの境内ですが、街中なので人足は絶える事が無く、今も地元の人々の信仰を集めている事が伺えます。
祇園祭の山鉾巡行の際に、神饌を供えたという御供石が安置されており、この石がもともとあったという下京区周辺には今でも「御供石町」「長刀切町」「悪王子町」という地名が残されています。
梛の実を模したまん丸のお守りの中に願い事を書いた紙を詰めて、ご神木の梛の木に吊るさせて頂きました。

先週末は梛神社で綾傘鉾の奉納囃子があったそうで、観て来た友人が動画を見せてくれました。
綾傘鉾と壬生の人々とがどういう関係性があるのか今まで疑問に思っていたのですが、ようやくその理由が判明しました。
素盞嗚尊が八坂の郷に遷座する際に、壬生村の住人が花を飾った風流傘を立てて、棒を振り、音楽を奏でて神輿を送った事が祇園会の起源ともいわれているそうです。
これまでにも、祇園祭に際して綾傘鉾の関係者が祈祷をしてもらったり、お囃子を奉納された事があるなど、古くから結びつきがあるのですね。

地囃子や棒振り囃子が神前で披露され、観客は目前で投げられた蜘蛛の糸も浴びる事ができたようです。
軽やかで澄んだ鉦の音は穢れを吹き飛ばし、本当に浄化の効果が期待できそうです。

一コマが語る物語

6月15

dora
以前伺ったカフェの床の間に、漫画『ドラえもん』の原稿の一部が額装されていました。
珍しいなぁと思っていたら、後に四条河原町下ル東側にある「寿ビルディング」5階の「TOBICHI京都」で「ドラえもん1コマ拡大鑑賞展」が開催されることに。

しずかちゃんの全身が描かれたコマが出迎える入り口には、開店前から数組が心待ちにしている様子。
国内外に大ヒットしている日本の漫画は数あれど、あらゆる世代の人が主要キャラクターの名前や性格まで知っている作品は稀有だと思いませんか。

油絵作品なら塗り重ねられた絵の具の盛り上がりが見えるものですが、こちらは漫画の原画の一部を拡大しているため、写植をする前の鉛筆書きのセリフや、ベタ(墨)塗りの筆跡まで、創作の息遣いが残ります。
つるつるの単行本のページを眺めるのとは違い、まるで出来上がったばかりの原稿をポップアートや線描画のようにも見える魅力がこの企画の狙いなのでしょう。

お楽しみの心ときめくグッズも多数あり、名言を吐いた吹き出しのあるコマをたくさんコラージュしたハンカチを買いました。

「なやんでるひまに、ひとつでもやりなよ」
「いっぺんでいいから 本気でなやんでみろ!!」
「せきたてちゃだめだよ。それぞれ自分のペースがあるんだから。」
「未来なんて ちょっとしたはずみでどんどんかわるから。」

アニメしか観ていなかった幼い頃は「ドラえもんってのび太くんを駄目にするくらい過保護やなぁ。」と呆れた事もありましたが、誰しも「やれやれ、世話の焼ける」と肩をすくめながらも寄り添ってくれる存在が幾つになっても欲しいものなのかも。
厳選された一コマが収められた話が収録された単行本も読みたくなるし、激励したい人にこの名言ハンカチを贈れば、まじまじと見入ってしまう事受け合いです。

失われゆく遊郭建築

4月21

hashimoto
夏目雅子さん主演の映画『鬼龍院花子の生涯』にも登場する橋本遊郭。
かつては82軒もの妓楼があったそうですが、10年以上ぶりに訪れてみると、遊郭の名残を感じさせる建造物は今も僅かに残っています。
橋本遊郭跡にある大店の一つが旅館「橋本の香」として生まれ変わっており、漢方エステや足裏マッサージが受けられるほか、500円で内部を隈なく案内してもらえます。

屋久杉の木目が美しい欄間やステンドグラス、今となっては容易に再現することが不可能な霜ガラスや色とりどりの豆タイル。
どこを切り取っても写真映えがする異世界は、寺社をお参りするだけでは見られません。一般の女性が敷居を跨ぐことができるのは、現在だからこそ。
贅を尽くした遊郭建築は基礎からしっかりと作られているので、長年風雨にさらされ地震を経ても周りの住宅よりも持っているのだとか。
文化財級の価値がありながら公的に保護保存される事もなく、その貴重な素材や意匠は取り壊され更地や駐車場になるなど徐々に失われてしまっています。
色街の遺産とも言える曰くつきの建造物を買い上げ保存に動き出せるのは、日本人よりも中国など海外の人の方が積極的なのかもしれません。

二軒隣の「旧第二友栄楼」も500円の追加で一緒に中に入らせてもらいました。
老朽化した築120年の妓楼を、中国茶を楽しむ茶楼に生まれ変わらせるために改装中で、軋む廊下や階段を進むと、前の持ち主が残した着物や古いカメラ等の雑貨がいっぱい。
これらの貴重な建築を活用し保存するためのクラウドファンディングが27日まで行われています。
物干し程の広さのバルコニーもあり、どんな風にこれから変貌していくのか、とても楽しみです。

クリスタル・ジャパン

4月14

bowie
デヴィッド・ボウイについては、「有名なロック・アーティストで親日家であり、京都にも縁があるらしい」という知識しか持ち合わせていなかったのですが、ボウイが歩いた京都の写真に惹かれて展覧会を観てきました。

仏教にも深い関心があり、プライベートでも度々京都を訪れていたというボウイと約40数年間親交を持っていた写真家・鋤田正義氏が、まるで京都の街の一部のように歩いたボウイの姿を収めた写真展です。

電車の切符を買ったり、古川町商店街で鰻を選んだり、電話ボックスの中で受話器を取ったり(一体誰と話す?)。
ボウイと鋤田氏が好んでシャッターを切ったのは、どこも京都の有名観光地というより、そこからちょっと寄り道したような、地元の人の生活が息づく場所ばかり。
撮影当時と同じ場所で再び撮った現代の街並み写真が並列され、何度も交互に見比べる人も多いはず。

暮らすように旅したいと思うのは、その土地を何度も訪れ愛する人なら自然なこと。
一見奇抜に見えるCDジャケット画像のかたわらには駅のホームの雑踏に身を置く姿や、スーツに身を包みこちらに真っ直ぐ澄んだ視線を送る肖像も。
西洋人による東洋文化趣味の域を越えて、日本文化や東洋思想、京都の街に対する敬愛の現れが結果として自らの音楽活動へのインスピレーションとなっていった事が伝わってきました。

インバウンド需要が爆発した数年前の京都、昨年の緊急事態宣言下の京都、そして再び賑わい始めた京都を、彼ならどう解釈するだろうか、そう感じた人は少なくないと思います。

2021年4月14日 | 芸能・アート | No Comments »

銘木と椿の競演

3月17

taizan 銘木商・泰山堂(新烏丸通丸太町上ル新富町304。075-213-0355)というところで椿展があると誘われ、お邪魔しました。
庭園に植わっている椿の木を回遊するのかと想像していましたが、畳敷きの小上がりのある、こじんまりとした数寄屋建築が会場でした。

染付とのコントラストが鮮やかな花の群れに迎えられ、ある花は燗鍋の口から枝を伸ばし、ある花は唐紙の版木を敷板に、またある花は仏手のような彫刻の指先に花を付けていました。
その品種も「月光」「赤城」「百合椿」「千寿」、そして雷光のように枝をうねらせた「雲龍」など、花びらの色から葉の形状まで実に豊富です。

美しい椿は寺院や庭園、お茶席の床の間など京都でたくさん出逢えますが、様々な古材や花器の絶妙な取り合わせで生けられた姿を一度に観られるのは新鮮でした。

「真の美しさに触れた時、人は心強くし、何度でも再生できる」
案内状にはそう書かれていました。

撮影は可能ですが拡散不可なので、ここでの椿の画像をお見せできないのが残念ですが、
この椿展は毎年3日間だけ開催されているそうなので、来年のご参考までに。

手のひらの国宝

3月9

mini
仁和寺で茶室の模型展が開かれているとの口コミを得て、行ってきました。

御殿の白書院を会場に、手の平サイズの茶室と茶道具等がずらり。
それも、豊臣秀吉黄金の茶室や千利休の待庵など、基本的に非公開で入ることのできない茶室ばかり。
ミニチュアが好きでよく観ますが、幻とされている茶釜や国宝の茶碗、茶懐石のそれは他で観た事がありません。

模型製作が趣味だった関山隆志さんが、24歳の頃に職場の茶道部で初めて茶道に触れたことからのめり込み、還暦を過ぎてから茶室の模型の製作を始められたそうです。
できるだけ実物を訪問し、交渉をして見学をさせてもらい、1/12のスケールに落とし込んでいるとのこと。
LED等の照明を組み込む事で陰影や奥行ができ、ミニチュアながら庭園の眺めに清々しさまで感じられるのが驚きです。

観る角度を変えると見える物が現れる遊び心もあって、何よりも楽しんで製作されているのが伝わます。
会場にいたスタッフ方やお客さんとも和気あいあいと楽しませていただきました。

この展覧会は3月7日で終了しましたが、2年前にも嶋臺ギャラリーで個展をされていたそうなので、またどこかで新作とともに企画があるかもしれませんね。

「オンライン〇〇」生活

2月10
※画像はイメージです

※画像はイメージです

「オンライン〇〇」生活も定着してきました。

先週末は、学生時代の先輩方と「オンライン飲み会」に初参加。
お祝いごとの寄せ書きもオンラインで集めて発注できるんですね。

また、今年は茶道藪内宗家による「オンライン初釜」なるものも滑り込みで参加してみました。
事前に申し込めば、お茶席と同じ末富の薯蕷饅頭と干菓子、福引のくじが手元に届けられます。
自分が習っているのとは異なる流派で、そもそも宗家の茶室など茶道を学ぶ人でも易々と入れる場所ではありません。

自宅に居ながら燕庵の松籟を聴き、立ち昇る湯気を感じ、お正月らしい取り合わせの道具と太刀を振るような武家茶のお点前を鑑賞。
古田織部が好んだ燕庵は、現在のものは兵庫県有馬から移築されたもので、「燕」とは「くつろぐ」という意味があるそうです。
利休の待庵には3つの窓がありますが、こちらには10もあり、柄杓を蓋置に落とすタイミングで外から簾が巻き上げられてより明るくなる演出が楽しめます。
御家元直筆の色紙には「一花開天下春(一華開いて天下春なり)」の文字。これには「一塵起大地收(一塵起こって大地収まり)」という言葉が先立るようで、まさに現在の私達が願う春と言えるでしょう。

疎遠になってしまっていた人、会うに会えない距離感の人々と一瞬で繋がる事ができる。
行きたいけどなかなか足を踏み入れられないところに人目を気にせず入っていけるのもオンラインならでは。

ここのところ、音声による新たなSNSが話題になっていますが、どんなツールでも使う人同士の「一座建立」の気持ちで良い和(輪)を作っていきたいですね。

泉涌寺悲田院と煎茶道東仙流

10月20

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今秋の「京都非公開文化財特別公開」は、かつて無いほどの長期間にわたって開催されています(※場所により期間は異なります)。
泉涌寺悲田院は、大門の手前を右に折れて、奥まったところに朱門が静かに佇む塔頭で、聖徳太子が身寄りのない老人や子供を収容する福祉施設として設けたのが始まりとされています。
坂道を登った甲斐あって、駐車場の奥から京都市街が見渡せます。

こちらには土佐光起筆の襖絵のほか、本堂では、宝冠を被り座しているもの、起立しているもの、逆手に印を結んでいるもの、3つの姿の阿弥陀如来像が見られます。
近年に快慶作と判明したという宝冠阿弥陀如来坐像は、非常に端正で、他所の仏で観るように無表情でも微笑んでいるでもなく、ニュートラルなお顔です。
頭の珍しい宝冠は、皇室ゆかりの寺院であることに配慮して創作されたのでしょうか。

また、泉涌寺悲田院は煎茶道東仙流の拠点であり、縁あって稽古場でお茶を頂く機会を得ました。
煎茶道は茶道と比べると自由な会話も多く、サロンの様な趣があります。

外は雨。指先で持つほどの小さな茶椀には、菊と鉄線を組み合わせた悲田院の紋が染め付けられています。
葉を弾く雨粒の音を耳の後ろで聞くのと、数滴のお茶の雫を舌に転がすのが重なり合うような、不思議な感覚でした。

こちらの拝観は11月1日まで。
今年の泉涌寺の「献菊祭」では、月輪未生流の華展などとあわせて東仙流のお茶席が11月7日(土)と8日(日)に設けられるそうです。

京都の街が美術館

10月13

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KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」は体験されましたでしょうか。
京都市内のギャラリーのみならず、町家で、商店街で、寺院で、書店で、府庁など各地で展示される作品群は、時として周りの景色も借景として完成をみます。
普段は入れないようなところ、知らなかったところが会場になっていたりするので、普段アートに接する機会が多い人もそうでも無かった人でも、新たな街あそびとして楽しめます。
絵画には額縁が、掛け軸には表装があるように、作品をとりまく環境もアートのうち。小さな子供達にも肌感覚で感じてもらえるかもしれません。

写真家、著述家であり、かつて今出川通寺町西入ルにあった名物喫茶「ほんやら洞」の店主だった甲斐扶佐義さんの作品は、秋風に誘われて老若男女が集う鴨川三角州の周辺に登場。
また、京都駅ビルの空中径路には、京都で見つけた美女の肖像100点が並んでいます。
幅広い年齢層、国籍の女性達の美しい笑顔はもちろんのこと、その背景から撮影場所はどこか、ついつい想像を巡らせてしまいます。

途中で京都タワーを正面に臨むこの静かな会場は17時までですが、陽が傾いてきた昼と夜の合間の時間帯がおすすめです。

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