e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

茶室観賞は客の目線で

1月16

kyu 「京の冬の旅・非公開文化財特別公開」の対象となっている建仁寺の久昌院。
禅寺に茶室は付きものですが、こちらもバラエティ豊か。
書院の方丈と渡り廊下で繋がる「高松軒」は、八畳台目の座敷に蛭釘を打ち、釜を釣り下げて目にも温かな炉の風情を、十二台目の座敷には爽やかに風炉を据えて季節ごとの趣向を楽しみ、特に後者は貴人向けに二畳の上段の間を設け、屋根付きの露地を雨に濡れる事無く席入りできるよう工夫されています。
それらに挟まれた「遠州別好ノ席」は小さな空間ですが、だからこそ舟底を模した屋根が活きています。
最も古いとされる茶室の織部床の間は、最初は素通りしていましたが、よく観ると、掛け軸が棚の細長い穴を貫通した状態で吊るされているのです。
例えるなら、ベルトをバックルに通したかの様な姿と言えばよいでしょうか、一体何の意図なのか古田織部に問いかけたいくらいの不思議さで、これは一見にしかず。
利便性良く4つの茶席が密集していながらそれぞれに趣向が異なるので、奥平家代々の大名達にとって、お茶でのおもてなしを受ける墓参は、一つのレジャーでもあったかもしれません。
お茶席を観賞する際には、ぜひ想像力を働かせながら客の目線になりきってみてくださいね。

平成版『古都』

12月5

koto 川端康成の名作を松雪泰子さん主演でリメイクした映画「古都」が京都で先行上映され、続いて全国公開が始まりました。
先日取材した北山杉の里・中川をはじめ、京都が誇る美しい情景が広がり、各ロケ地についてなぜその地が選ばれたのかを知ると、より深い考察が楽しめそうです。
しかしながら、平成の世を生きる千重子の生活ぶりは、同じ京都人が観ても「今でもこんな生活をしている京都人がいるのか?」と首を傾げてしまう場面も少なくないかもしれません。ほんの数十年前まで「当たり前」だった光景が、今となっては京都を訪れる人々の「憧れの古き良き日本」になってしまっていて、京都の人間でさえ、古都という幻想を演出しなければならなくなりつつある現実。
そんな違和感こそ、映画の冒頭の映像と相まって、筆者が強く危惧していた現象そのものかもしれません。全く異なる環境で生きるそれぞれの母娘が、同じ葛藤を抱き、それは世代を越えて繰り返されてきました。原作が生まれた頃に観光都市として歩き始めた京都は現在、世界中の人々の視線を集めながら、また新たな模様を紡ごうとしています。

若冲の天井画

11月14

singyo

伊藤若冲の天井画「花卉図」が3日間のみ公開されるとあって、信行寺はくの字になる程の行列ができていました。

曇天時を考慮して新たに調節可能なLED照明が設けられ、住職が167面の中をポインターで照らしながら解説をして下さいました。

裏側から描いたボタンなど、他にも珍しい植物が多く、中にはサボテンにトリカブト、ハイビスカスまで!サクラやキキョウが無いというのが意外ですが、好奇心旺盛で晩年も創作意欲に溢れた若冲であれば、むしろより奇抜で個性的なものを選んだ事でしょう。
もしかすると、木目さえも絵の一部としてデザインしている可能性だってあるかもしれません。

これだけ豊かな種類の動植物が渡来し、触れる事ができた江戸中期の京の都は、絵師にとって創作意欲をかきたてられる刺激的な町であったと思われます。

もとは石峰寺の観音堂にあったというこれらの天井画のうち、15面は滋賀県の義仲寺の翁堂にも納められており、現在京都市美術館で開催中の「生誕300年若冲の京都 KYOTOの若冲」展でも展示されているそうです(展示期間はお問い合わせ下さい)。

見逃してしまった!という方は、「若冲の花」という書籍も刊行されているので、現代の植物学者が監修した花卉図をくまなく眺める事ができますよ。

京都の教会と寺院

11月8

kyokai秋の非公開文化財特別拝観」が終了する前に滑り込んで来ました。
絞った目的地は、京都ハリストス正教会瑞泉寺。教会と寺院のハシゴです。
今回は珍しく京都ハリストス正教会という教会建築が紹介され、平日でも黒山の人だかり。漆喰の壁に七宝の十字架など、寺院とはまた違う色遣いの和洋折衷な宗教空間です。
山下りんという日本人最初のイコン(聖像)画家の存在も初めて知りました。
高瀬舟と豊臣秀次に因んだ名前を冠する慈舟山瑞泉寺では、秀次に続いて処刑された女子供達の名前や年齢を記した肖像画や、処刑された順序や配置を記録した生々しい資料が展示され、中でも、辞世の句を当時来ていた小袖で表具した掛け軸には衝撃を受けました。
また、高瀬舟を整備し秀次以下を弔うために瑞泉寺を創設した角倉了以の、実弟が秀次の家臣だったという秘められた史実も新たな発見でした。
前者は布教のため、後者は弔いのために、その時勢に合せて造られた宗教空間です。
いずれも目的は異なりますが、手を合せる対象があり、その周りで静かに輝きをたたえる彫金装飾など、祈りを捧げる人々に対して、どの様な空間が求められてきたのかという共通点も見られた気がしました。

商売人の大邸宅

10月17

rakuto 川端通りの七条~五条間を通ると東側に見える並木は棕櫚でしょうか、その後ろには柏原家住宅(洛東遺芳館)と呼ばれる大邸宅があります。
江戸期には更に広大な敷地を誇り、間取り図には蔵が5つも見られました。
円山応挙や歌川国芳など誰もが知る絵師の墨画や、指先程の雛道具に施された蒔絵など、毎春秋ごとに公開出来る収蔵品がある事を思うと、当然のことかもしれません。
婚礼調度のありとあらゆる小物に入った四つ目結びの家紋に見覚えがあると思ったら、やはり北三井家の娘がここに嫁いでいるとのこと。前回に引き続き、こちらでも三井家に繋がりがありました。
平日だった事もあり他に見学者がいないため、往時の暮らしに想像を巡らせながら、脳内で「豪商の娘ごっこ」もできてしまいます。
どの部屋からも庭が楽しめるよう、蹲などが巧みに配置されるなか、最も視界が開けて美しい庭を眺められる部屋には、大人が両手両足を広げても足りない程に重厚な仏壇が据えられていました。まるでご先祖様達に手入れした庭を楽しんでもらうかのような構図です。
これまでの財はご先祖様がお客と積み重ねてきた信頼の証、婚姻によって結ばれた横の繋がり。特に人の繋がりを大切にする商売人の姿勢が現れた邸宅でした。
すぐ近くにある「お辧當箱(べんとうばこ) 博物館」も内容と建築共に非常に面白いので、あわせてどうぞ。

声援より行動で支援する

10月3

onna  平成女鉾が約10年ぶりに建てられる(※10/2で終了)と聞いて、夜にロームシアター京都の中庭へ赴くと、提燈の淡い灯りを携えた女鉾が雨の中でしっとりと佇んでいました。
新しいグッズも販売されており、平安女鉾清音会の20周年記念冊子を買うと、女鉾に登る事ができるとのこと。
その冊子を持って翌日の昼間に再び訪れると、前日とはうって変わり、お囃子が始まるとたくさんの老若男女がどことなく集まり始め、その音色はシアターの反対側のテラスでくつろいでいる人々の耳も楽しませているようでした。
赤い鼻緒の可愛らしい下駄が揃えられているのを横目に、急な階段を上って、いざ女鉾の内部へ(もちろん男性も登れるとのこと)。
豪華な装飾品こそありませんし、骨組みも他の鉾から借りたりしているそうですが、美しい紫の浴衣を着た女性達に色々と質問をしたり、正面の椅子に座らせてもらったりできました。囃子方が鉾の縁に腰かけて奏でる際には、前に横たわる頑丈な柱と自分を命綱で繋ぐのだそうです。
これが祇園祭宵山のピーク時の鉾であれば、こんなにゆっくりとはできません。他の人々と数珠つなぎのまま慌ただしく中を拝見しては、まるでところてんの様に出て行くのが関の山です。
更に正面から外の景色を眺めると、目の前に見える二階のテラス席に見覚えある人影が。それは、京都を舞台にした刑事ドラマでお馴染みの俳優さん(名前は伏せておきますね)が読書している姿なのでした。
女鉾へは結局夜と昼の二回も足を運ぶ事になりましたが、ちょっと得した気分も味わえました。
大船鉾が復活を果たし、鷹山や布袋山にもその機運が高まりつつあるなか、復興では無く新設という形で20年もの年月の間灯を絶やさなかった平成女鉾。
平成女鉾の歩みは、日本の女性の社会進出が目覚ましくなってきた時代の流れと共にありました。この先どんな姿を見せてくれるでしょうか。
インターネット上で情報拡散、という応援の仕方もありますが、無料の催しであってもグッズを買う等して何かしらの小銭くらいは落としていくのが本当の支援だと思っているので、オリジナル手ぬぐいも買う事にしました。

サブカルチャーから古典芸能に還る

8月8

DQ 伝統芸能からサブカルチャーまで、あらゆる日本文化の側面に触れていたいと思っています。
この夏、久々にチケットを買ったクラシックコンサートのテーマは、なんと「ドラゴンクエスト」!日本を代表するRPGゲームの一つです。
中でも、「ドラゴンクエストⅣ」は自分が初めて遊んだRPGであり、大人になってからその脚本の深さを再認識した事もあって、京都コンサートホールへと足が向かいました。
会場には一見クラシックとは無縁に見える若い学生の姿からお孫連れのお年寄りや親子、自転車で乗り付けて来たおばさんまで見受けられ、「この人達は皆同じゲームのプレイヤーなのだろうか…」と思わず周囲を見回してしまいました。
自ら「レベル85」と、はつらつと語るすぎやまこういちさんは、ドラクエ以外の楽曲でも広く知られた作曲家ですが、元来無類のゲーム好きで音楽は独学で学び、様々な楽器の音色を複雑に組み合わせて紡ぎ上げた音楽を、3和音のみという当時のゲームの制約の中で編み直した事は、ゲーム・音楽どちらの業界にとっても「神業」だった事でしょう。
そんな予備知識を無しにしても、これまでモニター画面からだけで耳にしていた音楽が、どんな楽器で奏でられ、どのパートがどんな風に立ち上がり、重なりあっているのかを視覚的に、立体的に捉えることができるのは新鮮でした。
クラシック音楽は学校や街角で、またスピーカーを通しても聴く事ができますが、自分でお金を払ってオーケストラを観賞する人は、大多数では無いのではないでしょうか。
でもそんな人達をも会場に足を運ばせるサブカルチャーの威力。
ゲームやアニメ作品の魅力を底上げしてきた音楽に魅せられて楽器を手に取り、学園祭や動画サイトでその成果を発表した事があるという人も多いでしょう。
親が古典音楽を聴けば子供の耳にも入り、読書をすれば子供が本を手に取る機会も増えるように、文化が次世代へと伝わっていくためには、家族や身近な人々がきっかけの第一歩を作っていくんですね。

2016年8月08日 | 芸能・アート | No Comments »

『祇園祭・犬神人の「武具飾」

7月25

bugu 快晴下で後祭巡行や花傘巡行が行なわれ、祭神も八坂神社へと帰還し、残る祇園祭の行事もあと僅かとなりました。
毎年一度しかない祇園祭で、今年こそ見てみたいと思っていたのが、「武具飾」(16、17日)でした。
1974年まで、祇園祭の神幸祭・還幸祭には中御座の警護役として、弓矢町の町人による武者行列が参列していたといい、当時の甲冑が東山区弓矢町の松原通に面した商店や民家の軒先で展示されているというもの。
そもそも、弓矢町内には、「犬神人(いぬじにん)」と呼ばれ、神社領の清掃や警護、雑役を務めていた人々が近世になって移り住み、ここで神事や魔除けに使われる弓矢や弦走り(つるばしり。※鎧の胴体の正面部分)、僧の帽子などの皮製品を作って行商していたそう。
神輿を警護する犬神人の姿は、「洛中洛外図屏風」(上杉本)にも描かれているとい
うのです。
町会所の「弓箭閣(きゅうせんかく)」にも、多くの鎧兜や武具が蔵出しされ、古地図や武者行列を収めた古い写真に囲まれていました。
これまでにも甲冑の愛好家等から武者行列を復活させないかという声が何度か来ているそうですが、
「もともとは虫干しを兼ねて町内だけでやってたさかい、大ごとになって人がようけ来たら、対応できひん」と、何とも京都人的な発言。
観光イベントとしても大いに魅力的ですが、夏の盛りにこれらの重い武具14領を蔵から出し入れし、一領ずつを10カ所にしかるべき手順で飾るのは、高齢化が進む町内には体力的にも経済的にも負担がかかる事は目に見えています。
江戸時代からの「文化財級」とも言われるその甲冑は、行列を終える度に岐阜から専門の職人がメンテナンスに来るほど、大切に伝えられてきました。
博物館での保存も薦められるものの断り、町内の宝として自分達で守っていきたいという葛藤もみられます。
来年もまた、こうしてひっそりと行なわれるのでしょうか。

いつも遊び心を忘れない

7月6

mini かつてプレゼントに選んだ白のカッターシャツ。仕事が空けたぞ、と袖を捲り上げると、袖裏から色とりどりのストライプ柄が顔を出しました。
また、ある女性のベーシックなトレンチコートは、裏地が大輪のバラ畑のようでした。
ポールスミスのデザインは、まさに「ひねりをきかせたクラシック」。
18日まで開催中の展覧会では、入り口でもらえるピンク色のイヤホンを自身の携帯電話に繋ぎ、作品の側にあるQRコードを読み込んで解説を音声で聴く事ができます。
ポールのインスピレーションの元になっている冒頭のスクラップは、まるで子供が綺麗なもの、お気に入りのものをごちゃ混ぜに投げ込んだおもちゃ箱のようで、それらがファッションの枠から飛び出して、車やラジオ、ソースや飲料水‌の瓶、直営店等のデザインにも遊び心を加えています。
誰もが知る世界的なファッションブランドですが、一番最初のショールームは、ホテルの一室のベッドに数点の服を広げただけ。初めてのファッションショーも、友人のアパートを借りた手作りのものだったそうです。
個性を尊重し、ショップで買い物をしない人でも楽しくなれるような空間を創る。常に夢を持ち続ける。どんな時でも想像力を働かせて楽しく工夫をしてみる。
今でも第一線で活躍しているポールの姿勢は、ファッション以外の分野においても、大切なものを私達に伝えてくれています。

吉田山大茶会

5月31

kan 先週末の京都は茶会ラッシュだったようで、大徳寺のあちこちの塔頭では利休忌に因んだ月釜が、神護寺でも「神護寺茶会」という催しが行なわれたようです。そんな中で、吉田山大茶会に初めて行って来ました
吉田神社境内で、様々な団体や店舗が銘々の趣向で茶会やお茶の販売をしており、京都の宇治茶はもとより、静岡の天竜茶や、台湾茶など、300種類以上のお茶が集結して賑わいをみせていました。
軽食もあり、テイクアウトの中国茶のミルクティーや冷たいライチ紅茶で喉を潤しながら、茶器を買ったり、韓国茶道の茶席にも参列したりと、ここでは朝から夕方までティータイムです。
軽トラックの荷台に畳を敷き、売茶翁さながらにお茶をふるまうところや、急須と合体させた湯呑みなどの、独創的な試みにも触れてみたり。
毎年参加されているというお茶好きな方からのアドバイスは、「早めに会場入りして、まずは予約を入れること。人気の茶席はすぐに完売してしまう」だそうです。
今回も38ものブースが出典しており、会場には全体マップが一か所でしか掲示されていなかったので、行きたいお店を探すのに少々時間がかかりました。
事前に出展者リストをプリントアウトして、行きたいところをチェックしてから効率よく巡るのがおすすめです。来年のご参考に。

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