e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

京丹後市・久美浜の新スポット

1月9

heron 年末年始からの連休はいかがでしたでしょうか。休暇中、日常と離れたお気に入りの場所に、自分の別荘を持っていたら楽しいだろうな。そう感じた人もいるかもしれませんね。
でも、実際に別荘を所有すると、メンテナンスや掃除を定期的にしなければなりませんし、人を招くとなると、おもてなしに追われて自らが寛ぐどころか疲れ果ててしまう事も…。
京都北部の丹後半島の南西端、久美浜湾と栃谷川に面したコテージスタイルのホテル「waterside cottage Heron」(0772-82-0101)は、たった2室だけの別荘の様なプライベート感に、自家農園や地元農家の季節の野菜や旬の魚介が程よいボリュームで提供されるオーベルジュの様な快適さも叶います。
余分な装飾を省いたごくシンプルなインテリアの客室には水辺に張り出したデッキがあり、この地域ならではの舟屋も景色のアクセント。「ウォーターフロントリゾート」というよりも、雪や霰の降る田舎で何にも縛られずにゆっくり過ごしたい人向けです。
3月までは薪釜で茹でたカニが楽しめますが、地元の人からの利用もあるので、食事のみでも予約をしておいた方が良さそうです。
なお、付近には「和久傳の森」もあり、豊かな自然と「ふしぎなえ」で知られる絵本作家・安野光雅氏の絵画を収めた安藤忠雄氏の建築、「れんこん菓子・西湖」を製造する工房(要事前予約)もあります。

生命を写し取る

11月21

CF06A51E-1203-464F-BD9E-3F71B61B7B1F 賀茂社資料館「秀穂舎」では、学問所であった社家建築の解説と共に、「光りと游ぶ」展として、写真家・井上隆雄氏が晩年に毎日の様に通って撮り溜めていたという糺ノ森の写真を中心に展示されています。
聞いた話によると、井上氏がかつて病気で倒れ、生死を彷徨っている間に、夢の中で下鴨神社の宮司さんに呼び止められ、生還された体験があるそうです(後日に宮司さんにその話をした時、宮司さん側は特に身に覚えが無かったそうですが)。
この紅葉の盛り、カメラを手に痛感している 人は多いと思いますが、美しいものを感じたまま写し取るのはとても難しいもの。
光量や露出の調整といった技術的な経験だけでなく、何かをキャッチするまで対象を見つめ続ける体力や気迫、感度が違うのは言うまでもありません。
泉川に浸る紅葉、幾重にも重なった落ち葉、それらの感触や音、温度までも、自らの手に刻まれた記憶が呼び覚まされます。
私達が実際に歩いて観てきた森の景色と、車椅子に座った位置からレンズ越しに観る景色もまた、違って見えるのでしょうか。

国の宝。本物に触れる

11月13

kyohaku国宝展ねえ。文化の首都の京都人やしぃ、普段から個別に観て来たから今さら…。」とナニ様みたいな態度で構えておりましたが、ある日の夕方に急遽外出する事になり、「この時間なら入口は空いてるか、いやいや、観るには時間が足りないか!?」と迷いながらも、結局は京都国立博物館の閉館時間の約一時間前に到着しました。
さすがに待ち時間は0分ですぐに入場できましたが、果たして閉館までの間に全てを鑑賞して回れるのか!?無謀な賭けに挑む事に。
Ⅲ期(~11月12日)の目玉の金印は列ができていたので後から観る事にしましたが、どうしても最前列で間近に観たいという人で無ければ、手の届く距離で並ばずに観る事ができました。ただし、一辺わずか2.3cmと非常に小さく眩しく輝く「最小の国宝」のため、彫られた字を読むのはちょっと難しかったかもしれません。
限られた時間なので、これまでに各寺社や展覧会で観た事のある国宝は後回しにして二階に降り、個人的にお目当てにしていた「伝源頼朝」ほか三幅(神護寺蔵)をまずは拝見。何度も教科書で見て来た作品とはいえ、まるで本人が目の前に座っている様な迫力は、やはり実物と対峙してこその醍醐味です。
美術館に足を運ばずともインターネット経由で美術品を鑑賞できる時代ではありますが、そういう世代に育つ世代の子供達にこそ、本物が放つ存在感を感じ取る機会を持たせ、「想像してたより大きい!」「このお経、一度も書き間違えた跡は無いの?」と驚いたり、「どうしてこんな地味な物に人だかりができてるの?」と不思議に思ったりしながら、それらが何故「国の宝」としてどの様な工夫で世代を越えて大事に守られてきたのかを一緒に考えたいものですね。
二階から三階、一階へと変則的に早歩きで移動しながら、一時間でも意外に十分楽しむ事ができました。
もちろん、一時間以上のゆとりを持って鑑賞するに越した事はないのですが、「国宝展観たいけど、行列できるし人多いし…。」と躊躇している人がいたら、「ぜひ観たいもの」を幾つか決めておいて、少し遅めの時間帯でお試しください。
入場券は、パソコンやスマートフォン経由でも予め購入する事ができます。

2017年11月13日 | 芸能・アート | No Comments »

怖い、気持ち悪い、でも観たい

10月23

senkyo 選挙の結果は、皆さんにとっていかがでしたでしょうか?
京都では、もう一つの総選挙が継続中です。
龍谷ミュージアム『地獄絵ワンダーランド』展に併せた特別企画「地獄No.1を決めろ!!地獄オールスターズ選抜総選挙」です。
死後の世界はどんな構図になっているのか、まずは展示物を観る前にシアターで地獄ツアーを疑似体験されると、お子様でも理解が深まりやすいと思います。
最前列で映画を観ていた坊主頭の親子は、もしかするとどこかの寺院の方だったのかもしれません。
子供の頃に繰り返し読んだ絵本『じごくのそうべえ』を思い出したり、幼い頃にのんのんばあに連れられて地獄絵に親しんできた漫画家の水木しげるのように、子供の頃から可愛いものと同じくらい恐ろしいものに惹かれてしまうのは何故なのでしょう。
この死生観は、香典返しの掛け紙にも「満中陰志」と記されるように、大人になってからも私達の生活に関わってきます。
展覧会は、上階では大真面目で怖~い地獄の世界が紹介され、燃え上がる炎や迸る血の色に酔った末に観音図を観ると、ほっとするぐらいなのですが、更に下の階に降りる(堕ちる?)と、今度は打って変わって、「ヘタうま」絵画のごとくユルくてユーモラスな地獄の、時には風刺画の様な世界が展開されるという構成になっています。
総選挙は29日までで31日に結果発表、投票者から抽選でオリジナルグッズが贈られるそうですが、もちろん閻魔様に投票したところで罪を免れられる訳ではありません。
地獄絵の中央に書かれる文字は「心」。
天国に行けるかどうかは、私達の心がけ次第なのですから。

音楽に包まれる空間

10月16

ryu 紅葉の観光シーズンで混み合う前に、あるいはその後に、贅沢な時間の使い方をしてみませんか?
京阪・叡電「出町柳」駅向かいにある「ベーカリー柳月堂」や駐輪場はよく利用するけれど、二階にある名曲喫茶の「柳月堂」に入った人はそう多くは無いのではないでしょうか。
なぜなら、音楽を楽しむための「リスニングルーム」においては、私語が禁止されているため、お茶をしながらの雑談を楽しまれる人は、別の「談話室」を利用する事になるからです。背後で「名曲喫茶だって、入ってみよっか!」と声を弾ませていた通りすがりの女子達も、リスニングルームには結局足を踏み入れなかったようです。
下の階で買ったパンを持ち込む事ができるのですが、以前はリクエスト曲もすぐには考えつかなかったため勿体ないと出直し、改めてクラシック好きな知人に柳月堂でのおすすめのパンと、お気に入りの楽曲を教えてもらって再訪。
飲食代金の他にチャージ料を払い、ビニール袋は食べるときに音を立ててしまうので、中のパンを備えつけのお皿の上に移してから、リスニングルームの重い扉を開けて中に入ります。
携帯電話はもちろん、ノック式ペンの使用も禁止、各卓上の紙おしぼりも静かに封を切るための鋏が添えられているという徹底ぶり。
その代わり、見渡すと客人は年齢層が高く、首を落としてスマートフォンを操作している人も、世間話に夢中になっている人もいません。
グランドピアノの両側には、左右に音を広げる木製のスピーカー、二人掛けができる程のゆったりとしたソファーや、読書や書き物をする人のためのスタンドライトが置かれたテーブルもあり、純粋に音楽に包まれるための空間がそこには用意されています。
スタッフの女性が、リクエストされた曲名を手書きで五線譜ノートに記していき、レコードリストもびっしりと棚を埋め尽くしてあるので、これまでにどんな曲が求められて来たのかを伺い知る事もできます。
初来訪だったので、大袈裟なくらい息を潜めて、常連さんのお邪魔にならないように細心の注意を払いながら過ごしましたが、飲み物の氷から空気がはぜる音が聞こえる程の静けさは、自分の家でもなかなかできない心地良い緊張感でした。

美は「愛でる」もの

9月25

eki 美術館「えき」KYOTOにて開催中の「京の至宝 黒田辰秋展」。
お茶の稽古を通して初めて出会った黒田辰秋の作品は、一面に螺鈿が施された中次の茶器と、この展覧会のポスターと同じ四稜捻の形をした朱色の茶器でした。
伝統的な木工芸なのに、どこかモダンで、現代洋間に置いても違和感の無い意匠。
照明を反射して輝くというよりも、内側から光が滲み出るかのような発色。
祇園の菓子舗「鍵善良房」にも、彼が手掛けた菓子重箱があると聞いて、帰りの足でそのままお店まで足を運んだ記憶があります。
これらの作品を、今回美術館という空間でケース越しに観ていると、そのちょっとの距離感が何だかもどかしく感じられ、これまで稽古場で直接手に触れて愛でる事ができたのは非常に幸運だったのだと思わずにはいられませんでした。
無数にある芸術品の中で、絵画作品こそ手に触れる事は叶いませんが、やはり工芸などの造形作品は、飾って眺めるだけでは勿体ないし、その魅力は十分には伝わってきません。
親や親族から美術工芸品を受け継いでも、「その価値が全く分からない」と手放してしまう人は、それらが距離を置いて飾られるかしまい込まれたままで、実際に使ってみるという機会の積み重ねが与えられなかったからではないでしょうか。
茶の湯が現代でデザインを学ぶ学生やアーティストから今もなお支持されているのも、こういった作品を手に取って重さや質感を感じたり、手中で光の当たる角度を変えてみたり、蓋を開けて裏側を見てみたりして、実際に触れる事ができるからなのかもしれません。
もしも自分が将来、何かしらの芸術品を求めるような事があるとすれば、極力使って、その美を他の人々と共有したいと思います。

小さな映画館からの発信

8月28

minami
ミニシアター好きから長年支持されている小さな映画館「京都みなみ会館」。
福島県知事を5期18年間務めた佐藤栄佐久氏が、「収賄額0円」ながら有罪判決で引責辞任した事件の真相を追ったドキュメンタリー映画「『知事抹殺』の真実」が上映されています。
衆議院議員の経験もあり、常にクリーンな政治を心掛けながら早くから「地方主権」や、東日本大震災の発生より前から福島原発の安全管理への疑問を投げ続けていた栄佐久氏。
取材に来た事も無い記者から収賄疑惑の記事が発表され(何の雑誌か映像に映ります)、それらの「雑誌の記事」を「証拠」として録音記録もせず取り調べを続ける検事。
疑惑の段階から知事の自宅を取り囲み、犯人同然の扱いで追い詰めるマスコミ。
連日行われる非人道的な取り調べに栄佐久氏の身内や支持者は憔悴し、自殺を図って現在も植物人間状態となっている関係者。
そして、栄佐久夫妻が山の中で遭遇した人物とは。
映画のタイトルにある「抹殺」という言葉は、決して比喩ではなく、検事の口から出た言葉なのです。
現在のところ、限られた映画館でしか上映の予定が無く、京都では9月1日までとなっています。

2017年8月28日 | 芸能・アート | No Comments »

「はんげしょうの宝珠」

7月11

hange 関東から京都に移住して来た知人から、干菓子を頂きました。
創作和菓子ユニット「日菓」だった杉山早陽子さんによる菓子工房「御菓子丸」の「はんげしょうの宝珠」です。
先月建仁寺の塔頭・両足院で半夏生の庭園が特別公開されていた期間のみ、現地限定で販売されていたもの。
長野県産の無漂白寒天で作られたすり硝子の様な白い葉が、合掌する手の様にピスタチオをそっと包んだようにも見えるデザイン。
名前に「の宝珠」と付く事から、禅を意識しているのでしょう。
一見、柔らかそうに見えましたが、手でつまむと琥珀の干菓子の固さ。
微かにシャリっと音を立てて齧ると広がる控えめな甘み。スイス産のオーガニックてんさい糖を使っているそうで、素材へのこだわりを感じました。
その知人は、以前より度々京都を訪れていましたが、今年の始めに市比売神社をお参りしてから約1か月後に、京都の企業での仕事の話が舞い込み、京都への移住が決まったのだそうです。
更に、会社から紹介されたマンションも、奇しくもその神社のすぐ近く。
娘が関東を出てしまって、親御さんはさぞ寂しい思いをされているかと思いきや、京都旅行のきっかけができたと喜んで、娘の部屋に泊まるための寝袋まで買われたのだとか。
お参りがきっかけで、京都への良きご縁が結ばれたようですね。

文化財を利用するということ

6月27

mado 旧三井家下鴨別邸の茶室と二階広間を貸し切って、同窓会茶会を開きました。
重要文化財での開催という事で、来客には足袋か靴下を持参をしてもらうようお願いしました。サンダルを脱いだまま裸足で屋内を見学する人を京都のあちこちで見かけるのですが、足裏の皮脂や汚れで畳を痛めないようにするためです。
また、乳児やお子様連れの場合は、道中で機嫌が悪くなった時にやむを得ず食べ物を与える場合があります。その際に手元に油分がついたまま入場して、柱に触れるような事があってはいけないので、その点にも配慮をお願いしました。
色々と細かいとは自覚しつつ、その様に予め告知していたのには訳があります。
会場の方の話によると、ここが公開されるようになってから半年の間に、何度か茶会で使用された事があったそうですが、主催側の扱いが酷かったために炉が使い物にならなくなり、今後は火気の使用が不可になる方向なのだそうです。
思えば10年程前に、紅葉の美しい寺院が、拝観者のマナーの悪さにライトアップを中止してしまい、以来行われていないところがありました。
少し前にも、文化財を広く多くの人々に親しんでもらうために商業利用する事に関してのニュースが話題になりましたが、入場料を払って入るエンターテイメント施設と同じ感覚ではいけません。
貸す方も借りる方もそれぞれに緊張感があり、またそれを忘れてはいけないと身が引き締まる思いでした。
事前に口うるさく言ってはいたものの、茶会そのものは和やかに進み、雨に濡れた瑞々しい庭園から吹くそよ風を感じながら、赤ちゃんから大人まで心地よくすごさせて頂きました。会場の方に感謝申し上げます。

「花を立てる」とは

6月6

hana いけばなを大成した花僧・初代池坊専好を、狂言師の野村萬斎さんが演じる戦国エンターテイメント映画「花戦さ」の公開が始まりました。
伝統芸能の枠を越え、これまで超人の陰陽師や怪獣のゴジラまで、変わり種の役をこなしてきた萬斎さんだけに、専好役は非常に「キャラ立ち」していました。
その大袈裟な程に歪むユーモラスな表情は、漫画『へうげもの』の主人公・古田織部を連想させます。
作中では茶の湯の場面も多く描かれるのですが、剣ではなく文化の力で時の権力に立ち向かった専好と千利休。
己が良しとする美意識をぶつけ合った利休と、菖蒲を手に勝負を仕掛けた専好は、異なる結末を迎えます。
「花を立てる」とは、それぞれの個性を活かして調和させること。確かにこれは、自分自身もいけばなを体験するといつも感じていた事でした。
一言で「美しい花」と言っても、棘のあるものや、大輪で華やかだけど香りが強いもの、花は貧相な程小ぶりなのに枝や茎の流線形が優美なもの、「それぞれに、」に個性があります。
それらと正面から向き合いながら自らの指で生命に触れる時間は、心地のよいもので、またその手ぶりや姿を眺めていると、尊い時間を感じます。
鑑賞後は、なんだか花や茎に触れたくなりました。

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