e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

京都から世界へ発信するドーナツ

11月20
  • koe 京都人のパン好きが知られてから、まるで朝ごはんの連想ゲームでもするかのようにパン屋も珈琲店も劇的に増えました。
今度は…ドーナツです。
たまたま「koe donuts (コエ ドーナツ)」の前を通りかかり、3月のオープン当時、建築家・隈研吾氏が無数の竹籠を天井にあしらった内装が話題を呼んでいたのを思い出しました。
こだわりのドーナツ専門店の中でも、こんな有名建築家が手掛けているのはさすがアパレル企業プロデュースといったところですが、「オーガニック」「天然由来」「地産地消」に配慮したドーナツを日本から世界に発信していこうという意気込みの現れなのだそう。
ちなみに、この籠は嵐山の竹を用いた六ツ目編みの籠なのだとか。いっそのこと、この籠をトレイ代わりにドーナツを入れたいくらい。
販売スペースは通常のパン屋程なのですが、その奥はテーブルやカウンター席に電源コンセント付きのスタンド席、子供用の椅子に、なんとドーナツ工房まで。
やたら広い店内に気後れしながらも、カウンター席に腰掛けて、若いスタッフさんがドーナツをデコレーションをする様を眺めながら頂きました。外国人客も気軽に利用しています。
有機小麦やグラニュー糖、美山の牛乳、卵を材料に、玄米油で揚げられるというドーナツは、やや小ぶりですが、みっちり詰まった食感で食べ応えがあり、見た目もお洒落。
お皿で頂く限定メニューの方は、生地にもシロップが染み込んでいて、こちらはドーナツというより、しっかり甘さを楽しむケーキかパンケーキかの様にボリューム満点でした。

欲張って両方頼んでしまったため、食べ切れずに後悔してしまったので、次回はテイクアウトを楽しもうと思います。

京焼と清水焼

11月13

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素明窯」三代目・井上路久さんのお話は、とても分かりやすく、親しみのあるものでした。
日本の数ある焼き物の中で、定義や特徴が曖昧とされている京焼・清水焼。
もともと「土もの」の陶器が作られていた我が国では釉薬をかける風習がありませんでしたが、「石もの」とされる磁器においては、豊臣秀吉による朝鮮出兵を機に現地の優秀な陶工達を連れて帰り、各藩で抱えました。
後に京都に集められ、京都においては陶器も磁器も発展する事になったためです。
京都では陶土が採れないため、必然的に器は「薄づくり」となりましたが、その分、高度な技術が磨かれていきました。

清水焼とは京焼の一部かと思っていましたが、「京焼」と「清水焼」は一対のものだそうです。
初代・清水六兵衛は五条坂に窯を開き、明治の陶芸家・楠部彌弌(くすべやいち)は、山科の清水団地で創作しました。
五条坂近辺だけでは場所が足りなくなって日吉や今熊野へと範囲が広がり、「清水焼」だけでなく「粟田口焼」や「音羽焼」といったその土地に由来した窯も開かれていきました。

陶磁器は、資産価値が高いという事で日本画より人気があるそうですが、床の間や仏壇が日本の住宅から減ってきているため、需要も下がって来ているといいます。
従来なら、展示してある器を見て、「どんな作家だろう?」と解説に目をやるのが当たり前でした。
そこで若手作家がアイドルや俳優並みのいで立ちでカメラに収まり、逆に「この男子が作る器ってどんなだろう?」と興味を持ってもらおうという目的で、「うつわ男子-UTSUWA DANSHI-」という焼き物ユニット(?)を立ち上げられました。
その「うつわ男子」の展示会が夜間拝観中の清水寺経堂で「祈り」をテーマに行われます。
なんと、1100ものぐい呑みが無料で配られるとの噂です。

色とりどりのリボンを結んで

11月6

ribbon 京都高島屋で特別展『「りぼん 250万りぼんっ子 大増刊号」』が開催中です。
大河漫画とも言うべき池野恋先生の『ときめきトゥナイト』など、ちょうど自分や妹が読んでいた頃の作家の作品が中心だったので、付録の数々がとにかく懐かしい!
紙やビニールといった限られた素材ながら、レターセットや小物入れなど、女の子にとって実用的な工夫が凝られていたのを子供ながらに感じていました。実家の部屋を探せば、まだ思い出の付録が出てくるかもしれません。
女性客のお連れの男性達は、付き合いで同行しているのだろうと思いきや、物語の登場人物の話をしていたりして、結構男性の読者も一定数いるのだと気付きました。
ひときわ知名度の高い「ちびまる子ちゃん」のコーナでは、誰しも原作アニメそれぞれの笑いが再び込み上げてくるはず。
基本的に殆どの展示が撮影も可能で、人気作家たちがこの展覧会の為に書き下ろしたカラーイラストが嬉しい。
『ハンサムな彼女』や『ママレードボーイ』の吉住渉先生がカラーイラストを描く様や、『有閑倶楽部』の一条ゆかり先生からのメッセージ動画も流れます。
『りぼん』と言えば、可愛らしい丸いお目目に、半楕円形の口元の女の子を連想させ、それらは現在の『りぼん』の漫画にも受け継がれていましたが、岡田あーみん先生の『ルナティック雑技団』や柊あおい先生の『星の瞳のシルエット』やジブリ映画にもなった『耳をすませば』等のそれぞれの作風を見ていると実に個性が際立っていて、まさに黄金期と呼べる時代に、毎月楽しみにリアルタイムで読んでいたことが幸福だったのだと感じました。
長蛇の列をなすミュージアムショップは時間の都合で泣く泣く諦めましたが、京都高島屋内で使えるお買い物優待券も頂けたので、『りぼん』展はお買い物の前に立ち寄るのがおすすめです。

運気も開く傘回し

10月22

kasa
佳き日の余興といえば、曲芸「傘回し」。
故・海老一 染之助・染太郎兄弟の「おめでとうございま~す!」を思い出す人もいるかもしれません。

「saru」こと笠井さとるさんのパフォーマンスを見せて頂きました。
毬に始まり、雲一つ無い快晴の様な色の傘の上で回る茶碗は、意外にも澄んで涼しげな音色を奏でます。
鋭く回したり、時にはスピードを落としてうねるように転がったり、また額の上に乗ったりと、傘の動きも一様ではありません。
「皆様の運気も上向き!」
「この升のように、皆さんにますますの幸せが訪れますように~!」
これまで単なる曲芸としか見ていなかった傘回しでしたが、喜ぶ人々の無邪気な笑顔を見ていると、傘の勢いで邪気を振り祓い周りの空気をぱっと明るくして、人々の幸せを願うおまじないのようにも見えてきました。
なんとスマートフォンを回転させる技は現代ならでは。外国人客に人気だそうです。

これまでは主にゲストハウス等で披露されてきたそうですが、これならある程度のスペースさえあれば屋外やどこでもやってもらえそうです。
是非とも二条城で開催すれば、多くの人々から喝采を浴びる事うけ合いなのではないでしょうか。
なお、チップ制につき、施設への負担金はかからないそうですよ。動画はこちら

素朴絵…日本美術の側面

10月16

soboku
2017年に「地獄絵ワンダーランド」展が好評を博した龍谷ミュージアムが、今度は「素朴絵」を紹介しています。
ここでの素朴絵は鑑賞品としてだけでなく、時には庶民には手の届かない「巧い」作品の代替として、季節行事の道具として、また仏画として信仰対象にもなってきたのだそうで、ユーモラスなタッチで広く知られる「大津絵」は、江戸時代に旅の土産物や護符として人気を集めました。

冒頭から、どこかほのぼのとした空気感が漂う「絵因果経断簡」が日本最初の絵巻だという事にまず驚き。
素朴絵の媒体は絵巻や絵本、掛軸や屏風、または埴輪や仏像等の造形物にまで多岐にわたり、遠近感の無い建物、顔文字のごとく簡略化された托鉢僧、地獄で散々な刑に処されるも全く苦しく無さそうな人々の表情に、私達は魅了されていきます。
室町時代の「つきしま絵巻」はその最たるもので、平清盛が大輪田泊(港)を造成する際に人柱を立てたという悲惨な伝説を描いているはずが、絵巻の中はまるで工事現場の見学ツアーのようにのどかです。
果たしてこれらは意図してユルく描かれているのか、それともただ「ヘタウマ」なのか、そもそも昔の人はこれらを観て「ユルいな~」と楽しんでいたのか…。
上階に移動すると、伊藤若冲や白隠、尾形光琳ら著名な絵師等による素朴絵が見られ、こちらではどこか洗練されたおおらかさを感じる事ができます。

仕事のこと、子育てのこと、学校のこと、過去のこと、これからのこと…色々と悩みの尽きない私達ですが、一度これらのゆる~い素朴絵の前に身を置いてみませんか?
眉間が緩む瞬間がきっと、あると思います。

2019年10月16日 | 芸能・アート | No Comments »

子供と楽しむ京都

10月1

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乳幼児連れで参加できる『育みコンサート』が妙心寺塔頭の大雄院で開催されました。
赤ちゃんが泣いても、子供達が走り回っても大丈夫。大人が「しーっ!」と言わないコンサート。
300年の歴史ある大広間と、眼前に広がる緑豊かな庭園。こんな所でオムツ替えまでさせてもらってもいいんだろうかと思うような環境です。

映画『おくりびと』で本木雅弘さんの演奏指導を行っていたというチェロ奏者の斎藤孝太郎さんのソロコンサートで、子供達は手拍子をしたり、チェロの周りに集まったり、自由に動き回ります。
和尚さんも自身の幼いお嬢さんを抱きながら、足でゆったりスイングしておられました。
我が子は庭に降りようとしたり、周囲を携帯カメラで撮りまくったり、お寺の玄関のすのこを気に入って、ずっと行ったり来たりしていましたが、拍手の時だけは参加していました。

ディズニーやジブリなど、和尚さんの奥様による選曲で、子供達は次第にノリノリ。終いにはお堂の真ん中で踊り始め、盛況のうちに幕を閉じました。
こちらでは他にもアートイベントや秋の特別拝観も予定されています。

帰りに寄ったカフェ「fuyukostyle」も、おうち兼店舗みたいなところ。全てテーブル席ですが、子供のおもちゃも2,3個ほど置いてあります。
「妙心寺さんも、最近ヨガとか色々やってはりますね」と、眠ってしまった我が子を見て布団を敷いて下さり、久ぶりにゆっくりケーキを頂く事ができました。
パティシエさんの祖父が着物の図案の参考にしていたという名だたる作家の絵画の図鑑が置いてあり、それをきっかけにおうちのお父さんと世間話をしていると、
「すみません~父がすぐ一緒に話に寄っちゃって」とパティシエさん。

洗練されているけど家庭的なおおらかさを感じる一日でした。

主の息遣いが残る旧宅

9月25

kyutaku
9月末まで展開している「京の夏の旅 文化財特別公開」では、寺社に加えて京町家や旧宅が公開されています。
旧湯本家住宅は、これまでに無かった平安京の通史をまとめた『平安通志』の編纂事業に携わった歴史家・湯本文彦氏の教養が偲ばれる旧宅です。
湯本氏の提案による平安京の実測事業を元に建立された平安神宮は平安遷都千百年紀念祭事業の一つで、その記念品として作られた墨の余った抜き型を、自宅の襖の引き戸に再利用するなど、発想がなんとも数寄者的。
道中のほんの数分程の間に、緑豊かな京都御苑から同志社大学の煉瓦造りのアーモスト館を経て相国寺門前へと景色が目まぐるしく変わり、自宅の庭からも洋館が見えるという、ある意味「京都らしい」立地も、湯本氏が余生を楽しんだ終の住家としてふさわしいものがありました。

そこから京都御苑の中を抜けて、今度は藤野家住宅へと向かいます。
これまで私達が触れてきた「町家」は商家の造りである「表屋造」が多かったように思います。この藤野家住宅は高い塀を構え、住居として建てられた「大塀造」です。
こちらもまた当主が茶の湯を楽しんでいたそうで、茶室が玄関を兼ねているというのも新鮮。また、部屋同士が襖一枚で仕切られているのではなく、廊下が客間と移住空間を隔てているのは京町家としては近代的だとか。
畳をよく見ると、真ん中にほんのり色が異なって見える帯状の部分があります。これは二本のい草を継いで縫った「中継ぎ表」で、京都迎賓館でも見られたものですが、こちらのは機械ではなく職人さんの手による高級品なのだとか。
貴重な畳を傷ませないためか、普段はカーペットでか隠れていたようです。
京の町が時代と共に変わりゆくなか、個人の努力で維持されて来た旧宅や、その歴史的・文化的価値に気付かれないままの旧宅がまだまだあるかもしれませんね。

見た景色、知らなかった世界

9月16

mikei
天皇の菩提寺である泉涌寺にて、「御寺(みてら)ART元年 未景(みけい)」展が16日まで開かれています。
久しぶりにあのきつい坂道を登ると、木陰に入った辺りから、羽織っていたカーディガンが秋風をはらみ、うっすらかいた汗が体の火照りを爽やかに奪っていきました。

特定の集団に属さず独自の表現を探る美術家26名による様々なジャンルの作品群に、鴬張りの廊下を歩きながら次々と遭遇していきます。
巨石が美しい泉涌寺の庭に溶け込んだオブジェ、既知のものを作家の目線で解釈し直したもの、阪神淡路大震災を経験した現地外国人が当時を語る映像作品など。
来訪者は多過ぎず少な過ぎず、小さな子供連れの若い家族もいて、ゆっくり自分のペースで観る事ができました。
真面目な作品ばかりではなく、「イケメン美人画」として描かれた寝仏も見ものです。

参道を登り始めたお昼間はまだセミの鳴き声が落ちついたトーンで聞こえていましたが、会場を出た頃には陽が傾き、夕暮れの境内の静けさが名残り惜しくて、この場ならではの夏の名残りと秋の始まりの空気感をもう少し味わっておけば良かったかな…と坂道を降りながら思いました。
なお、学生さんの拝観料は学生証の提示で無料となり、最終日16日の14時半より妙応殿にて、中野康生氏による寺院や文化財での表現・アートの楽しみ方を、誰にでも分かりやすく紹介する講演会も行われます。

ドレス・コードは何のため?

9月3

dress京都国立近代美術館で「ドレス・コード?――着る人たちのゲーム 」展が開催中です。
スーツや迷彩柄にトレンチコート、デニムにタータンチェックなど、誰もが目にし袖を通してきたアイテムが、時代を経るうちにドレスコードを飛び越え、世相を受けて新たな価値を纏っていく様が分かりやすく展開されています。
女性の社会進出を象徴するシャネルのスーツやジャン・ポール・ゴルチエの浴衣等のハイブランドの系譜だけでなく、漫画や著名なアートとのコラボ、制服がアウトローのアイコンと化した映画ポスターなど、見どころたくさん。
社会のあらゆる状況にふさわしい装いのエチケットとされる「ドレス・コード」とは、むしろ守るためというより、破り表現するためにあるのかとさえ思えてきます。
という事は、「世の中の常識」と呼ばれるものは時代によって変わっていくものであり、私達は日々そのコードを越えたり越えなかったりと駆け引きを繰り返しているのです。
極め付きは、昭和時代の暴走族グループ「レディース」の特攻服姿や、アニメのキャラクターを再現するコスプレイヤー、九州のド派手な成人式の衣装など日本で独自の進化を見せた現代ファッション。
なんとおじいちゃん、おばあちゃんの農家ファッションや、広島で有名なホームレスについての情報も、壁面のQRコードを携帯電話で読み取る事で得る事ができます。
これらを眺めていると、「日本人は没個性でルールに忠実な人種」というイメージは本当なのか?と疑問に思ってしまうはず。
一部は撮影も可能。「インスタ映え」を狙った美術展も増えてきましたね。

天岩戸のこどもカミあそび

7月24

iwa
祇園祭の前祭では、岩戸山前で行われる童舞「天岩戸のこどもカミあそび」を目指して宵山に繰り出す事にしました。
四条通りの黒山の人だかりから外れ、レトロでお洒落な飲食店が点在する仏光寺通りに沿って西へ移動していきます。
予め「こどもステーション」に加盟しているホテル「MIMARU京都」に寄って、子供のおむつ替え、トイレ休憩をさせてもらいました。
色とりどりの浴衣に兵児帯を揺らしながら登場した子供達が一斉に吹く横笛は、最初は表情からも緊張が伝わってくるような音色でした。
でも、年齢も性別も異なる子供一人一人が、緊張を扇子を持つ握りこぶしの力に換えて、それぞれの成長に合わせた舞を一人ずつ舞っていきます。
その真剣な眼差しには、この日のために練習してきたことをしっかり務め上げようという心意気が感じられました。
最後は銘々の手に岩戸山の粽を持ち、お腹の中から張りのある声で粽売りの唄を合唱します。
これらの舞台は、祭を盛り上げると共に、山を守り継承するための粽の販促活動でもあるのですね。
昨年はこちらの「食べられる粽(木乃婦謹製)」を食しましたが、今年ももちろん厄除け粽を購入させて頂きました。
童舞は今年は試演という事で、来年から毎年行われる予定だそうです。
舞台の柵より1~2列目までは床几が置かれて関係者席となるので、正面と両外側の床几との隙間が良い撮影ポイントとなりますよ。
動画はこちら(近日公開)

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