e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

セレブ御用達のお寺

4月17

yoshi 先週末に勝持寺を訪れた後、せっかくなので、そこから車を15分程走らせて善峯寺へ。
竹の里らしく、桜と竹林の合間を縫って走っていると、所々個人宅の軒先に朝堀り筍が並べられているのが視界に入ってきます。
境内は桜もさることながら、山肌のあちこちに春霧が立ち昇り、樹齢600年を経た「遊龍の松」は霧雨に打たれて新緑の鮮やかさが増し、まるで龍が息を潜めて横たわっているかのような枝ぶりで、思わず足を止めてしまうのでした。
通常のお寺の2、3倍の規模はあるかと思われる宝物館も、寺の紋と徳川家の紋を配した大層な品が多く、善峯寺がいかに「セレブ御用達の」お寺であった事が伺えます。
境内にはソメイヨシノより少し遅れて咲く枝垂れ桜の蕾も多く見られ、公式ホームページからの情報によると、今週末も名残の桜が楽しめるかもしれませんね。

伝統産業の未来と課題

3月27

dentou 存在は知っていたけど、いつも素通りしていた施設はありませんか?例えばオフィスビルに挟まれた「京都伝統工芸館」。
安価で気軽に使える大量生産品とは違い、伝統工芸品は作品の作り手と消費者の相互の感性や好み、環境や経済事情の合致など、実際に購入に至るまでのハードルがよりシビアです。
いくら貴重で優れた技術で作られたものであっても、惹きつけられるようなデザイン力が無ければ人の心を動かす事はできないし、既製品との品質の違いは、ただ展示しているだけでは伝わりません。
また、次世代の担い手が不足するのも、収入面あるいは業界によっては体力面での不安が大きな要因となっています。
展示されていた若手作家の作品は、家に置きたくなるような現代生活を意識した物が多く、その創意工夫がこれから高まる海外からの需要への足掛かりとなる事を願います。
この日は漆芸と金工芸、金属工芸、仏像彫刻の実演作業中で、繊繊なアクセサリーを製作している女性職人さんとお話しました。
「壊れてしまった髪留めでも、ちょっと直せばまた使えたりするんですよ」
「片方無くしたけど捨てられないイヤリングを、似たデザインでもう一つ作ってもらえたりするんですか?」
入場の際に、次回無料で入館できるチケットを頂いたので、再訪の際には、職人さんに話したい事や相談したい事を仕込んでお邪魔したいと思います。

ビューティフルドリーマー

3月1

sengoku 戦国時代といえば、武将たちの勢力争いや親兄弟による紛争に政略結婚など、殺伐とした印象が頭をよぎりますが、現在京都文化博物館で開催中の展覧会のサブタイトルの『A CENTURY of DREAMS 』に惹かれました。 まるで実況中継を観ているような「川中島の合戦図屏風」、シックで美しい具足、文に現れる心情や切れ味良い花押に刀と拵。 夢とは欲のようなもので、文化も花開かせていきました。 終盤を飾る「洛中洛外図屏風(上杉本)」の傍らには、画面上を指で操作しながら拡大して鑑賞できるデジタル画面 も楽しめます。 金色に輝く雲間に見えるのは、乱世による荒廃から復興しつつある都人の営みと、相反する勢力同士が共存する世界。 「夢」。それは戦国時代を越え天下統一を果たした秀吉が遺した句にも登場します。 時の強者たちや宗教者が抱き続けた夢と、同じ時代を生きた市井の人々の夢とはいかなるものだったでしょうか。 一変して、ミュージアムグッズ店では、プリントシール機や京人形伝統工芸士がプロデュースした甲冑風のトートバッグ 、組み立てて直ぐに着用できるダンボール製の甲冑などなど予想を上回るセレクトでございました。

時空を越えて行く茶碗

1月24

raku 吹雪く程寒い日は、あちこち巡るより美術館でゆっくりすごしたくなります。
「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」展が開催中の京都国立近代美術館へ。
手捻りから生み出される樂茶碗は、両手に包まれ湯気をたたえる冬が最も映える気がします。
展示品の約半数は十六代を継ぐ篤人氏を含む樂歴代や本阿弥光悦等の作品を展観し、また半分は十五代樂吉左衞門氏の茶碗と新たな創作で構成されていました。
漆黒または朱色の肌で一般に知られているとはいえ、その造形はやはり時代の影響を映しており、ただ初代の作風を模倣するだけではここまで存続する事は無かったでしょう。
観賞順路も一方通行では無く、最後は出口にも初代長次郎の作品のある入口にも戻る事ができるようになっているのは、おそらく意図されたものだと思われます。
聞くところによると、当代は若き篤人氏に譲られ、樂美術館での企画も任されているのだとか。
京都会場のみ展示される作品や関連イベントも多く、樂美術館では「茶のために生まれた「樂」という、うつわ展」も開催中です。

茶室観賞は客の目線で

1月16

kyu 「京の冬の旅・非公開文化財特別公開」の対象となっている建仁寺の久昌院。
禅寺に茶室は付きものですが、こちらもバラエティ豊か。
書院の方丈と渡り廊下で繋がる「高松軒」は、八畳台目の座敷に蛭釘を打ち、釜を釣り下げて目にも温かな炉の風情を、十二台目の座敷には爽やかに風炉を据えて季節ごとの趣向を楽しみ、特に後者は貴人向けに二畳の上段の間を設け、屋根付きの露地を雨に濡れる事無く席入りできるよう工夫されています。
それらに挟まれた「遠州別好ノ席」は小さな空間ですが、だからこそ舟底を模した屋根が活きています。
最も古いとされる茶室の織部床の間は、最初は素通りしていましたが、よく観ると、掛け軸が棚の細長い穴を貫通した状態で吊るされているのです。
例えるなら、ベルトをバックルに通したかの様な姿と言えばよいでしょうか、一体何の意図なのか古田織部に問いかけたいくらいの不思議さで、これは一見にしかず。
利便性良く4つの茶席が密集していながらそれぞれに趣向が異なるので、奥平家代々の大名達にとって、お茶でのおもてなしを受ける墓参は、一つのレジャーでもあったかもしれません。
お茶席を観賞する際には、ぜひ想像力を働かせながら客の目線になりきってみてくださいね。

平成版『古都』

12月5

koto 川端康成の名作を松雪泰子さん主演でリメイクした映画「古都」が京都で先行上映され、続いて全国公開が始まりました。
先日取材した北山杉の里・中川をはじめ、京都が誇る美しい情景が広がり、各ロケ地についてなぜその地が選ばれたのかを知ると、より深い考察が楽しめそうです。
しかしながら、平成の世を生きる千重子の生活ぶりは、同じ京都人が観ても「今でもこんな生活をしている京都人がいるのか?」と首を傾げてしまう場面も少なくないかもしれません。ほんの数十年前まで「当たり前」だった光景が、今となっては京都を訪れる人々の「憧れの古き良き日本」になってしまっていて、京都の人間でさえ、古都という幻想を演出しなければならなくなりつつある現実。
そんな違和感こそ、映画の冒頭の映像と相まって、筆者が強く危惧していた現象そのものかもしれません。全く異なる環境で生きるそれぞれの母娘が、同じ葛藤を抱き、それは世代を越えて繰り返されてきました。原作が生まれた頃に観光都市として歩き始めた京都は現在、世界中の人々の視線を集めながら、また新たな模様を紡ごうとしています。

若冲の天井画

11月14

singyo

伊藤若冲の天井画「花卉図」が3日間のみ公開されるとあって、信行寺はくの字になる程の行列ができていました。

曇天時を考慮して新たに調節可能なLED照明が設けられ、住職が167面の中をポインターで照らしながら解説をして下さいました。

裏側から描いたボタンなど、他にも珍しい植物が多く、中にはサボテンにトリカブト、ハイビスカスまで!サクラやキキョウが無いというのが意外ですが、好奇心旺盛で晩年も創作意欲に溢れた若冲であれば、むしろより奇抜で個性的なものを選んだ事でしょう。
もしかすると、木目さえも絵の一部としてデザインしている可能性だってあるかもしれません。

これだけ豊かな種類の動植物が渡来し、触れる事ができた江戸中期の京の都は、絵師にとって創作意欲をかきたてられる刺激的な町であったと思われます。

もとは石峰寺の観音堂にあったというこれらの天井画のうち、15面は滋賀県の義仲寺の翁堂にも納められており、現在京都市美術館で開催中の「生誕300年若冲の京都 KYOTOの若冲」展でも展示されているそうです(展示期間はお問い合わせ下さい)。

見逃してしまった!という方は、「若冲の花」という書籍も刊行されているので、現代の植物学者が監修した花卉図をくまなく眺める事ができますよ。

京都の教会と寺院

11月8

kyokai秋の非公開文化財特別拝観」が終了する前に滑り込んで来ました。
絞った目的地は、京都ハリストス正教会瑞泉寺。教会と寺院のハシゴです。
今回は珍しく京都ハリストス正教会という教会建築が紹介され、平日でも黒山の人だかり。漆喰の壁に七宝の十字架など、寺院とはまた違う色遣いの和洋折衷な宗教空間です。
山下りんという日本人最初のイコン(聖像)画家の存在も初めて知りました。
高瀬舟と豊臣秀次に因んだ名前を冠する慈舟山瑞泉寺では、秀次に続いて処刑された女子供達の名前や年齢を記した肖像画や、処刑された順序や配置を記録した生々しい資料が展示され、中でも、辞世の句を当時来ていた小袖で表具した掛け軸には衝撃を受けました。
また、高瀬舟を整備し秀次以下を弔うために瑞泉寺を創設した角倉了以の、実弟が秀次の家臣だったという秘められた史実も新たな発見でした。
前者は布教のため、後者は弔いのために、その時勢に合せて造られた宗教空間です。
いずれも目的は異なりますが、手を合せる対象があり、その周りで静かに輝きをたたえる彫金装飾など、祈りを捧げる人々に対して、どの様な空間が求められてきたのかという共通点も見られた気がしました。

商売人の大邸宅

10月17

rakuto 川端通りの七条~五条間を通ると東側に見える並木は棕櫚でしょうか、その後ろには柏原家住宅(洛東遺芳館)と呼ばれる大邸宅があります。
江戸期には更に広大な敷地を誇り、間取り図には蔵が5つも見られました。
円山応挙や歌川国芳など誰もが知る絵師の墨画や、指先程の雛道具に施された蒔絵など、毎春秋ごとに公開出来る収蔵品がある事を思うと、当然のことかもしれません。
婚礼調度のありとあらゆる小物に入った四つ目結びの家紋に見覚えがあると思ったら、やはり北三井家の娘がここに嫁いでいるとのこと。前回に引き続き、こちらでも三井家に繋がりがありました。
平日だった事もあり他に見学者がいないため、往時の暮らしに想像を巡らせながら、脳内で「豪商の娘ごっこ」もできてしまいます。
どの部屋からも庭が楽しめるよう、蹲などが巧みに配置されるなか、最も視界が開けて美しい庭を眺められる部屋には、大人が両手両足を広げても足りない程に重厚な仏壇が据えられていました。まるでご先祖様達に手入れした庭を楽しんでもらうかのような構図です。
これまでの財はご先祖様がお客と積み重ねてきた信頼の証、婚姻によって結ばれた横の繋がり。特に人の繋がりを大切にする商売人の姿勢が現れた邸宅でした。
すぐ近くにある「お辧當箱(べんとうばこ) 博物館」も内容と建築共に非常に面白いので、あわせてどうぞ。

声援より行動で支援する

10月3

onna  平成女鉾が約10年ぶりに建てられる(※10/2で終了)と聞いて、夜にロームシアター京都の中庭へ赴くと、提燈の淡い灯りを携えた女鉾が雨の中でしっとりと佇んでいました。
新しいグッズも販売されており、平安女鉾清音会の20周年記念冊子を買うと、女鉾に登る事ができるとのこと。
その冊子を持って翌日の昼間に再び訪れると、前日とはうって変わり、お囃子が始まるとたくさんの老若男女がどことなく集まり始め、その音色はシアターの反対側のテラスでくつろいでいる人々の耳も楽しませているようでした。
赤い鼻緒の可愛らしい下駄が揃えられているのを横目に、急な階段を上って、いざ女鉾の内部へ(もちろん男性も登れるとのこと)。
豪華な装飾品こそありませんし、骨組みも他の鉾から借りたりしているそうですが、美しい紫の浴衣を着た女性達に色々と質問をしたり、正面の椅子に座らせてもらったりできました。囃子方が鉾の縁に腰かけて奏でる際には、前に横たわる頑丈な柱と自分を命綱で繋ぐのだそうです。
これが祇園祭宵山のピーク時の鉾であれば、こんなにゆっくりとはできません。他の人々と数珠つなぎのまま慌ただしく中を拝見しては、まるでところてんの様に出て行くのが関の山です。
更に正面から外の景色を眺めると、目の前に見える二階のテラス席に見覚えある人影が。それは、京都を舞台にした刑事ドラマでお馴染みの俳優さん(名前は伏せておきますね)が読書している姿なのでした。
女鉾へは結局夜と昼の二回も足を運ぶ事になりましたが、ちょっと得した気分も味わえました。
大船鉾が復活を果たし、鷹山や布袋山にもその機運が高まりつつあるなか、復興では無く新設という形で20年もの年月の間灯を絶やさなかった平成女鉾。
平成女鉾の歩みは、日本の女性の社会進出が目覚ましくなってきた時代の流れと共にありました。この先どんな姿を見せてくれるでしょうか。
インターネット上で情報拡散、という応援の仕方もありますが、無料の催しであってもグッズを買う等して何かしらの小銭くらいは落としていくのが本当の支援だと思っているので、オリジナル手ぬぐいも買う事にしました。

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