e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

台湾の喫茶文化を京都に

3月12

xiao
台湾の台北市にある人気茶藝館「小慢(シャオマン)」が、京都にもお店を出したと聞きました。
観光客も通らないような静かな住宅地の中、周囲に溶け込む木造住宅に、まるで世間から知られたくないかのように目立たない看板が掛かっているだけ。
一度はうっかり通り過ぎ、また入り口に立っても営業しているかどうかも分からない静けさに、引き戸に手を伸ばすのもためらってしまいました。
大人の隠れ家のような台湾茶カフェを想像していたのですが、実のところはお茶を取り巻く工芸品を扱う、薄暗く落ち着いたギャラリーでした。
他の来客も同様に喫茶目的だったようで、お店のスタッフが小ぶりの台湾菓子とお茶を出して下さいました。
日本にも日本茶を扱い、茶道体験ができる茶房もたくさんありますが、たくさんのお土産を手に疲れを癒す旅客が多く見られるのに対し、台湾の茶藝館で見かけた客人達は、より地元の人々が自然と集い、茶葉から淹れる喫茶が日常に溶け込んでいる印象がありました。
ここでは限られた種類の中国茶と台湾茶、台湾の紅茶を扱っており、値段も高級路線。当時展示してあった茶器もとてもシンプルで、茶を嗜むことと、その周辺の日用品や時間にも潤いを忘れない人のためのお店なのだと実感しました。
イベント用スペースと思われる二階は、たまたま茶会の最中だったようで上がる事はできませんでしたが、次回は4月に開催予定だそうで、詳細は公式フェイスブックを見て欲しいとのことです。
スタッフの方が蒸籠を持って階段を上り下りする様子から、台湾の点心も頂けるのかもしれません。期待が膨らみます。

お寺のひな祭り

3月6

hina 春桃会の三十三間堂。普段は厳かな佇まいの千手観音坐像も、隣にお雛さんが飾ってあるだけでどことなく春の空気をまとっていました。
この日に限り、体半分ほど高いところから堂内を眺められる足場が設置してあり、おびただしい数の千体千手観音立像が規則正しく並ぶ様を斜め上の角度から観ると、まるで合わせ鏡の中で永遠に続いているかのようです。
境内で女の子の赤ちゃんを連れた人をよく見かけたのは、桃の節句に子供の幸せを願ってのことでしょう。実家にあるお雛さんを思い出し、代わりに女性専用の「桃のお守り」を受けて後にしました。
三十三間堂の東側に出たすぐそばの法住寺の、庭を隔てた奥の書院には、三間にわたって吊り雛をはじめとした様々な人形が花壇の様に彩を放っていました。
段飾りに、床の間には立ち雛の掛け軸、畳の上には貝合わせに西洋の人形まで、様々な姿で親しまれてきた人形たちを観ていると、それらをひとつひとつ包み、大切にしまって引き継いできた人々の姿を想像します。
子供の頃は単なる人形遊びだったひな祭り。その意味を知り、お片付けやお飾りを手伝うようになったのは、いくつのときだったかな。

防犯、防火から観るもてなしの建築

2月26

nijo
幕末を偲ぶスポットを巡るなら、予約してでも行きたいのが二条陣屋(小川家住宅)
米穀商や両替商、薬種商として財を成し、二条城からほど近い立地もあって上洛した大名の宿舎としても使われたことから、防犯や防火上のユニークな工夫が凝らされているところが人気です。
天井裏に隠された武者だまりや閉じると棚に見える釣階段、隠し戸など、訪れるまではからくり屋敷の様なものを多少想像していました。
しかしながら300坪に25部屋あり、銘木の特質を活かした使い方や収納の利便性を叶えながら狭く見せない空間の使い方など、細部にわたる創意工夫の徹底ぶりは、建築や空間デザインを学ぶ人や、これから家を建てる人にとっても今もなおヒントとなり得るのではないかと思いました。
また、大火に見舞われた教訓から、庭作りにおいては、12ある井戸は全て地中で繋がっているといい、万一の際には貴重品を入れた唐櫃を水中に沈められるほどの大きなものも。
防火の観点からの見どころの多さは、他に類を見ません。
民家としては、大阪・羽曳野にある吉村家に続いて国宝指定を受け、昭和25(1950)年の法改正により重要文化財に再指定されましたが、台所など一部は今も現役で、当主が暮らしながら継承保存されています。

座席の無いデザイナーズカフェ

1月23

walden 眩しいほどに真っ白な壁や、装飾を排除した白いお皿やカップに囲まれた、いわゆる「お洒落なカフェ」はなんとなく落ち着かないのですが、それが塗られたような白、つまり物語を重ねた痕跡が残るところなら、まだ少し気分的な敷居が下がります。
先月オープンした「Walden Woods Kyoto」。大きな焙煎機を前にしてコーヒーとチャイ、フレーク菓子を受け取り二階に上がると、そこにはテーブルもイスも無く、壁際をぐるりと囲む二段の段差のみ。来客はその段の上にトレイを置き、また腰掛けて自由にすごしています。
ユニオンジャックのごとく組まれ剥き出しになった屋根の梁が、壁と同じく白く塗られている様を見ていて、町家とは異なる空気を感じたので尋ねてみると、元はオーダーカーテンのお店で、築100年は越えているとのこと。
白いサウナ室の様な部屋の真ん中の何も無い空間は、演劇や音楽ライブ、キッズイベント等様々な活用ができそうです。一言で言えば「渉成園の北にあるデザイナーズカフェ」。
美大に通っていそうな女子の二人組や、お一人様男子数名が当時の客層でした。
建築やアート好きな友人が京都に来たときに、渉成園の日本庭園や建築を巡った後で、昭和の香りが残る周辺の下町を経てこのカフェに連れて行ったら、一体どんな反応をするだろう?そんな妄想をしてしまうのでした。

京丹後市・久美浜の新スポット

1月9

heron 年末年始からの連休はいかがでしたでしょうか。休暇中、日常と離れたお気に入りの場所に、自分の別荘を持っていたら楽しいだろうな。そう感じた人もいるかもしれませんね。
でも、実際に別荘を所有すると、メンテナンスや掃除を定期的にしなければなりませんし、人を招くとなると、おもてなしに追われて自らが寛ぐどころか疲れ果ててしまう事も…。
京都北部の丹後半島の南西端、久美浜湾と栃谷川に面したコテージスタイルのホテル「waterside cottage Heron」(0772-82-0101)は、たった2室だけの別荘の様なプライベート感に、自家農園や地元農家の季節の野菜や旬の魚介が程よいボリュームで提供されるオーベルジュの様な快適さも叶います。
余分な装飾を省いたごくシンプルなインテリアの客室には水辺に張り出したデッキがあり、この地域ならではの舟屋も景色のアクセント。「ウォーターフロントリゾート」というよりも、雪や霰の降る田舎で何にも縛られずにゆっくり過ごしたい人向けです。
3月までは薪釜で茹でたカニが楽しめますが、地元の人からの利用もあるので、食事のみでも予約をしておいた方が良さそうです。
なお、付近には「和久傳の森」もあり、豊かな自然と「ふしぎなえ」で知られる絵本作家・安野光雅氏の絵画を収めた安藤忠雄氏の建築、「れんこん菓子・西湖」を製造する工房(要事前予約)もあります。

生命を写し取る

11月21

CF06A51E-1203-464F-BD9E-3F71B61B7B1F 賀茂社資料館「秀穂舎」では、学問所であった社家建築の解説と共に、「光りと游ぶ」展として、写真家・井上隆雄氏が晩年に毎日の様に通って撮り溜めていたという糺ノ森の写真を中心に展示されています。
聞いた話によると、井上氏がかつて病気で倒れ、生死を彷徨っている間に、夢の中で下鴨神社の宮司さんに呼び止められ、生還された体験があるそうです(後日に宮司さんにその話をした時、宮司さん側は特に身に覚えが無かったそうですが)。
この紅葉の盛り、カメラを手に痛感している 人は多いと思いますが、美しいものを感じたまま写し取るのはとても難しいもの。
光量や露出の調整といった技術的な経験だけでなく、何かをキャッチするまで対象を見つめ続ける体力や気迫、感度が違うのは言うまでもありません。
泉川に浸る紅葉、幾重にも重なった落ち葉、それらの感触や音、温度までも、自らの手に刻まれた記憶が呼び覚まされます。
私達が実際に歩いて観てきた森の景色と、車椅子に座った位置からレンズ越しに観る景色もまた、違って見えるのでしょうか。

国の宝。本物に触れる

11月13

kyohaku国宝展ねえ。文化の首都の京都人やしぃ、普段から個別に観て来たから今さら…。」とナニ様みたいな態度で構えておりましたが、ある日の夕方に急遽外出する事になり、「この時間なら入口は空いてるか、いやいや、観るには時間が足りないか!?」と迷いながらも、結局は京都国立博物館の閉館時間の約一時間前に到着しました。
さすがに待ち時間は0分ですぐに入場できましたが、果たして閉館までの間に全てを鑑賞して回れるのか!?無謀な賭けに挑む事に。
Ⅲ期(~11月12日)の目玉の金印は列ができていたので後から観る事にしましたが、どうしても最前列で間近に観たいという人で無ければ、手の届く距離で並ばずに観る事ができました。ただし、一辺わずか2.3cmと非常に小さく眩しく輝く「最小の国宝」のため、彫られた字を読むのはちょっと難しかったかもしれません。
限られた時間なので、これまでに各寺社や展覧会で観た事のある国宝は後回しにして二階に降り、個人的にお目当てにしていた「伝源頼朝」ほか三幅(神護寺蔵)をまずは拝見。何度も教科書で見て来た作品とはいえ、まるで本人が目の前に座っている様な迫力は、やはり実物と対峙してこその醍醐味です。
美術館に足を運ばずともインターネット経由で美術品を鑑賞できる時代ではありますが、そういう世代に育つ世代の子供達にこそ、本物が放つ存在感を感じ取る機会を持たせ、「想像してたより大きい!」「このお経、一度も書き間違えた跡は無いの?」と驚いたり、「どうしてこんな地味な物に人だかりができてるの?」と不思議に思ったりしながら、それらが何故「国の宝」としてどの様な工夫で世代を越えて大事に守られてきたのかを一緒に考えたいものですね。
二階から三階、一階へと変則的に早歩きで移動しながら、一時間でも意外に十分楽しむ事ができました。
もちろん、一時間以上のゆとりを持って鑑賞するに越した事はないのですが、「国宝展観たいけど、行列できるし人多いし…。」と躊躇している人がいたら、「ぜひ観たいもの」を幾つか決めておいて、少し遅めの時間帯でお試しください。
入場券は、パソコンやスマートフォン経由でも予め購入する事ができます。

2017年11月13日 | 芸能・アート | No Comments »

怖い、気持ち悪い、でも観たい

10月23

senkyo 選挙の結果は、皆さんにとっていかがでしたでしょうか?
京都では、もう一つの総選挙が継続中です。
龍谷ミュージアム『地獄絵ワンダーランド』展に併せた特別企画「地獄No.1を決めろ!!地獄オールスターズ選抜総選挙」です。
死後の世界はどんな構図になっているのか、まずは展示物を観る前にシアターで地獄ツアーを疑似体験されると、お子様でも理解が深まりやすいと思います。
最前列で映画を観ていた坊主頭の親子は、もしかするとどこかの寺院の方だったのかもしれません。
子供の頃に繰り返し読んだ絵本『じごくのそうべえ』を思い出したり、幼い頃にのんのんばあに連れられて地獄絵に親しんできた漫画家の水木しげるのように、子供の頃から可愛いものと同じくらい恐ろしいものに惹かれてしまうのは何故なのでしょう。
この死生観は、香典返しの掛け紙にも「満中陰志」と記されるように、大人になってからも私達の生活に関わってきます。
展覧会は、上階では大真面目で怖~い地獄の世界が紹介され、燃え上がる炎や迸る血の色に酔った末に観音図を観ると、ほっとするぐらいなのですが、更に下の階に降りる(堕ちる?)と、今度は打って変わって、「ヘタうま」絵画のごとくユルくてユーモラスな地獄の、時には風刺画の様な世界が展開されるという構成になっています。
総選挙は29日までで31日に結果発表、投票者から抽選でオリジナルグッズが贈られるそうですが、もちろん閻魔様に投票したところで罪を免れられる訳ではありません。
地獄絵の中央に書かれる文字は「心」。
天国に行けるかどうかは、私達の心がけ次第なのですから。

音楽に包まれる空間

10月16

ryu 紅葉の観光シーズンで混み合う前に、あるいはその後に、贅沢な時間の使い方をしてみませんか?
京阪・叡電「出町柳」駅向かいにある「ベーカリー柳月堂」や駐輪場はよく利用するけれど、二階にある名曲喫茶の「柳月堂」に入った人はそう多くは無いのではないでしょうか。
なぜなら、音楽を楽しむための「リスニングルーム」においては、私語が禁止されているため、お茶をしながらの雑談を楽しまれる人は、別の「談話室」を利用する事になるからです。背後で「名曲喫茶だって、入ってみよっか!」と声を弾ませていた通りすがりの女子達も、リスニングルームには結局足を踏み入れなかったようです。
下の階で買ったパンを持ち込む事ができるのですが、以前はリクエスト曲もすぐには考えつかなかったため勿体ないと出直し、改めてクラシック好きな知人に柳月堂でのおすすめのパンと、お気に入りの楽曲を教えてもらって再訪。
飲食代金の他にチャージ料を払い、ビニール袋は食べるときに音を立ててしまうので、中のパンを備えつけのお皿の上に移してから、リスニングルームの重い扉を開けて中に入ります。
携帯電話はもちろん、ノック式ペンの使用も禁止、各卓上の紙おしぼりも静かに封を切るための鋏が添えられているという徹底ぶり。
その代わり、見渡すと客人は年齢層が高く、首を落としてスマートフォンを操作している人も、世間話に夢中になっている人もいません。
グランドピアノの両側には、左右に音を広げる木製のスピーカー、二人掛けができる程のゆったりとしたソファーや、読書や書き物をする人のためのスタンドライトが置かれたテーブルもあり、純粋に音楽に包まれるための空間がそこには用意されています。
スタッフの女性が、リクエストされた曲名を手書きで五線譜ノートに記していき、レコードリストもびっしりと棚を埋め尽くしてあるので、これまでにどんな曲が求められて来たのかを伺い知る事もできます。
初来訪だったので、大袈裟なくらい息を潜めて、常連さんのお邪魔にならないように細心の注意を払いながら過ごしましたが、飲み物の氷から空気がはぜる音が聞こえる程の静けさは、自分の家でもなかなかできない心地良い緊張感でした。

美は「愛でる」もの

9月25

eki 美術館「えき」KYOTOにて開催中の「京の至宝 黒田辰秋展」。
お茶の稽古を通して初めて出会った黒田辰秋の作品は、一面に螺鈿が施された中次の茶器と、この展覧会のポスターと同じ四稜捻の形をした朱色の茶器でした。
伝統的な木工芸なのに、どこかモダンで、現代洋間に置いても違和感の無い意匠。
照明を反射して輝くというよりも、内側から光が滲み出るかのような発色。
祇園の菓子舗「鍵善良房」にも、彼が手掛けた菓子重箱があると聞いて、帰りの足でそのままお店まで足を運んだ記憶があります。
これらの作品を、今回美術館という空間でケース越しに観ていると、そのちょっとの距離感が何だかもどかしく感じられ、これまで稽古場で直接手に触れて愛でる事ができたのは非常に幸運だったのだと思わずにはいられませんでした。
無数にある芸術品の中で、絵画作品こそ手に触れる事は叶いませんが、やはり工芸などの造形作品は、飾って眺めるだけでは勿体ないし、その魅力は十分には伝わってきません。
親や親族から美術工芸品を受け継いでも、「その価値が全く分からない」と手放してしまう人は、それらが距離を置いて飾られるかしまい込まれたままで、実際に使ってみるという機会の積み重ねが与えられなかったからではないでしょうか。
茶の湯が現代でデザインを学ぶ学生やアーティストから今もなお支持されているのも、こういった作品を手に取って重さや質感を感じたり、手中で光の当たる角度を変えてみたり、蓋を開けて裏側を見てみたりして、実際に触れる事ができるからなのかもしれません。
もしも自分が将来、何かしらの芸術品を求めるような事があるとすれば、極力使って、その美を他の人々と共有したいと思います。

« Older EntriesNewer Entries »