e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

人形はお守り

4月26

musha
我が家に五月人形がやってきたので、お雛様と交代で飾っています。
やんちゃな盛りの怪獣たちの手の届かない玄関に飾れるケース入り。
鯉のぼりは、今後のお空と相談して挙げる予定です。

お雛様と同様に、武者人形や兜には、その子の身代わりとして災厄を引き受けたり、護ったりする役目があるので、子供が幾つになっても飾って良いものなのだそうです。
数年前に、不注意による事故で子供を救急搬送したことがあり、その際に家に飾ってあった小さな京陶人形の童大将の人形を「人形(ひとがた)」のつもりで、思わず手に持って同行しました。
そんな経緯で人形の顔や身体には擦れた跡が付いてしまいましたが、今も元気におもちゃで遊んでいる我が子のそばで、毎年その小さな大将を手に、気持ちを新たにしています。

今年のまだお雛様を飾っている期間中、妬きもちなのか、息子が「ぼくのお人形も出して」とせがんだので、「もう少ししたら飾ってあげるから、今だけね。」と箱から出して持たせてあげました。
ふっくらとした小さな両手にそっと載せて、嬉しそうな顔。子供にも何か伝わるものがあるのかもしれません。

武者飾りは飲食店でも飾られていることが多く、5月から本格シーズンを迎える川床のあるお店で見かけることもしばしば。
破魔弓や刀飾り等一般家庭ではなかなかできないような、立派なお飾りを垣間見る事ができそうですね。

日本を元気にする招き猫パワー

2月23

neko
2022年2月22日は「スーパー猫の日」という言葉がにわかに流れてきて、ふと思い立って八瀬にある「猫猫寺(にゃんにゃんじ)開運ミュージアム」に行ってみました。
八瀬比叡山口駅から川に沿って15分程歩きますが、着いてみると駐車場が広い!
中に入ると、これまでの静かな道のりからは想像つかないほど、猫グッズを求めて列を成す人々の熱気が境内(?)にありました。

猫がたくさんいる猫カフェみたいなところかと思い込んでいましたが、現在はカフェとしての営業はされていません(ドリンクのマシーンは有り)。
袈裟風のよだれ掛けを身に付けたもふもふの猫住職見習いのマヨちゃん以上に、猫グッズと猫作家・加悦雅乃さんの作品がどこに目をやっても入ってくるのでした。
幼少の頃より絵画にのめり込み、11歳から猫を描く作家として活動を始め、11年間で16点の作品が国内外で入選・受賞されている雅乃さんの22歳記念を兼ねて個展が開かれています。
5月までの期間中は、普段は特別拝観の人しか入れない地下の「22GBar」に無料で入場できるのですが、洋風アンティークな空間で上階とは別世界でした。
作風は、あふれるままにキャンバスに塗り込んでいくような、素直な発想のものばかり。京都の名所と猫を描いたポストカードもありました。

複数のテレビ番組から取材を受けているらしく、お寺の前にはたくさんの器材が。
招喜猫(まねきねこ)宗総本山に祀られる大日猫来(にゃらい)を前にオリジナルのおみくじを引く人や御朱印を求める人まで。
恐るべし猫好き人の購買力。社会福祉施設の利用者の作品の販売や就労支援等も行われているようです。
日本の経済はにゃんこが回す!!

歩みを止めない理由

2月1

hana今年もお茶の初釜に参会することができました。
ここ数年、密室の空気が澱むのを良しとしない情勢なので、さらさらと柔らかく溶いた濃茶は恒例の回し飲みはせず個別に点てられるなど、風情を損ねることなく場が効率良く流れていくよう創意工夫がなされていました。

茶道は「総合芸術」とよく言われます。
和服に袖を通し、手入れされた露地を進み、様々な調度品にしつらえられた中で、茶器に触れて、その場の仲間と共に抹茶を頂きます。
その環境や工程の中に、どれだけの職人さんや若手作家の手仕事が盛り込まれているか、想像してみてください。
疫病下でも師匠がお茶をやめないのは、そのような日本の文化を下支えする人々の仕事を凍結させないためでもあると、個人的に解釈しています。

毎年の同じ場所で仲間と時間を共に過ごすことは、飛花落葉の中で自分自身はどの様であったか、振り返る機会でもあります。

仕事でも日常でもない時間。
程よい緊張感の心地よさが味わえる時間を持ってみませんか。

伝統を突き詰め未来を拓く

1月25

nendo   久しぶりにしっかりと雪が積もった平日の二条城
『「nendo×京都の匠展」-NENDO SEES KYOTO-」』の暗闇の会場の中では、人と行き交うこともなく作品を観ることができました。
nendo」というデザインオフィスの名前に馴染みの無い人でも、「2021年の東京オリンピック・パラリンピックの聖火台をデザインした」と聞くとピンとくるかもしれません。

風神と雷神を描かずして京指物と彫刻の技術で木格子を立体的に表現した宮崎家具の「風神雷神図屏風」。
「植治」の次期十二代・小川勝章氏が選んだ京都府亀岡市産の春日部石等の一部を内装用木材に切り替え、更に引き出しを仕込んで家具にすることで「外で鑑賞する庭石」から「屋内を庭園化」した石。
強度の高さと丈夫さが特徴の京提灯にあえて「弱さ」という因子を加え、竹ひごに関節の様な可動性を持たせることで「裏表をひっくり返して姿を変えられる」小嶋商店の提灯。
漆を塗り重ねて蒔絵を施すのではなく、逆に下地を削り出し、工業用技術「サンドブラスト」技術を用いて四季を表した十三代中村宗哲氏の4つの棗。
京釜師・十六代大西清右衛門氏の伝統技法と最新の金属加工技術を組み合わせた器や、まるで編んだような曲線と香りの変化や融合が楽しめる松栄堂のお香。
これらの作品群の面白さは製造工程にあり、会場各所に展示してある解説と映像はぜひとも観て頂きたいところです。

樂焼の十五代・直入さんの茶碗は、ワインやハーブティー等の色素をチューブを通して茶碗に染み込ませて色付けるなど、「器で飲む」はずが「器が飲む」という、茶目っ気のある展示でした。
「nendo」代表の佐藤オオキ氏は、大阪・関西万博の日本政府館の総合プロデューサーにも就任しており、京都のお隣の「府」で開催のイベントということで、これからの活躍が注目されますね。

京の底冷えに備えて

11月2

SILK DE KYOTO  
家の中では靴やブーツから解放され年中裸足でいたい自分でも、秋冬はさすがに足が冷えます。
とはいえ、靴下に足全体がすっぽり包まれると、時に暑くて脱いでしまうことも。そうなれば温活どころではありません。

たまたま和文化インフルエンサー・福満香織さんのインスタグラムを遡って見ていると、「SILK DE KYOTO」というブランドの靴下を発見。
早速ネット検索をして、レッグウォーマーが無いか探しました。
その昔、鍼灸師に「熱がこもりやすい人は、靴下よりレッグウォーマーの方が、余分な熱を放出してくれるからいい」と聞いていたからです。

「京都西陣の絹糸商が選んだつむぎシルク(絹紬糸)を使用」との謳い文句に俄然興味が湧きました。我ながら単純ですね。
外側はシルク100%、肌に触れる面はコットン100%ということは、化繊の肌着を着ると何だか落ち着かなくなる体質で綿ばかり選んできた自分にはうってつけです。
ふわふわとボリュームがあるものと、薄手でボトム下にも履けそうなものとを購入して現在愛用中です。
滑らかな肌触りがよく、鍋を食べて汗ばんだとき以外は布団の中でも暑くて脱ぐということはありませんでした。
かかとやふくらはぎは、つるつるとはまだいきませんが、いつもより保湿されている感覚はあるかな?

紅葉の美しい季節の到来は、「京の底冷え」の厳しさを足元から身をもって実感できることを意味します。
同じ敏感体質で、最近ふくらはぎの冷えに困っている父親にも「シルク肌着デビュー」としてプレゼントしようかな。

2021年11月02日 | お店, 和雑貨 | No Comments »

テキスタイルが繋ぐ東西の縁

5月19

fin かつて京都を案内したフィンランド人夫妻から贈り物を頂きました。
北欧グッズの数々中にマリメッコのクッションカバーがあり、京都出身のデザイナー・脇阪克二氏(現「SOU・SOU」のテキスタイルデザイナー)による「ピック・ブーブー」の柄でした。
昨年からメールと手紙で互いにこのパンデミック下での近況を報告し合い、それぞれの家族の健康と平穏を祈りました。

お礼として、こちらからは日持ちのする宇治茶と、唐紙のレターブックを。
相手はとてもおしゃべりな人で、立て板に水の様な口調そのままに、話したいことが溢れすぎて便箋の裏側にまで文字が続くほどなので、
きっと便箋がたくさんいるだろうと思ったからです。
(ちなみに、息子さんは一行しか返信を書いてくれないと、嘆いておられました)

cocon烏丸にある「雲母唐長 四条店」を尋ねたのは随分前の事なのですが、上記の旨を伝えると、
レターブックの中に、フィンランド人デザイナー・Saana ja olli(サーナヤオッリ)が出がけた便箋が入っていると教えて頂きました。
奇しくも、送り先住所と同じトゥルクの出身のようです。
「マスクの仮置きに挟んで使ってください」との一文を添えて、唐紙の模様が透ける懐紙も同封しました。

そろそろ、届く頃かな。

2021年5月19日 | お店, 和雑貨 | No Comments »

失われゆく遊郭建築

4月21

hashimoto
夏目雅子さん主演の映画『鬼龍院花子の生涯』にも登場する橋本遊郭。
かつては82軒もの妓楼があったそうですが、10年以上ぶりに訪れてみると、遊郭の名残を感じさせる建造物は今も僅かに残っています。
橋本遊郭跡にある大店の一つが旅館「橋本の香」として生まれ変わっており、漢方エステや足裏マッサージが受けられるほか、500円で内部を隈なく案内してもらえます。

屋久杉の木目が美しい欄間やステンドグラス、今となっては容易に再現することが不可能な霜ガラスや色とりどりの豆タイル。
どこを切り取っても写真映えがする異世界は、寺社をお参りするだけでは見られません。一般の女性が敷居を跨ぐことができるのは、現在だからこそ。
贅を尽くした遊郭建築は基礎からしっかりと作られているので、長年風雨にさらされ地震を経ても周りの住宅よりも持っているのだとか。
文化財級の価値がありながら公的に保護保存される事もなく、その貴重な素材や意匠は取り壊され更地や駐車場になるなど徐々に失われてしまっています。
色街の遺産とも言える曰くつきの建造物を買い上げ保存に動き出せるのは、日本人よりも中国など海外の人の方が積極的なのかもしれません。

二軒隣の「旧第二友栄楼」も500円の追加で一緒に中に入らせてもらいました。
老朽化した築120年の妓楼を、中国茶を楽しむ茶楼に生まれ変わらせるために改装中で、軋む廊下や階段を進むと、前の持ち主が残した着物や古いカメラ等の雑貨がいっぱい。
これらの貴重な建築を活用し保存するためのクラウドファンディングが27日まで行われています。
物干し程の広さのバルコニーもあり、どんな風にこれから変貌していくのか、とても楽しみです。

銘木と椿の競演

3月17

taizan 銘木商・泰山堂(新烏丸通丸太町上ル新富町304。075-213-0355)というところで椿展があると誘われ、お邪魔しました。
庭園に植わっている椿の木を回遊するのかと想像していましたが、畳敷きの小上がりのある、こじんまりとした数寄屋建築が会場でした。

染付とのコントラストが鮮やかな花の群れに迎えられ、ある花は燗鍋の口から枝を伸ばし、ある花は唐紙の版木を敷板に、またある花は仏手のような彫刻の指先に花を付けていました。
その品種も「月光」「赤城」「百合椿」「千寿」、そして雷光のように枝をうねらせた「雲龍」など、花びらの色から葉の形状まで実に豊富です。

美しい椿は寺院や庭園、お茶席の床の間など京都でたくさん出逢えますが、様々な古材や花器の絶妙な取り合わせで生けられた姿を一度に観られるのは新鮮でした。

「真の美しさに触れた時、人は心強くし、何度でも再生できる」
案内状にはそう書かれていました。

撮影は可能ですが拡散不可なので、ここでの椿の画像をお見せできないのが残念ですが、
この椿展は毎年3日間だけ開催されているそうなので、来年のご参考までに。

手のひらの国宝

3月9

mini
仁和寺で茶室の模型展が開かれているとの口コミを得て、行ってきました。

御殿の白書院を会場に、手の平サイズの茶室と茶道具等がずらり。
それも、豊臣秀吉黄金の茶室や千利休の待庵など、基本的に非公開で入ることのできない茶室ばかり。
ミニチュアが好きでよく観ますが、幻とされている茶釜や国宝の茶碗、茶懐石のそれは他で観た事がありません。

模型製作が趣味だった関山隆志さんが、24歳の頃に職場の茶道部で初めて茶道に触れたことからのめり込み、還暦を過ぎてから茶室の模型の製作を始められたそうです。
できるだけ実物を訪問し、交渉をして見学をさせてもらい、1/12のスケールに落とし込んでいるとのこと。
LED等の照明を組み込む事で陰影や奥行ができ、ミニチュアながら庭園の眺めに清々しさまで感じられるのが驚きです。

観る角度を変えると見える物が現れる遊び心もあって、何よりも楽しんで製作されているのが伝わます。
会場にいたスタッフ方やお客さんとも和気あいあいと楽しませていただきました。

この展覧会は3月7日で終了しましたが、2年前にも嶋臺ギャラリーで個展をされていたそうなので、またどこかで新作とともに企画があるかもしれませんね。

大福を願う帳面の寺

8月13

shuin
盛夏から晩夏へと向かう今日この頃。
曇っていて風のある日は、自転車でも意外と快適でした。
小さな街ながら、徒歩より早く車より小回りの利く自転車で巡っていると、思わぬ発見があります。

たまたま通りかかった大福寺というお寺に、若い人々が入って行くのを見て、立ち寄りました。
中にはおびただしい数のご朱印とご朱印帳。この若者たちは信者?それともご朱印マニア?
親指ほどの大きさのご朱印帳もあり、それに応じた規格の小さな小さなご朱印の札も月毎に用意されていました。
なぜこんなにたくさん扱っているのだろうと思っていたら、「大福」という縁起の良い寺号により、お正月には商売繁盛を願う商家の出納帳に寺の宝印を授与する習わしがあったそうで、それが「大福帳」の名の由来となっているそうです。

これも何かの縁と思い、ご朱印を求めることにしました。
令和二年の年号が入った五山の送り火の意匠です。
この朱の点は、おそらく今年の送り火で点火される地点かと思われます。
何十年か経ったころに、自分も子や孫に「あの年はこんなことがあって、送り火がね…」と語り継ぐ日が来るのでしょう。

表の鐘も搗かせてもらい、思わぬ迎え鐘となりました。
お参りの際には、事前に公式ツイッターのご確認を。

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