e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

子供と楽しむ京都

10月1

chelo
乳幼児連れで参加できる『育みコンサート』が妙心寺塔頭の大雄院で開催されました。
赤ちゃんが泣いても、子供達が走り回っても大丈夫。大人が「しーっ!」と言わないコンサート。
300年の歴史ある大広間と、眼前に広がる緑豊かな庭園。こんな所でオムツ替えまでさせてもらってもいいんだろうかと思うような環境です。

映画『おくりびと』で本木雅弘さんの演奏指導を行っていたというチェロ奏者の斎藤孝太郎さんのソロコンサートで、子供達は手拍子をしたり、チェロの周りに集まったり、自由に動き回ります。
和尚さんも自身の幼いお嬢さんを抱きながら、足でゆったりスイングしておられました。
我が子は庭に降りようとしたり、周囲を携帯カメラで撮りまくったり、お寺の玄関のすのこを気に入って、ずっと行ったり来たりしていましたが、拍手の時だけは参加していました。

ディズニーやジブリなど、和尚さんの奥様による選曲で、子供達は次第にノリノリ。終いにはお堂の真ん中で踊り始め、盛況のうちに幕を閉じました。
こちらでは他にもアートイベントや秋の特別拝観も予定されています。

帰りに寄ったカフェ「fuyukostyle」も、おうち兼店舗みたいなところ。全てテーブル席ですが、子供のおもちゃも2,3個ほど置いてあります。
「妙心寺さんも、最近ヨガとか色々やってはりますね」と、眠ってしまった我が子を見て布団を敷いて下さり、久ぶりにゆっくりケーキを頂く事ができました。
パティシエさんの祖父が着物の図案の参考にしていたという名だたる作家の絵画の図鑑が置いてあり、それをきっかけにおうちのお父さんと世間話をしていると、
「すみません~父がすぐ一緒に話に寄っちゃって」とパティシエさん。

洗練されているけど家庭的なおおらかさを感じる一日でした。

主の息遣いが残る旧宅

9月25

kyutaku
9月末まで展開している「京の夏の旅 文化財特別公開」では、寺社に加えて京町家や旧宅が公開されています。
旧湯本家住宅は、これまでに無かった平安京の通史をまとめた『平安通志』の編纂事業に携わった歴史家・湯本文彦氏の教養が偲ばれる旧宅です。
湯本氏の提案による平安京の実測事業を元に建立された平安神宮は平安遷都千百年紀念祭事業の一つで、その記念品として作られた墨の余った抜き型を、自宅の襖の引き戸に再利用するなど、発想がなんとも数寄者的。
道中のほんの数分程の間に、緑豊かな京都御苑から同志社大学の煉瓦造りのアーモスト館を経て相国寺門前へと景色が目まぐるしく変わり、自宅の庭からも洋館が見えるという、ある意味「京都らしい」立地も、湯本氏が余生を楽しんだ終の住家としてふさわしいものがありました。

そこから京都御苑の中を抜けて、今度は藤野家住宅へと向かいます。
これまで私達が触れてきた「町家」は商家の造りである「表屋造」が多かったように思います。この藤野家住宅は高い塀を構え、住居として建てられた「大塀造」です。
こちらもまた当主が茶の湯を楽しんでいたそうで、茶室が玄関を兼ねているというのも新鮮。また、部屋同士が襖一枚で仕切られているのではなく、廊下が客間と移住空間を隔てているのは京町家としては近代的だとか。
畳をよく見ると、真ん中にほんのり色が異なって見える帯状の部分があります。これは二本のい草を継いで縫った「中継ぎ表」で、京都迎賓館でも見られたものですが、こちらのは機械ではなく職人さんの手による高級品なのだとか。
貴重な畳を傷ませないためか、普段はカーペットでか隠れていたようです。
京の町が時代と共に変わりゆくなか、個人の努力で維持されて来た旧宅や、その歴史的・文化的価値に気付かれないままの旧宅がまだまだあるかもしれませんね。

見た景色、知らなかった世界

9月16

mikei
天皇の菩提寺である泉涌寺にて、「御寺(みてら)ART元年 未景(みけい)」展が16日まで開かれています。
久しぶりにあのきつい坂道を登ると、木陰に入った辺りから、羽織っていたカーディガンが秋風をはらみ、うっすらかいた汗が体の火照りを爽やかに奪っていきました。

特定の集団に属さず独自の表現を探る美術家26名による様々なジャンルの作品群に、鴬張りの廊下を歩きながら次々と遭遇していきます。
巨石が美しい泉涌寺の庭に溶け込んだオブジェ、既知のものを作家の目線で解釈し直したもの、阪神淡路大震災を経験した現地外国人が当時を語る映像作品など。
来訪者は多過ぎず少な過ぎず、小さな子供連れの若い家族もいて、ゆっくり自分のペースで観る事ができました。
真面目な作品ばかりではなく、「イケメン美人画」として描かれた寝仏も見ものです。

参道を登り始めたお昼間はまだセミの鳴き声が落ちついたトーンで聞こえていましたが、会場を出た頃には陽が傾き、夕暮れの境内の静けさが名残り惜しくて、この場ならではの夏の名残りと秋の始まりの空気感をもう少し味わっておけば良かったかな…と坂道を降りながら思いました。
なお、学生さんの拝観料は学生証の提示で無料となり、最終日16日の14時半より妙応殿にて、中野康生氏による寺院や文化財での表現・アートの楽しみ方を、誰にでも分かりやすく紹介する講演会も行われます。

ドレス・コードは何のため?

9月3

dress京都国立近代美術館で「ドレス・コード?――着る人たちのゲーム 」展が開催中です。
スーツや迷彩柄にトレンチコート、デニムにタータンチェックなど、誰もが目にし袖を通してきたアイテムが、時代を経るうちにドレスコードを飛び越え、世相を受けて新たな価値を纏っていく様が分かりやすく展開されています。
女性の社会進出を象徴するシャネルのスーツやジャン・ポール・ゴルチエの浴衣等のハイブランドの系譜だけでなく、漫画や著名なアートとのコラボ、制服がアウトローのアイコンと化した映画ポスターなど、見どころたくさん。
社会のあらゆる状況にふさわしい装いのエチケットとされる「ドレス・コード」とは、むしろ守るためというより、破り表現するためにあるのかとさえ思えてきます。
という事は、「世の中の常識」と呼ばれるものは時代によって変わっていくものであり、私達は日々そのコードを越えたり越えなかったりと駆け引きを繰り返しているのです。
極め付きは、昭和時代の暴走族グループ「レディース」の特攻服姿や、アニメのキャラクターを再現するコスプレイヤー、九州のド派手な成人式の衣装など日本で独自の進化を見せた現代ファッション。
なんとおじいちゃん、おばあちゃんの農家ファッションや、広島で有名なホームレスについての情報も、壁面のQRコードを携帯電話で読み取る事で得る事ができます。
これらを眺めていると、「日本人は没個性でルールに忠実な人種」というイメージは本当なのか?と疑問に思ってしまうはず。
一部は撮影も可能。「インスタ映え」を狙った美術展も増えてきましたね。

淀城ってどんな城?

8月6

siro
京都と大阪の間、淀競馬場の近くにあるお城と言えば淀城。
一般的には、豊臣秀吉が側室の淀君に子を産ませるためという名目で築城した事で知られていますが、一体どんなお城だったのでしょうか。
歴史講座「京近き名城・淀城と淀藩政」を先月受けてきました。

現在は本丸と天主台の石垣のみが残されていますが、かつての姿は、淀川の水を庭園に流す水車が回り、まるで川の中に城が浮かんでいるような美しい白亜の城だったそうです。
京都の外港であり、奈良など各地を結ぶ交通の要衝で、聚楽第と大坂城との中間地点という事で、秀吉もここに目を付けていたのは当然のことでしょう。

文禄3(1594)年に豊臣秀吉の隠居先として伏見城が建てられてから中世の旧淀城は一旦廃城となり、その天守と櫓は解体されて伏見城へと運ばれました。
後に豊臣氏が滅亡して徳川幕府による大坂城が築城されると伏見城も役目を終え、淀の中島に築かれた新しい淀城は本丸に五層の天守閣を擁していたそうです。
当初は、廃城となった伏見城の天守閣が新たな淀城に移築される予定でしたが、急遽二条城へ移される事になり、淀城には二条城にあった天守閣が運ばれました。
その天守は淀城の土台よりも小さめだったため、空いた空間に櫓が建てられて三重櫓となりました。

二条城の天守も、淀城そのものも無くなってしまい、残念ながら櫓は一つも残りませんでしたが、淀駅周辺には関連した地名「淀新町」バス停留所や石碑などが残されています。
水車のモニュメントもあるので、競馬のついでに、いや城址巡りの入門編として、「駅近」の淀城探訪はいかがでしょうか。

乳児連れで山鉾巡行を観る

7月29

jun
乳児連れでも祇園祭を楽しめるのか。チャレンジは後祭巡行まで続きました。
唐櫃を担ぐ形で193年ぶりに巡行に復帰する鷹山を見届けるべく、朝の烏丸御池へ。
早く着き過ぎると子供がもたないので、熱中症対策を万全にして巡行開始の20分程前に現地入りしました。
巡行が始まる頃には、子供はベビーカーの中でねんねしてくれて助かりました。

鷹山の列の出発は、舁き山の代わりに唐櫃がある以外は特別変わった事もなく、まるで毎年の事の様にごく自然なものでした。
その後に、2014年に山鉾巡行に復帰を果たした大船鉾が続いていく様は、感慨深いものがあります。
前祭の巡行の四条通りは黒山の人だかりの中を行き交うのも大変ですが、後祭の巡行列が進む御池通りは広々としているので、海原を進むかのような大船鉾と並走するようにベビーカーを押し東へ移動。
辻回しを見届けている間に子供が目を覚ましたので抱き上げましたが、割とご機嫌で、初めて目にする山鉾のお囃子の音色に耳を澄ましているようでした。
付近の保育園の園児たちはカートの中から、作務衣姿の赤ちゃんも親御さんに抱かれながら山鉾を見物しています。
寺町御池の角では、くじ改めも人の合間から垣間見る事ができました。場所取りをしていなくても、意外と観れるものですね。
その後の神輿も追い掛けたいところですが、夜遅くなるのでここらで切り上げることに。

昔は、宵山の3日間とも祭に繰り出したり、神輿の御霊が八坂神社に還る深夜まで追っかけたりしていましたが、なんとか今年も、乳児連れでもそれなりに祇園祭を楽しむ事ができました。
→動画はこちら

島根県の津和野と祇園祭

7月10

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祇園祭は2019年で1150年の節目を迎え、奉祝行事として島根県の津和野町に継承された祇園祭鷺舞神事の里帰り奉納が行われました。(動画はこちら)
「里帰り」というのは、津和野の鷺舞は、天文(1542)年に京都から山口を経て伝わってきた国の重要無形民俗文化財なのだそうです。
戦乱や天災などにより何度も中断を余儀なくされた京都の祇園祭行事は、他府県の祭にも広く影響を与えていますが、かつての京都祇園会の姿を、山陰の小京都が今に伝えているというわけです。
どうやら「笠鷺鉾」なるものが約600年前には存在していたようで、鷺舞はその周りで踊られていたものだったようです。

棒振りが舞い、羯鼓(かんこ)が鳴り、雄雌つがいの鷺が真っ白な羽根を広げるたび、歓声が上がります。
そういえば、かささぎは織姫と彦星の逢瀬の橋渡しをした鳥だったような。
10分ほどの神事で物足りないくらいでしたが、七夕気分も味わいました。

津和野の鷺舞はこの日限りですが、逆輸入のように参考にして復興された鷺踊りを子供達が舞う姿が16日の宵宮神賑奉納行(鷺踊りは19時半頃から)や10日のお迎え提灯24日の花傘巡行で観る事ができます。

遺跡のある動物園

6月12

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京都市動物園は、全国で2番目となる1903年に開園し110年以上の歴史があります。
また、平安期に建立されたとされる法勝寺跡の一部であり、ちょうど観覧車の辺りには八角九重塔が建っていたといいます。
暑さを心配していましたが、木陰や屋根のある休憩スペース、霧が降り注ぐミストシャワーもあり、時折日陰でお茶を飲み休憩しながら園内を巡りました。
ちなみに、借りられるベビーカーは18台分とのことです。
ここに来たのは、もしかすると子供の頃以来かもしれません。かつては、どこの動物園も水族館も殺風景なものでした。
子供心に「ここの生き物たちは、退屈しないんだろうか。幸せなんだろうか」と思ったものですが、京都市動物園は2015年にリニューアルオープンを果たし、図書館カフェやバイキングレストランも併設されました。
背の高いキリンを渡り廊下から見下ろしたり、歩く猛獣を自分の頭のすぐ上で観る事ができたり、より生き生きとした生き物たちの生態を観られます。
ペンギンもいたのは驚きでした。
人気アニメや劇団、美術館と協同したイベントを催したり、夜間開館や動物の入る温泉を企画したり、昨年12月にはニシゴリラの赤ちゃんが生まれたりと、何かと話題も尽きません。
昨年は、琵琶湖疏水を引き込んだ「京都の森」内のせせらぎで蛍の飛翔が確認できたそうですが、今年は姿を見せてくれるでしょうか。
なお、16日には近くの岡崎公園で「バスまつり」も行われます。動物好きな子も、車好きな子も、岡崎に集まれ~!

2019年6月12日 | 観光スポット | No Comments »

駅近の山荘・白龍園

6月5

haku  
京都通あるいはリピーターの中で、紅葉の名所は新緑の季節にこそ訪れるのが鉄則です。
秋の特別拝観で人気急上昇中の白龍園も、初夏に傾き始めたこの季節は、とても静かでした。
時折は叡電の車輪の音こそすれ、聞こえてくるのは、鳥のさえずり、水流、庭を手入れする鋏の音、自分の足音。
所有するアパレルメーカーが、その土地の神を祀り手作りで庭園を創り上げ、数年前まで顧客に対してのみ公開していたそうです。
つつじの盛りは過ぎていますが、あちこちの蹲や東屋の花入れに可憐な花が生けられ、おもてなしが感じられました。
園の向かいにある「河鹿荘」はぜひ併せて立ち寄ってみてください。
囲炉裏が二つある古民家の風情で、喉を潤しながら外の新緑を眺められます。
冬になると、子供連れのお客には、灰吹きを体験させたりする事もあるそうですよ。
白龍園、河鹿荘ともに、二ノ瀬駅からから徒歩7分という立地ながら、山深い集落を訪れたかのような錯覚は、京都市の真ん中では味わえない魅力です。
白龍園に入るには、通常は出町柳駅にて拝観券を購入する必要がありますが、この春は白龍園でも拝観券を販売しています。

京北で桜ドライブ

4月24

keihoku 先週末は、右京区京北にある宝泉寺の桜を観てきました。
京都市内よりも開花が遅く、シーズン終盤のお花見が楽しめます。
遠く坂の先の壁越しにピンク色の桜が溢れるように垣間見えてくると、期待値が上がります。
その割に「花より団子」とは言ったもので、着いてすぐさま東屋の日陰の中でぜんざいやよもぎ餅を頬張りました。
京北地域では、お正月に餅で納豆を餅で包んだ「納豆もち」を食べる風習があり、こちらもぱくり(味はそのままでした!)。
徒歩で一周できるほどの丘に、「観音桜」、「平安しだれ桜」、「金剛桜(うわみず桜)」、仁和寺から移植した「御室桜」、「楊貴妃」などの希少な桜が約20本あるそうで、子供が触れられる程の高さに枝を伸ばしたものや、桃色のシャワーの様な木がたくさんありました。
夕方になってからもぽつり、ぽつりと参拝者が絶える事はなかったのですが、不思議と静か、車で時間をかけて来て良かったと呼べるのどかな名所でした。
東屋に置いてあった「花降る里けいほく SAKURAめぐりマップ」によると、樹齢300超年とされる「黒田百年桜」をはじめに周辺にも美しい桜の木があくさんあるようで、紹介されているスポットは39箇所も!
また、夕方の帰路の高速が渋滞していたので、早めに京北に入って車で巡るのが正解かもしれません。
今年の「桜まつり」は終了しましたが、桜は自由に見学できるそうです。まだ間に合うかも!?

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