e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

美容室「やまと」と日本髪資料館

2月27

yamato芸舞妓や嶋原の太夫の髪を結ってきた美容室「やまと」と併設の日本髪資料館が2月末で閉められると聞いて、慌てて見学に行って来ました。
コンパクトな空間ながら、櫛や簪にも本物にこだわった日本髪の豆かつらは古墳時代から現代のものまで、想像を越える数でした。
実演映像の上映もあり、束ねられた髪がまるで漆を塗り込めた板の様になり、そこからみるみるうちに髷(まげ)に変化していくダイナミックな手技に引き込まれ、一人で長らく見入っている人もいました。
真っ直ぐに伸び、「烏の濡れ羽色」と評される黒髪ならではの結髪の世界は、現代のアートシーンでも十分に通用する気がするのに、現在京都の結髪師は5人だけ。高齢化も進んでいるそうです。
「やまと」の結髪師・石原哲男さんは今後は持病の療養に専念され、閉館後の日本髪資料館のコレクションの行方についてはまだ決まっておらず、豆かつらをまとめて引き取って貰えるところを探す予定だそうです。

上羽絵惣の胡粉ネイル

12月26

neil年賀状の準備や大掃除に追われ、ふと自分の指先を見ると…爪がボロボロ!
ネイルを塗り直す時間も惜しいし、頻繁に除光液を使うと爪が乾燥して負担がかかりそう。

そこで買いに走ったのが、無臭で除光液不要の「胡粉ネイル」。
宝暦元年創業の絵具商・上羽絵惣が、日本画で使用する胡粉を活かして開発した天然素材のネイルです。数年前の秋に「京都画材まつり」で見かけて以来、「京都発の爪に優しいネイル」として雑誌などでよく見かけるようになりました。

水の様に軽い液状で、アルコールで落ちますが、ホタテの貝殻に含まれるカルシウム・マグネシウム・亜鉛等のバイオミネラルが爪を保護・保湿するため、落とさず何度でも重ねられるのがものぐさ者には嬉しいところ。
すぐに乾き艶も自然なので、ベースとして使う「白光」は手を駆使する職業の人や清潔感に気を遣う営業マンにも有効かもしれません。

有斐斎弘道館

11月28

kodo

日本のかたち展」が開催されているのを機に、有斐斎弘道館を訪れました。
門前の標石によると、この地はかつて江戸中期の儒者・皆川淇園(みながわきえん)の私塾「弘道館」の跡地とのこと。淇園は特別な師を持たずして殆ど独学で独自の学問を興し、三千人を超える門人を抱えていたといいます。また、諸藩の礼遇を受けたほか、画家・円山応挙らとも親交があり詩文や書画にも秀でていたそうです。

現在は現代における弘道館の再興を目指し、この地に建つ数寄屋のお屋敷を道場に、日本の伝統文化を学び、またその成果を発表する場として、若手の伝統文化の担い手を育てています。
それぞれの作品を鑑賞する際に立ったままではなく、ついつい腰を降ろして眺めたくなるのは、畳文化の国ならではかもしれません。
ビジターも参加できる月釜や茶事、京菓子専門講座に教養講座『天皇からみる京都』や今様・白拍子の装束体験など、一歩踏み込んだユニークな伝統文化体験が多数予定されています。

2011年11月28日 | 芸能・アート | No Comments »

明治の煙草王と延暦寺大書院

11月15
大書院の観月台を望む

大書院の観月台を望む

明治の煙草王・村井吉兵衛によって建てられた長楽館は、付随の家具と共に京都市指定有形文化財の指定を受け、それらを当時のまま「動態保存」という形で今でも使用されています。
その通常非公開の「御成の間」等を会場として『京都が生んだ明治のヒーロー「村井吉兵衛展」』が開かれています。
展示物は当時のレトロモダンな広告や商品パッケージが中心で短時間でも回遊できるので、館内の茶室で上映されているDVD(2本立て、各約16分間)と併せて観覧すれば、より当時の情勢への理解が深まり、楽しめると思います。

華族出の女官を妻に迎えるにあたって、東京赤坂の地に御所風に造らせた豪邸「山王御殿」は、後に保存のため比叡山延暦寺に移築され、当寺の「大書院」となりました。
屋久杉から切り出した板戸や、煙草の葉を一面にあしらった襖に観月台など、西洋風の長楽館はとはまた違った贅を尽くしたもう一つの迎賓館。
19日には通常非公開の延暦寺大書院を見学するツアーが企画されています。

国民文化祭・京都2011「植物園大茶湯」

11月7

chakai

京都府内のあちこちでが開催された「国民文化祭・京都2011」。どこに行こうか迷うほど濃厚な9日間はあっという間に過ぎていきましたが、皆さんは楽しまれましたでしょうか?

主要事業のうちの一つ「植物園大茶湯」は、豊臣秀吉が開いた「北野大茶湯」のように、誰もが自由に抹茶や煎茶、紅茶やハーブティーを楽しめる大茶会でした。
比叡山を借景にした海外留学生と京の女学生による正統派のお茶席では、茶の湯に向き合う真摯な姿勢に、こちらの背筋が伸びる思い。
カナダ人茶道家・ランディー・チャネルさんのお茶席も人気で、ホワイトチョコにきなこやメープルシロップを練り込んで茶巾絞りにした創作和菓子は、嬉しい驚きでした。
泉涌寺悲田院を拠点とする煎茶道東仙流による煎茶席では、湯呑みに茶葉が入った茶を、蓋をずらして頂く「啜り茶」というものを初めて体験しました。
一席300円とリーズナブルながら、それぞれに工夫を凝らしてあり、来場者も笑顔で広い芝生やバラ園、コスモスの中を巡っていました。

国民文化祭は閉幕しましたが、文化の町・京都ではまだまだ色んな催しが毎日どこかで行われています。

うずらギャラリー

10月24

uzuraインドのシタール、西洋のリュート、中国のチェロ・革胡(かくこ)による弦楽三重奏を聴いて来ました。会場は、以前から気になっていた「富田歯科医院」の看板が残る「うずらギャラリー」。
門構えは町家ですが、一歩入るとそこは「モダン建築のおうち」です。
今もここに住むご主人の話によると、昭和15年に朝日新聞の京都支店として建てられた後に個人宅となり、戦時中の間引き政策(空襲の類焼を防ぐため一軒毎に家屋を残し、周りを取り壊す)からも免れ、今はその一室をギャラリーとして、時には英語教室もされているそうです。
クリスタルのドアノブ、現役を引退した噴水や大きなのっぽの古時計もそのまま残してあります。
暖炉を背に、演奏者の間近でふかふかの座布団やソファに座って聴くスタイルは、まさに弦楽コンサートにぴったり。おうちの中に居る安心感からか、ジョークを交えながら和やかに進行します。
三条通りの喧噪はどこへやら。それぞれ全く個性の異なる楽器ながら、根底に流れる大きな世界の繋がりを感じる演奏会でした。

2011年10月24日 | 芸能・アート | No Comments »

京都の小さなアート空間

10月17

urban京都にも老舗のクラブやライブハウスなど小バコの音楽空間がたくさんありますが、木屋町の雑居ビルに入っているのは飲み屋だけだと思い込んでいたのは盲点でした。

先日初めて潜入した『UrBANGUILD(アバンギルド)』は今年でもう5年目だそう。アンティークランプを組み合わせたシャンデリアや、ミシミシときしむ床の感触、観客に近い舞台に、手作りの小劇場を訪れた様な気分になりました。
イベントの無い時や終了後には「Ur食堂」としても利用でき、ディナープレートを食べる傍ら無料ライブを楽しむ事もできます。

自分を何かで表現しようと模索している人、理想の自分に向かって瞳をきらきらさせている人、好きな事を黙々と続けている人達の姿を近くで観ていると、こちらもまるでろうそくの火を移すかのように、ほのかで前向きなパワーを分けてもらっているような気持ちになります。

宇治茶まつり

10月3

uji宇治茶まつり」が行われた宇治で、茶席や点心、抹茶ソフトクリーム等を楽しんで来ました。
興聖寺での口切り・献茶の儀では、慎重な所作で茶壺から取り出された茶葉が、ゆっくりと時間をかけ丁寧に石臼で挽かれ、豊かに流れる宇治川の水で点てたお茶と共に栄西・明恵千利休を祭る祭壇に供えられました。

もともと「薬」として日本にもたらされたお茶。飲むことで天と地の恵みを身体に取り込むだけでなく、それを取り巻く工芸品や、周りの人々や自然とのコミュニケーションをも発展させてきた「喫茶」は、万国に通じる普遍的な文化です。
禅の思想と融合して自己を見つめる「茶道」は、もはや他国に逆輸入されていると言っても過言ではありません。

興聖寺の茶席に掛けてあった言葉は「旦座喫茶(しゃざきっさ)」。
「ちょっと座って、お茶でも飲みましょう。」一杯のお茶でも、奥深いですね。

鮒の滝登り!?

9月26

funaturu鴨川から下木屋町を眺めると目に入る壮大な五層の楼閣建築。
フレンチダイニング「FUNATSURU KYOTO KAMOGAWA RESORT」は、老舗料理旅館「鮒鶴」を改装したお店と聞いていましたが、更に時代を遡った創業の明治3年には鮒を扱う川魚業者で、屋号は創業・田中鶴三郎の名に由来しているのだそうです。

大正11年に東山を臨む現在地に移り、宮大工の確かな技に築かれた折上天井や、鯉の天井画、大正期のシャンデリアを今に残し、アコーディオン扉の手動式エレベーターは今も現役なのが嬉しい。
残されていた絵によると、「鮒鶴」時代の川床は屋形船の風情だったのですね。

結婚式場としてのイメージが強い当館ですが、時折イベントも開催され、今月いっぱいまでは名残の川床でのお食事が楽しめます。

松ヶ崎題目踊り

8月18

yusen 五山の送り火の一つ、「妙法」の間にある涌泉寺にて日本最古とされる題目踊りとさし踊(京都市登録無形民俗文化財)が営まれました。
現地に着いて驚いたのは、涌泉寺境内から「大文字」が綺麗に見え、しかも周りには殆ど人が居ないということ。これならば、「妙」の送り火の点火を見届けたら「法」の見えるところまで移動し、そのまま涌泉寺で題目踊りが始まるのを待ちながら「大文字」が下火になっていく様を静かに眺める、という三つの送り火を拝む事ができますね。

独特の節回しの題目を唱える男女、兵児帯を揺らす子供たちやGパン姿の青年たちが一つの輪となって、約1時間にわたり踊り続けます。
揃いの浴衣の背に染められた「妙法」の山には、700年もの間踊りを受け継いでいた誇りと、同じ地域に暮らす人々が集う喜びが現れているかのようでした。 動画はこちら

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