e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

京の都と鎌倉幕府

3月8

出世恵比寿神社

出世恵比寿神社

2022年の大河ドラマは鎌倉が主な舞台ですが、京都にも関連する場所はあるのでしょうか。
驚くことに、それは秋の時代祭の時代行列の中にありました。

鎌倉時代を表す「城南流鏑馬列」は、承久3(1221)年5月に、後鳥羽上皇が朝廷権力の回復を図り流鏑馬に託して城南離宮に近畿10余りの国の武士1700名余りを集め、鎌倉幕府執権の北条義時追討の挙兵準備をした一場面とされています。
この影響は宇治川や比叡山にまで飛び火することになります。
この承久の乱の後、鎌倉幕府は京都守護に代えて朝廷を監視する六波羅探題を京都に置き、以降、明治維新まで600年以上に及ぶ武家政権が続く大きな転機となりました。

都落ちの際に焼失した平氏一門の邸宅六波羅第と、その後に鎌倉幕府によって設置された六波羅探題の址を示す石標六波羅蜜寺の境内に建てられています。
建仁寺の勅使門は六波羅探題北方の門、東福寺の六波羅門は南方の門を移築したものと言われています。
詳しくは「歴史さんぽ」をご参照ください。
(ちなみに、粟田神社境内にある出世恵比寿神は、源九郎義経が牛若丸の幼少時代に奥州下向の際、源家再興の祈願をしたとされています)

承久の乱はおそらくこのドラマのクライマックスかと思われ、ちょうど祭が斎行される10月頃になるのではないかと想像していますが、はてさて、どうでしょうか。

六波羅蜜寺

1月5

inaho年明けの初詣は、まず氏神さんにお参りに行き、翌日は今年のNHK大河ドラマにちなんで平清盛像がある六波羅蜜寺へ出かけました。

都七福神めぐりの弁財天を祀る護摩堂にて加持と稲穂を受け、希望のご利益の御守り(有料)を付けてもらいます。
本殿奥にある宝物館には平清盛坐像のほか、有名な空也上人像や運慶・湛慶父子の像もあり、定朝や運慶による地蔵菩薩像はどちらも柔和な表情をしていました。
最後に皇服茶(大福茶)を頂き、今年一年の病息災を願いました。

「e京都ねっと」は今年で干支を一巡致しました。これからもどうぞ宜しくお願い致します。