瀧尾神社と大丸と祇園祭
当初3日間だけの予定だった瀧尾神社の「木彫り龍」の特別拝観が、3月末まで期間延長(※木曜休み)されています。
辰年という事で夕方でも参拝客が絶えず、順番を待ちながら拝殿を見上げると、境内は広大というわけではないものの、美しい檜皮葺の屋根やその周りをぐるりと飾る彫刻が、とても立派なものであることに気付きます。
これらの彫刻が干支かと思いきや、後で調べてみると獅子や獏(ばく。象の様に長い鼻でした)、海馬(かいば。見た目は牛に似ていました)、犀(さい。亀の甲羅を背負っているように見えます)といった生き物だったのでした。
中でも、「鳥龍(ちょうりゅう)」は、天皇即位の高御座にも見られる神獣とされ、彫刻としての姿を見られるのは大変珍しいことなのだそうです。
これらは九山新太郎という江戸後期の彫り物師が手掛けたもので、大丸百貨店の創業家・下村家の子孫から寄進されたと伝わります。
大丸との縁は、創業者の下村彦右衛門正啓(「福助」人形のモデルとも)が行商へ行く道中にあった当社を常々参拝し、現在の京都大丸の屋上にも瀧尾神社から分祀した稲荷社へ毎月一日に宮司が欠かさずお参りをしているとのこと。
初公開されたのは、拝殿の天井を泳ぐ木彫りの龍。髭の先から尾までなんと全長8m。
こちらも下村家から寄進され九山新太郎とその弟子たちの手によるもので、鋭い爪の中に宝珠を携え、今にも動き出しそうなほど。
江戸時代に大丸呉服店の総本店が祇園祭の大船鉾の寄町にあった縁で、下村家が鉾の先端を飾る龍頭の制作を援助、その際に檜で作られt最終試作品が瀧尾神社に飾られ、新たに胴体も杉でもって制作されたのだそうです。
令和の時代も大丸が存続し、人々に親しまれているのは見ての通り。
ご利益とは、一方的にお願いごとをするだけでなく、日々の感謝を自身の行動で表すことでもたらされるのではないかと感じますね。
年の初めにいいものをみせて頂きました。