e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

丹後宮津の旧宅を観る・泊まる

9月5

mikami今回の丹後の旅で宿泊したのは、天橋立に程近い一棟貸しの「三上勘兵衛本店」でした。
外観は、漆喰に松の翠が映える商家の離れの佇まいですが、中に入ると綺麗にリノベーションされ、スタイリッシュな家具が配置されています。
まるで素敵な新築の家に引っ越したような気分で、一枚板のカウンターテーブルにカプセル式コーヒーメーカーやワイングラスも多数備わっています。
鍵を受け取ったら、チェックアウトまでここは宮津の我が家!

この宿の不思議な名前は、隣の「重要文化財 旧三上家住宅」の屋号に由来しており、宿のオーナーのおじい様の邸宅だったお屋敷だそうです。
宿泊の利用者には観覧券を頂くことができ、江戸時代に宮津城下で糸問屋や酒造業、廻船業などを営んでいた商家の賑わいと暮らしぶりを垣間見ることができます。
江戸幕府の巡見使、明治期には有栖川宮熾仁親王、小松宮彰仁親王の宿泊先にもなったそうで、旧家の花嫁衣装は今すぐにでも袖を通せそうなくらい刺繍が美しくて状態もいいものでした。
見学の間、子供達は庭園の縁側で亀の餌やりを楽しませてもらったようです。

この宿付近で利用したお食事処については、また後日。

340gへの挑戦

8月31

fc
8月も終わり。京都では小学校も始まりました。

話題が前後しますが、先日ご紹介した送り火鑑賞スポット周辺のお食事処は、
エフシーダイニングテーブル」というステーキのお店。
「胃にもたれないので最近気に入ってる」という父からの情報です。
主にアンガス牛、厳選した冷蔵熟成牛肉を使用しているそうです。

画像は、アンガス種のサーロインとリブアイステーキ各340g。
誰もが耳にした事のある「サーロイン」。
「サー」とは称号の事で、牛肉の中で唯一称号が与えられた部位なのだそうです。
赤みと脂身がきれいに分かれたアンガス種のサーロインは、噛み応えがありました。
熟成したアンガス種のリブアイは、ステーキ肉としては最上級とされ、肉質柔らか。
いずれも、テーブルの上に置かれてからも徐々に熱が中まで通っていくので、目の前に運ばれて来たら何はともあれ、堅くならないうちにすぐに味わうのがおすすめです。

なお、340g以上完食した人は、番付表に記入できるとのことで、一部の壁には手書きのメッセージがびっしり。
立地柄、学生さんが多いようで、お店を訪れたグループも大学生らしき男子だち。
若者でも気軽に来れるステーキハウスという事ですね。
340gに挑戦したのは初めてでしたが、意外に難なく平らげました。
でも家族でシェアしていたせいか、番付表は頂けませんでした。残念!

お肉がまだ上手に食べられない小さなお子様には、
国産本格ソーセージが食べやすいです。席数が限られるので、予約が無難です。

波も人も穏やかな町、伊根町

8月25

ine 子供の頃から何度となく「海の京都」こと京丹後方面へ家族旅行をしていましたが、今回は伊根町へ。
ちょうど直前に幾つかのテレビ番組紹介されていたそうですね。

朝は「もんどり漁」が見学できると人気の舟屋ガイドさんによるツアーを利用したかったのですが、その日は催行無しだったので、まずは海上から伊根町を象徴する舟屋群を一望!
お天気が良ければ大型の遊覧船の甲板に出て、広い青空と伊根湾の狭間に立つのも良いですが、盛夏では日差しを遮る屋根付きの小型の海上タクシーがおすすめかもしれません。
映画『釣りバカ日誌』や朝ドラ『ええにょぼ』のロケ地となった場所等も教えてもらい、「サスペンスのロケも多く、毎回人が死んでます」とのジョークも飛びます。

昼食は今春開店したばかりの人気店「食事処うらなぎ丸」へ。11時過ぎの時点で既に数組が順番を待っていました。
毎朝定置網から水揚げされる魚介を使ったお造りも寿司もボリュームたっぷりの定食なので、家族でシェアすれば欲張りランチに。海鮮が食べられない人には唐揚げも。

徒歩で伊根町観光案内所へ戻って「舟屋3か所巡り」を申し込み、それぞれ趣の異なる舟屋に入らせてもらいます。
木造船が主流だった頃に、船が痛まないようガレージとして海上に設けられた舟屋。
ちゃぷちゃぷと優しく打ち付ける波音に、今すぐ蒼い海の中へ飛び込みたくなりました。

海底がすり鉢状で、青島という自然の防波堤によって年中波が穏やかな港町の伊根町。
昔ながらの漁暮らしとウォーターフロントの環境を活かしたお洒落なお店がさりげなく共存していて、京都市内の観光地とはまた違った落ち着きがあります。

今回は幼子連れだったので、宮津の宿泊先で休むべく昼過ぎで切り上げましたが、舟屋の民宿風の宿や、リノベーションされた宿、海を臨む素敵なカフェもまだまだたくさんあるようです。
また次回も続きを楽しみたいと、気持ちが穏やかになる風情の町でした。
その他の旅の記録はまた後日。

ネットの力で守っていこう

8月18

okuribi 2022年の五山の送り火は、3年ぶりに本来の形で五山全てが灯されました。

今年は四山を見渡せる西陣織会館の鑑賞会へ。
十二単の着付けを鑑賞したり、西陣織の土産物を見たり、湯に浸かった繭から糸を引き出す「座繰り」を実演するスタッフさんと語らう間に外は激しい雷雨。
それでも、これまでどれだけ酷い土砂降りでも点火されてきたので、心配はしていませんでした。

エレベーターで順に屋上へ出ると、不思議と雨が止んでいました。
安全確保の為でしょうか、今年は大文字と妙法は点火時刻を遅らせたそうです。
待機中の報道カメラマンが携帯電話を片手に、「船形が先に点いてる!?」と動揺していましたが、これもまたレアな一幕でした。

屋上にはたくさんの人が集まりましたが、広いので混雑が気になることもなく、雨上がりの送り火は想像以上に綺麗でした。

SNS上では、様々な場所から撮られた美しい送り火の光景や、それを眺める人々の思いが銘々に綴られていました。
一方で、護摩木に亡くなった人の戒名ではなく個人的なお願い事をしたためる人がいる事に違和感を覚える、というご意見や、点火時間に合わせて照明を落として景観の維持に協力するマンションやビルが減ってしまった、と嘆く声も見受けられました。

疫病禍で親から子、孫へ伝統を語り継ぐ難しさ。感想を述べ合うだけでは伝統を守ることはできません。
マンパワーだけでなく資金もやはり必要です。
クラウドファンディングにより防鹿柵で火床を守るなど、インターネットの影響力を借りて、今後はこういう情報ももっと発信していかねばと、気持ちを新たにしました。
関連動画はこちら

何人もの背中

8月10

3dai 先日は、親子3代競演を楽しみに、金剛能楽堂へ。

能楽金剛流の若宗家・龍謹さんが幣を振り舞う三輪明神に、お祓いを受けたような気持ちになりました。
およそ2時間もの長い『三輪 神道』という大曲を演じ切られるとは、凄まじい集中力です。
昔は、恰幅の良いご宗家永謹氏が大きく、うら若い龍謹さんが華奢に見えたこともありましたが、今度は体格も声の大きさも反対のように見えました。

半能『岩船』で、初シテを務める6歳の謹一朗くんが橋掛かりに颯爽と現れた瞬間から、自分の涙腺が緩みそうになりました。
まだ小さいけれど堅く握りしめた拳を前に出し、大勢の大人たちに囲まれた重圧の中でも、正確に流麗な円を描いて舞う姿に大変驚きました。
そして、ご両親に似て、端正なお顔立ちです。

金剛流26世宗家の永謹さんが息子の龍謹さんを、また孫の謹一朗くんを若宗家の龍謹さんが背後で見守る表情は厳しいものでした。
伝統の重みに対峙する真摯な志の連なりは、3代だけのものではないからです。

16日は「大文字送り火能」。 蝋燭を灯し、いつもより薄暗い環境で、夏の夜に背筋が凍るような演目が毎年採用されています。
ことしの演目は『善知鳥(うとう)』。地獄で責め苦を与えられるという演出が能楽ではどう表現されるか、注目です。

27日、9月3日には「日本全国能楽キャラバン! in 京都」があり、京都市出身の世界的指揮者・佐渡裕氏、伏見稲荷大社宮司の舟橋雅美氏と、それぞれのゲストが上演曲にゆかりのある講演をされる予定(10月30日は東本願寺能舞台が会場)です。

巡行と神輿の後のお楽しみ

8月2

iwai
祇園祭も後祭山鉾巡行、神輿渡御という佳境を越えて、毎年寂しさを感じていた人達に朗報です。

7月28日の神輿洗の直後から、「祝い提灯行列」という行事がこれから毎年行われるそうです。
祇園町にゆかりのあるお店等の有志が、銘々に提灯をこしらえ八坂神社の神輿を迎える神賑わいとして、界隈を練り歩くというもの。

この提灯行列は江戸中期の「花洛細見図」や「祇園御霊会細記」にもその様子が描かれているそうで、5年程前から本格的に盛り上がってきたようで、京都人でもまだ余り知る人の少ない行事です。

いもぼうの海老芋や巨大なおこぼ、吉本新喜劇のマークなど、祇園の人達の洒落がきいた38基もの提灯が、山鉾行事とはまた違ったユルさで楽しい。
「この提灯、なんで野球の球なんですか?」「店主の趣味らしいです」「この双子の赤ちゃんは?」「おくるみです…(←おめでたいイメージ?)」と歩きながら思わず尋ねてしまいました。
途中、「広東御料理 竹香」前で御接待を受け、行列はしばし休憩。鷹山の関係者も何名か参加されていたようで、みんな本当にお祭好きですね!!

先頭を歩く祇園篠笛倶楽部の笛の音は、一本の糸のように揃っていて美しく、八坂神社を出発したときのはつらつとした曲調から、夜の帳が降りてきた白川筋を通るときには穏やかな音色に変わり、夕涼み散歩のように、一緒に歩いて楽しませてもらいました。

今年は短縮ルートでしたが、例年は19時頃から2時間かけて祇園町の南北と細かく練り歩かれます(※雨天中止)。
現在のところは公式サイトが無いそうなので、こちらのサイトを来年のご参考に。
来年は7月10日と28日の両方で観る事ができるといいですね!

関連動画は随時こちらに追加していきますね。

それぞれの祈りの祭典

7月27

kuji3年ぶりに行われた祇園祭の後祭山鉾巡行
先立つ20日の曳き初めでは、東西の通りにある鷹山と、南北の通りに建つ北観音山が、三条新町にて大接近し、お互いの囃子方と車方が思わず挨拶を交わすという微笑ましいハプニングもあったそうです。
巡行本番では、鉾町を出発した鷹山が、御池通りに出るまでに、電線ぎりぎりのところで最初の辻回しをするシーンでは、町内の床屋さんが、大量のお水の提供をしていました。
2014年に大船鉾が復帰を果たしたときに沿道から聞こえたように、進む鷹山に向かって「お帰りなさーい!」と大声で叫びたかったです。

2022年の祇園祭は、前祭は連休、後祭は鷹山の復興という大きな話題もあって、
この日を待ちわびた多くの人が祭に繰り出しました。

しかしながら、引いては押し寄せる疫禍の中です。
知人達の中には、自身やご家族の体調を考慮して、参加が叶わず断念した人もいました。
また、外出を控え自宅の中で祇園祭のしつらいを楽しむと決めた人もいました。
それもまた、ひとつの賢明なご判断だと思います。

漆がまだ塗られていない白木の香りや
脳天に響く鉦の音までは再現できませんが、
こちらの動画で鷹山への搭乗を体験してみてください。

変化する祭の楽しみ方

7月20

kuji
祇園祭の前祭巡行当日。始発に乗り早朝に現地入りすると、中京区に住むマニアな友人達はもう座り込んで周囲の人々とお喋りしていました。
片側の女性は奈良から、反対側の人は東京から。
インターネットで観覧に良い場所を探し、三連休だから思い切って朝から来られたそうです。

巡行に先立ち、祇園祭の追っかけをしている同志達で作るグループLINEに、友人が招待してくれました。
メンバー数なんと30人越え。

ある人は四条河原町や新町御池等で辻廻しの瞬間を捉えるため、またある人は四条通麩屋町にて行われるしめ縄切りに向けて、あるいは四条烏丸で長刀鉾のお稚児さんが剛力に担がれ鉾に上がる様を見届けようと、思い思いの場所で待機しLINEで報告し合います。
巡行が進んで行くと、いわゆる「追っかけ組」はまた別の撮影スポットへと駆け足で移動するので、有料観覧席は専ら観光客がメインでゆっくりと最後まで全ての山鉾を詳細に見届ける場所、という位置づけかもしれません。

「〇〇を船鉾が通過しました」
「××前で棒振り」
「新町通りを菊水鉾が来てから、他の山鉾がなかなか来ません」

画像も交えながら逐一報告し合うので、自分から離れた場所の山鉾の進行状況も把握できて便利!
以前は当たり前だった、山鉾マップを印刷したプラスチック製のうちわも環境への配慮から配布されなくなり、マイナーだった行事もネットやスマートフォンの普及で知るところとなり、祇園祭の楽しみ方も時代を追って変わってきた事を実感しました。
今日も、後祭の山鉾建ての様子を画像で伝える通知で携帯電話が鳴り続けています。

前祭くじ改めその他の動画はこちら(随時追加していきます)

祭は始まったばかり

7月13

mikosi
10日より祇園祭の山鉾建てが始まり、八坂神社では舞殿にて日本神話の語り奉納の後、夕刻より神輿洗式が斎行されました。
祇園祭好き同志の友人のもとへ行くと、去年の祭の間に何度も会った祇園祭大ファンの知人がいて、一緒に八坂神社へ向かうと、またその手のマニアの人々と出会います。
お互いに連絡先も知らず名前もうろ覚えの人もいるし、特に申し合わせもしていないけれど、祇園祭の何かしらの行事の現場に行くと大抵会えてしまうのです。

神輿洗は18時からなので、もともとその間は烏丸まで移動して鉾建てでも観ようとのんびり構えていたのですが、友人達はまだ15時台のうちから現場で撮影場所の確保に向かうとの事で、驚愕しながらついて行きました。
曇り空のお陰で風が涼しく、同志達のコアな情報交換に、数時間も立ちっ放しでいる事すら忘れてしまっていました。
まるでアイドルの追っかけです。周りの人達は濃厚なオタク臭を感じていたに違いありません。

今年の「お迎え提灯」は無く、「神輿洗」は境内のみ。それでもいつしか多くの人が二重三重と集まって、その様子を見届けていました。
中御座、西御座、東御座の三基の神輿が境内の格納庫から舞殿へと上がり、その度に輿丁と観客達の手拍子と「ホイット!ホイット!」が響きます。
朝に汲まれた鴨川の水飛沫で、神輿と共に清めてもらおうと、関係者の赤ちゃんや子供達とその母親達も徐々に集まります。

大勢で舞殿へと運び込む際には神輿に粗相が無いようにと大騒ぎ。
ちょっと大袈裟なくらい荒々しく行き交う掛け声も、場を盛り上げるのに一役買っているのでしょう。

南楼門の上、まだ青さの残る空に白い月が浮かび、舞殿に灯る提灯も、風に吹かれてリズミカルに揺れること揺れること。
なんだか楽しげに見えました。

 →動画はこちら

七夕飾りの意味

7月6

77
子供が自作の七夕飾りを持って帰ってきました。
今年も、近所の花屋に笹の葉を一緒に買いに行こうと思います。

技芸上達を願い五色の短冊にしたためて、神様の依り代となる笹竹に吊るす七夕の笹飾り。
五色とは、古代中国の陰陽五行説で世の中を構成する五行を色で表したもの(木=青(緑)、火=赤、土=黄、金=白、水=黒(紫))。
これら五色は、寺社の飾りや鯉のぼりの吹き流しなどにも魔除けとして用いられていますね。

ところで七夕飾りは独特な造形ですね。各家の軒場にさらさら揺れる笹飾りを見ていると、共通しているものがあります。

一言で表すと、
吹き流し:「手芸上達」「魔除け」
三角つなぎ・菱つなぎ:「手芸上達」
輪つなぎ:「天の川。夢や人のつながり」
野菜:「お供えもの」
折り鶴:「長寿祈願」
紙衣(かみこ):「手芸上達」
巾着:「金運上昇」
綱飾り・貝飾り:「豊作、大漁」
提灯:「魔除け」

なんと、七夕飾りの紙くずを始末するための「くずかご」まで笹飾りとしてあるとは何たる配慮。
商売繁盛を願う福笹と比べても、誰でも作れてとっても庶民的です。

それぞれのお飾りの意味や作り方は、今やインターネットでも得る事ができるので、子供と一緒に作り足してみるのもいいかもしれませんし、
受験や資格試験、音楽など自分のスキルアップのために日々勉強や修練に励んでいる人も、折り紙で折って気持ちを新たにするのもいいですね。

金銀の箔を粉末にした、きらきらの砂子のようなお星さまを、幾つになっても心の中で輝かせていられますように!

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