e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

龍安寺参道商店街を上ル下ル

5月8

sasaya
縁あって、GW中は龍安寺近くで個人が所有する町家を借り、家族だけで滞在していました。
とはいえ、周辺の寺院はことごとく拝観休止である事は知っていたので、外出したのは殆ど食事に関する時だけ。
例年なら多くの人で賑わっていたと思われる龍安寺参道商店街も、空いているお店はちらほらで、
主にテラス席のあるところや他客との距離が取れるお店、お持ち帰り専門で営業をしているところが殆どでした。

妙心寺と龍安寺に挟まれたエリアは、タバコ屋とパン屋が一緒になったようなベーカリーショップ、何でも揃い高齢者にとって便利そうな小規模スーパーがあり、住宅地への横道に目をやると遠くで子供達が路上で遊んでいたり、通りすがりのおじいさんに話しかけられたりします。
住宅に埋もれて見落としそうな駄菓子屋さんもひっそりと開店中。嵐電の踏切の音がことさら響くような静けさと相まって、まるで昭和から時が止まったかのようなノスタルジックな気分になりました。
それでも、大正期創業という「さくらいや」というスーパーにはとようけ茶屋の商品が置いてあったので思わず買って帰り、宿のフライパンでお揚げさんを焼き、醤油をたらして楽しみました。

お土産には笹屋昌園の「本わらび餅 極み」を。
本わらび餅の出来立ての美味しさを味わうための「SASAYASHOEN CAFE&ATELIER」が話題となったお店の本店です。
国産本蕨粉の中でも、希少で雑味が少ないという国産最高ランクの本蕨粉を使い、機械を使わず銅鍋の中で練り上げるのはきっと骨が折れる作業のはず。
箱に流した状態のわらび餅をスプーンでぐいっ力くすくい取り、添付のきなこや抹茶を付けて食べますが、むしろ何も付けなくてもおいしい。
このすっきりとした透明感と清涼感は、和菓子が苦手という人にもおすすめです。

今できることに集中する

4月29

takara

満開の桜を横目にやり過ごしていた今年の春。
じっと留まっているかのような閉塞感を感じている人もいるかもしれませんが、
食卓には筍や山菜が並び、季節は変わらず進み、確実に時間は流れています。
過去を非難したり、未来に不安を抱いたり、カラ元気だったり、他者とぶつかり合ったり、
色んな所で疲れを見せている人々の様子を散見する中で、いつも通りに見える人は強いな、と思います。
「今できること」を考え、こなしています。
「喫茶去」という禅語は、現代では「どうぞお茶でも」と解釈される事も多いのですが、
あるお坊さんが、スマートフォンのホームボタンに例えていたのがユニークでした。
画面上には色んな機能が並んでいて、私達は右に左にせわしなく操作していますが、
ホームボタンを押すと、いったん元の画面に戻りますよね。
家族、他人、仕事、仲間、現在、過去、未来…千々に乱れる心をリセットして、「今ここの」「目の前のこと」にいったん意識を戻す。
お茶の時間にするとして、どこでも手に入る春のおやつ。桜餅とよもぎ餅。
画像のは深泥池畔の「多賀良屋」のですが、幼子の手のような感触に、鼻を抜けるよもぎの香りが豊かです。
毎年楽しみにしている新茶の季節もそろそろ足音が近づいてきました。
茶葉とお湯で満たされた急須から注がれるお茶、立ち昇る湯気と香り、湯呑から指先に伝わる温度。唇から喉に流れ込んでいく温かさ。
感じ得る一つ一つの動きにことごとく集中すると驚くほどたくさんの事象があって、さっきまでの頭のざわつきがいつの間にか少し落ち着いているかも。
邪念に心が支配されないための練習
おうちで旬のものを食べて飲んで、どんなときも芽を伸ばそうとする自然の力を味方につけましょう!
2020年4月29日 | お店, グルメ | No Comments »

疫病除けを願う菓子

4月21

kara
上御霊神社では、3月末に臨時の大祓式が行われました。
疫病が蔓延し、幾千もの命が奪われたという貞観5(863)年、清和天皇の時代に悪霊が鎮まるよう願って、その年の5月20日に神泉苑にて始まったとされる御霊会。
この大祓式は例年5月に行われる御霊祭の成功祈願と、新型コロナウイルスの一日も早い終息を祈願するために例外的に斎行されたものでした。

この時に奉納されたのが煎餅菓子「唐板」。応仁の乱で一時途絶えて以来、古書を頼りに、御霊会の際の疫病除けの神饌を文明9(1478)年に再現されたとされています。
上白糖と小麦粉、卵に少しの塩を含ませて練った生地を伸ばし帯状に切り分け、5枚重ねて薄い短冊型に切った焼き菓子で、現在水田玉雲堂で売っているのはなんとこの唐板だけ。
昭和初期までは御霊神社境内の藤棚のふもとで茶店を営んだり、京都府立植物園の中で珈琲等を扱うパーラーを経営していたそうで、店内には当時の写真が残されています。

唐板の独特の幾何学模様は、鉄板の上で生地が水分を吹き出したときにできたものだとか。
こじんまりとした店構えながら、疫病除けのお供えとしてだけでなく、おやつとしても茶席の干菓子としても長年愛されてきた素朴なお菓子は、お取り寄せも可能です。

おうちご飯を楽しむ

4月13

takeout

週末の夕食は、岩倉のフレンチレストラン「エヴァンタイユ」のテイクアウトを利用しました。
近隣であればデリバリーもしてもらえます。
ここ最近、カフェを一人で切り盛りしていた知人も先日とうとう休業に踏み切りましたが、近所の人からの要望を受けて、閉めたお店のキッチンでお惣菜作りをしているそうです。
その知人に問い合わせたところ家族一組での貸し切り利用を提案して頂いたのですが、こちらからはメニューのテイクアウトが可能か尋ねてみました。
テレビからの報道によると、新規でそのサービスを始めるお店にとっては容器の調達が難しい場合もあるとか。
なので、知人にはこちらから容器持参でテイクアウトをお願いする事にしました。
衛生面に気を配りながら、仕事や家事・子育ての傍ら、年齢層の異なる家族全員分の食事を毎日3食用意するのは本当に大変なこと。
飲食店側も来客が無いまま経費をかけてお店を開け続けるのは本望では無いはず。
各地でもお弁当の販売やテイクアウトを始めているところが増えてきているようです。
皆さんも、持ち帰りやデリバリーの必要性が出てきた時には、こんな感じでご近所や馴染みのお店にご相談されてみてはいかがでしょうか。
2020年4月13日 | お店, グルメ | No Comments »

大原の温泉と味噌鍋

4月6

oohara まだ桜も咲いていない頃の話なのですが、家族で春先の大原山荘にて味噌鍋を頂きました。
自家用車で食事の前に早めに到着して、温泉に入りたい人は大原温泉へ。それ以外の人は外の足湯カフェでリラックスもできます。

既に外国の観光客が少なくなってきた時期だったので、広い座敷の一席に通されたときは、お客は私達のみ。
その後、一組が来ては定食を食べて去り、もう一組来ては去り、という具合で、小さな子供連れでもゆっくりできました。
入り口に売られていたのと同じ味噌でしょうか、大原で育ったみずみずしい有機野菜と香ばしい地鶏が溶け合う自家製樽出し味噌は、地元産キヌヒカリを使用した麹を48時間寝かせたものだそうで、こくがあって美味しい。
誤魔化しのきかないシンプルな料理こそ、素材の良さが現れますね。
野菜も鶏も更に一人分追加して、身体がよく温まりました。

大きな窓から見える山里ののどかな景色。街の中心部から半時間程で澄んだ空と静けさを味わえるコンパクトさも京都の魅力のひとつですね。
また安心してお出掛けできるようになったときの、ご参考までに。

妙顕寺の桜

4月1

myoken

通院の予定があり自家用車で京都市内を走っていると、だいぶの開花が進んできているようです。
かつての混雑ほどでは無いものの、週末の四条通り沿いはそこそこの人々が往来していて驚きました。
祇園を離れ、堀川寺之内へ。本堂が広く開けていて人同士の接触も少なそうだと思い、妙顕寺で下車しました。
人影もまばらで静かな境内は、染井吉野が可憐に咲きこぼれ、枝垂れ桜はピンク色の蕾を膨らませて出番をひっそりと待っているようでした。
中に入ると、青い苔が美しい坪庭に出逢い、そこに流れ込んだ風に孟宗竹が微かに揺れていて何とも涼しげ。
いつもなら、訪れた感想を色々と書き連ねるところなのですが、どうも筆が進みません。
人が少ない所を観光してください、とは安易に申し上げられません。
ですが、今年の桜が散ってしまっても、桜の木や咲いている場所が突然無くなるわけではありません。
にわかに吹いた風に舞い散る花びらの奥に、うねるような幹の逞しさを観ていると、これらの桜は、私達が生まれるよりずっと前から毎年花を付けてきたのかもしれません。
人間が大騒ぎしている外の世界とは違う時間が流れているようでした。 →妙顕寺の桜の画像はこちら(e京都ねっと公式フェイスブック

日本のファストフード

3月11

dasi
先月、有次さんに修理の品を出した帰りに、今年1月に柳馬場錦小路上ルに登場した、だし茶漬けの専門店 「京の魚屋 だし茶漬け 錦 おぶや」で昼食を取りました。
1927年の創業、西京漬で有名な「京都 やま六」さんの新業態と聞いていましたが、入ってすぐの所に券売機が据えてあって驚きました。
だし茶漬けなら全て税込みで1000円以下、ざっと券売機を見渡したところ、価格帯は巷のだし茶漬けチェーン店舗のものとは50円程の違いでしょうか。
「7種の海鮮」だと、海老・いくら・サーモン・帆立等が入って980円(税込)です。
添えられた小鉢は温泉卵と漬物の2品。食べ方は個人の好みですが、まずはだしをかけずにそのまま温かいご飯と魚介を一口頬張ってそれぞれの素材の良さを味わい、それから鰹と昆布がベースのだしを少量ずつかけてまた一口二口、胡麻やぶぶあられもふりかけて香ばしく三口。
最後は残りのだしを味わうようにさらさらと、味と食感の変化を楽しみました。ご飯は迷わず「大」を選びましょう。
もちろん、西京焼きの定食セットや単品のご飯の友、ドリンクもあります。
食事をささっと軽く済ませたいけど、チキンやフライ等のファストフードはちょっと重いし、近くにある京の台所・錦市場の風情からも離れたくない。
そんな時、真鯛やうに、焼き鯖に鴨なんて選択肢があるのは魅力的です。
これこそ「日本のファストフード」か!?

2020年3月11日 | お店, グルメ | No Comments »

スパイシーな干菓子

3月3

wakasa

阪急「四条大宮」駅からほど近くに、趣ある佇まいの干菓子屋「若狭屋久茂」があります。
戸をからからと開け、道から差し込む陽の光だけの店内を見回していると、暫くして「ああ、すんまへんな」と、ご高齢の主人が出て来られました。
様々な木型や篩が、江戸時代中期の創業から300年を越える足取りを静かに表し、茶櫃の他に大きなレジスターも。実際に使われていた事もあるそうです。
初めて訪れた理由は、スパイスが入っているという干菓子を食べてみたかったから。
こちらの跡を継ぐ長女であり、インド舞踊家でもある女性が考案したというもの。
「Ganesha(ガネーシャ)」というインドの智慧と成功の神様の名前を冠しており、象の頭を持つその姿も特注の木型で再現してありました。
変わり種の品を試食無しで買うのは多少勇気が要るのものですが、スパイスが2個、プレーンが1個という内訳の小袋サイズだったので、気軽に手が伸びました。
四国阿波特産の和三盆糖と若狭の本葛に、フェンネルや生姜、カルダモン、シナモン、胡椒、クローブというスパイスが配合されています。
昔ながらの干菓子に親しんでいる両親は、食べて「!?」と目を白黒させていましたが、このお菓子は抹茶よりも紅茶が合いそうだと思いました。
おもてなしに、カップのソーサーに添えると映えそうです。
紀州の南高梅の細かい粒々が入った、可愛らしいラッピングの「maki*maki」は、なめらかでジューシーな口融けの後に甘じょっぱさが残り、単品でも楽しめるお菓子でした。
これからも新しい干菓子が生まれていくようで、楽しみです。
2020年3月03日 | お店, グルメ | No Comments »

煎茶道東仙流の初煎会

1月27

sencha

泉涌寺悲田院に拠点を置く煎茶道東仙流の初煎会に同伴させて頂きました。
枝ぶりが見事な松や薔薇、椿からは柳がまるで湧き流れるように、あちこちに花が生けられ、一幅の軸には「一枝春」の文字。
思わず「梅一輪 一輪ほどの暖かさ」という俳句を連想したのですが、後で調べてみると「一枝春」を含む言葉は幾つかあるようです。
例えば漢詩『長恨歌』では、亡くなり仙女となった楊貴妃が涙をこぼす様を春の雨に濡れた梨の花の一枝になぞらえた表現があり、泉涌寺に楊貴妃観音がある事から、こちらの解釈が近いでしょうか。
(※後に、陸凱の『范曄に贈る』という詩からの言葉で、「江南には何も贈るものが無いので、梅の一枝と共に春をお届けします」との意だそうです。「春を贈るなんて、この方は贈り物の達人だな」と思って掛けさせていただきました、との事でした)
茶道ではお菓子を食べ切った後にお抹茶を頂きますが、煎茶道では一煎目と二煎目の間に、二条駿河屋製のできたての雪餅を頂きました。
例年は玉露も飲むそうですが、今年は丸久小山園の最上級の煎茶「的的」。旨みを舌で転がすようにゆっくりと。
お菓子が「雪」なら、急須からしたたるこの甘露は雪解け水か。
一煎目は香りが広がり、葉の開いた頃に出す二煎目は、甘くなった口の中にちょうど良い、しっかりとした味わいでした。
お茶席の後は別の部屋に移り、「ピリカ・レラ」というグループの竪琴ライアーの生演奏と会場のホテルグランヴィア京都のフレンチを皆で一緒に楽しみました。
煎茶道は茶道程細かな規則が無いそうで、主人のサロンを訪れるような趣だそうです。

指先ほどの小さな一椀から、たった3文字の言葉から、心身を潤す春の訪れ。

会場は隔年で変わるそうで、来年は稽古場のある泉涌寺で行われるそうです。

『麒麟がくる』の予習

1月15

mapple
大河ドラマ放映前の頭の整理として、『まっぷる 明智光秀』出版記念「明智光秀講座」を受講してきました。

明智光秀という人物像の裏表、人物相関図に加えて、本能寺の変から時代を遡るという珍しい構成ながら、観光ガイドブック『まっぷる』らしい親しみやすさで、知りたい情報がうまくまとめられています。
日本史を語る上で京の地は避けて通れないと言っても過言ではありませんが、特に若い頃の資料が少ないと言われる光秀の足跡が分かるのが主に京都だと言われています。
本能寺の変が勃発した市内はもちろん、京都大河ドラマ館が開館した亀岡市、織田信長没後に羽柴秀吉と対決した長岡京・大山崎、信長の命で平定した丹波等々、京都府内や周辺にもゆかりの地がたくさんあります。
5月の連休中に開催される「亀岡光秀まつり」に、あるいはそれまでに亀岡に是非とも足を運んでみたいと思いました。

講座の最後に、明智光秀は、制圧した土地で善政を敷くという仕事を実直に行っていた万能型の武将であり、だからこそ信長に重用されたのだろう、また、比叡山の焼き討ち等、様々な戦の後処理も担っており、家臣を案じる彼の手紙には、一人一人、下々の者の名前まで書かれ、自分の守るべき人々を思うがこそ、信長を討つという手段を選んだのかもしれない、との結びでした。

早速この本を頼りに、帰りの足で光秀の首塚に立ち寄り、塚を守る「餅寅」で「光秀饅頭」を家へのお土産にしました。

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