e-kyoto「一言コラム」

ガイドブックには載っていない、スキマ情報をご紹介していきます。

子供の浴衣、どこで買う?

7月9

jinbei
いつもはオフィス街の四条烏丸近辺に、祇園囃子が流れる季節になりました。
お祭、花火、地蔵盆…子供達にとっても和装に触れる良い機会です。
最近では子供用でも、北欧ブランドさながらにカラフルなものもあれば、子供服メーカー独自の柄のものもあり、値段もさまざま。
「赤ちゃん用の甚平ってどこで買えばいいかな?すぐに大きくなるから高価なものは勿体ないし…」と話すと、実家が鉾町の呉服商の人から「ほな「優彩」さんがええんちゃう?」との返答が。
残念ながらお店には1歳児以上のサイズ展開だったので購入には至りませんでしたが、手頃な価格帯の浴衣や小物などがたくさんハンガーに掛けられていました。
結局のところ、西陣の「たんきり飴本舗」の向かいにある「日の出や」で、いつの間にか母が誂えてくれていた甚平に袖を通す事に。
張りのある注染の浴衣生地で、パンツの無い昔ながらの丈長タイプです。
子供用は小・中・大の3サイズで4300~5800円、仕立て上がりは我が家で4、5日でしたが、長くて1週間だそうです。
お店には反物に始まりガーゼハンカチや祝儀袋の小物のほか、奥には作業スペースがあり、女将さんの柔らかな物腰も素敵でした。
子供の甚平・浴衣探し。なお、祇園祭の宵山期間中は、鉾町のあちこちでセールもされているので、お子さんと一緒に選ぶのも夏の思い出になりますね。

洞窟の中のお不動さん

6月5

tanuki
開山300年を迎えた狸谷山不動院では、11月まで本尊の石像不動明王像を間近で参拝できる特別拝観が行われています。
本堂に入るやいなやお不動さんと目が合い、その距離を感じさせないくらいの真っ白な眼球になんとなく目を反らせられないまま近づき内陣に足を踏み入れると、冷やっと自分の周りにある空気が変わりました。
よく見ると、途中から岩肌になっています。本堂の通常の参拝位置から観ただけではどこに洞窟があるのか気づきませんでしたが、いつの間にか洞窟の一角に居たのでした。
正直なところ、胎内巡りのような真っ暗な洞窟の中を恐る恐る進むスリリングなものを勝手に想像していたのですが、内陣の中は数歩で出られるくらいの大きさで、あっけなく参拝を終えたのでした。
現代人だからこそ簡単に済ませられるものですが、それでもここまでに駅から15分程坂道を歩き、250段の階段を登る必要があります。
「健脚コース?いやいや、これも“行”か!」と雑念ばかりを背負って登って来てしまっていたわけですが、少なくとも1944年に亮栄和上が入山するまで殆ど人の手が入ってなかった約230年間は冷たい洞窟と洛中を繋ぐ険しい山道の往復は、厳しい道のりだった事でしょう。
「がん封じ」で知られる「祈り」の霊山のため、境内の柱には、描かれた身体に自分の悪いところを記して納める木札がびっしり。中には外国語の表記も見られます。
なんと、16日にはプロジェクションマッピング、17日には夜の特別拝観も行われるそうです。

歴史・文化・交流の家 長谷川家住宅

5月29

hase
地下鉄烏丸線「九条」駅または「十条」駅より徒歩約10分。東九条にある「長谷川家住宅」は、275年の歴史を持つ国の登録有形文化財でありながらまだ余り知られていませんが、幕末の禁門の変の際に会津軍の幹部が滞在した名残りや、珍しい古地図や古美術もあり、非常に見どころの多い観光スポットです。
少し前まで実際に生活が営まれていた農家住宅であり、11代当主だった画家・長谷川良雄氏の娘さんが、現在は水彩画のギャラリーの運営と並行して手織り教室をされています。
テレビが隠せる扉や、おくどさんの裏側にIHコンロがあったりと、これまで観光してきた京町家とは違って、経年の趣と現代生活が入り混じったリアル感が、かえって親しみやすく、個性的です。
ギャラリーや床の間のしつらいも季節によって変えられているのですが、5月という事で貴重な檜の兜や、神功皇后とその子・応神天皇の人形、神馬など、ここでも鎧兜とは違う貴重なものが飾られていました。
やはりこれだけの規模の屋敷や庭を維持改修するためには、コンサートや古文書研究会等を企画だけではまだまだ赤字なのだそうで、「いつまでできるか…」と話されていました。
クラウドファンディングも間もなく締め切りを迎えますが、存続のためにはここの知名度が上がるまで、もうしばらく延長してもらいたいところです。
京都市内でも余り馴染みの無いエリアですが、駐車場は4台分あるので、事前に問い合わせれば車での来場もできます。
なお、7月2日や9月29日にも関連講演会とまち歩きがあるそうです。

大雄院襖絵制作プロジェクト

5月15

daiyu
まるで迷路の様な妙心寺の境内の北側に、大雄院(だいおういん)があります。
禅寺本山の襖絵と言えば、山水や文人を描いた水墨画や、絢爛たる狩野派のそれを連想しますが、こちらは江戸時代の漆工家・絵師の柴田是真がデザインした花の丸図を、現代の宮絵師・安川如風氏が描いたもの。
円という限られた空間に吸い込むように季節の動植物を閉じ込め、写実的でありながらも軽やかに見える洗練されたデザイン性は、洋間に置いたとしてもその場に清楚な空気感を与えるような、普遍的な美がありました。
縁側には正座せずに座れる長椅子に座布団、写経の代わりに置いてあるのは、襖絵のデザインのまま思いも思いに色を塗って楽しめる塗り絵が、なんだか少し新しい。
今季の特別公開は終了してしまいましたが、次回もどんな襖絵が出来上がっているか、期待して待ちましょう。
拝観の後は、妙心寺からすぐのところにあるカフェにもお邪魔しました。そのお話は、また後日に。
なお、19、20日は隣華院にて「人形感謝祭」(法要:12時半〜)、20日には長慶院にて「お寺で音楽夜会 瞑想と響き ~The sound of ZEN~ 」(16時半〜)が行われるそうです。

空間で完成するアート

5月8

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KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」巡りの続きです。
このイベントの楽しみの一つが、寺社でもギャラリーでも無い、意外な場所が会場になっているところ。むしろ、その空間に足を踏み入れたくて写真展を観に行くような時も。
ギデオン・メンデルが洪水災害に見舞われた人々を写した「Drowning World」という作品の展示会場には、京都市中央市場そばの旧貯氷庫が選ばれ、その上階の旧氷工場には、アルベルト・ガリシア・アリックスが撮った、アンダーグラウンドな人々のポートレートが掲げられました。
一寸先が闇となってしまった人々の曇った表情、それら被写体が浸る暗い水。
もう氷が作られなくなった工場に一歩足を踏み入れた時の薄暗さとリンクして、地球温暖化の脅威がすぐそばまで迫ってきていることを肌で感じさせます。
止まったままのバルブやスイッチ、旧字体で書かれた看板に壁面の落書き。
繁栄の陰で都合の悪いものから目をそらし、どこかで思考を停止し錆つかせてしまっている現代人の頭の中を象徴しているかのようです。
食材や料理が盛り付けや器によって引き立てられるように、これらの作品が、シンプルの極みともいうべき白くて四角いギャラリーの壁に整然と並べられていたら、印象も変わっていたことでしょう。
ここもまた、京都という都市の一面です。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭

5月1

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KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 」の会場を一日で4か所巡って来たので、その一部をご紹介します。
京都新聞社ビルの地下会場は、無料で入場できます。
普段は入る事のできない印刷工場のレールに沿って並ぶは、アメリカの写真家で映像作家の
ローレン・グリーンフィールドが撮り続けていた、富める人々の飽くなき欲望の数々。
繰り返される歴史を擦り続けていた空間を会場に選んだ意図を感じずにはいられません。
一方、建仁寺の塔頭・両足院では、この展示のためにあえて黒い畳を敷き炭化した木材が用いられており、対照的に陽の光が眩しい新緑の庭から涼やかな風が入り込んでいました。
しかし、そこに展示されているものは、真っ赤な花びらを握り潰し、投げつけて執拗に押し固めたような物体。
かぐわしく華やぐ植物というよりも、まるで生き物の臓器を見せつけられているかのよう。
私達が普段、食事をしているときに、命を意識していないのと同じように、華やかな生け花もまた、無抵抗に命を奪われた生命体の最後の輝きであることを突き付けられています。
作者が故人であるため、写真パネルという形でしか鑑賞する事はできませんが、提携イベントとして、出町商店街に新たに登場した映画館「出町座」では、映画『華 いのち 中川幸夫』が上映されています。
六畳一間の極貧生活の中で、誰が観ても観なくても花をいけ続けたという華道家・中川幸夫の、より肉迫した創作のエネルギーがぶつけられるのではないでしょうか。
“> KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」の会場を一日で4か所巡って来たので、その一部をご紹介します。
京都新聞社ビルの地下会場は、無料で入場できます。
普段は入る事のできない印刷工場のレールに沿って並ぶは、アメリカの写真家で映像作家のローレン・グリーンフィールドが撮り続けていた、富める人々の飽くなき欲望の数々。
繰り返される歴史を擦り続けていた空間を会場に選んだ意図を感じずにはいられません。
一方、建仁寺の塔頭・両足院では、この展示のためにあえて黒い畳を敷き炭化した木材が用いられており、対照的に陽の光が眩しい新緑の庭から涼やかな風が入り込んでいました。
しかし、そこに展示されているものは、真っ赤な花びらを握り潰し、投げつけて執拗に押し固めたような物体。
かぐわしく華やぐ植物というよりも、まるで生き物の臓器を見せつけられているかのよう。
私達が普段、食事をしているときに、命を意識していないのと同じように、華やかな生け花もまた、無抵抗に命を奪われた生命体の最後の輝きであることを突き付けられています。
作者が故人であるため、写真パネルという形でしか鑑賞する事はできませんが、提携イベントとして、出町商店街に新たに登場した映画館「出町座」では、映画『華 いのち 中川幸夫』が上映されています。
六畳一間の極貧生活の中で、誰が観ても観なくても花をいけ続けたという華道家・中川幸夫の、より肉迫した創作のエネルギーがぶつけられるのではないでしょうか。

ありそうでなかった花街写真展

4月18

utage 辰巳神社を背に微笑み、店出しの日には正装でご挨拶まわり…。
プロアマ問わず、芸舞妓たちを写した写真展は、どこも似通っているような気がします。
極彩色のカメラマン・蜷川実花の手にかかると、彼女たちは白粉ではなく、むせ返るような花の香りに包まれ、厳しい世界をしなやかに逞しく生き抜く「女子」。紅や朱は、むしろショッキングピンクに変貌します。
古典芸能を担う彼女らを、洋花で少女漫画の様に飾り付ける手法に、花街ファンの古株達はどういう印象を受けるかは分かりませんが、どれもはっとさせられるほど美しいので、きっと撮られた本人達は、その新鮮さを楽しまれたのではないかと推測してしまいます。

KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」の中でも、京都駅ビルの百貨店の中という立地なので、普段はアートに接する機会の無い人でも、このアートイベントを巡るスタート地点になる展覧会ではないでしょうか。

お寺のひな祭り

3月6

hina 春桃会の三十三間堂。普段は厳かな佇まいの千手観音坐像も、隣にお雛さんが飾ってあるだけでどことなく春の空気をまとっていました。
この日に限り、体半分ほど高いところから堂内を眺められる足場が設置してあり、おびただしい数の千体千手観音立像が規則正しく並ぶ様を斜め上の角度から観ると、まるで合わせ鏡の中で永遠に続いているかのようです。
境内で女の子の赤ちゃんを連れた人をよく見かけたのは、桃の節句に子供の幸せを願ってのことでしょう。実家にあるお雛さんを思い出し、代わりに女性専用の「桃のお守り」を受けて後にしました。
三十三間堂の東側に出たすぐそばの法住寺の、庭を隔てた奥の書院には、三間にわたって吊り雛をはじめとした様々な人形が花壇の様に彩を放っていました。
段飾りに、床の間には立ち雛の掛け軸、畳の上には貝合わせに西洋の人形まで、様々な姿で親しまれてきた人形たちを観ていると、それらをひとつひとつ包み、大切にしまって引き継いできた人々の姿を想像します。
子供の頃は単なる人形遊びだったひな祭り。その意味を知り、お片付けやお飾りを手伝うようになったのは、いくつのときだったかな。

京都の屋台村

2月19

sujin
京都駅から東に徒歩5分、塩小路高倉の角に2年半限定の屋台村「崇仁新町」ができました。
屋外なので、寒さ対策としては膝掛けのほか、屋台骨の外側に厚手のビニールが張ってあり、ペレットストーブも中の空気を温めています。
入り口では野菜も売られていて、近所の奥さんが自転車を止めて覗き込んでいました。
テイクアウトメニューもありテーブルも共有なので、嵐山で人気の中村屋のコロッケをほおばりながら、他のメニューができるのを待ってみたり。
岡崎から出張してきた店舗の「崇仁新町バーガー」は、肉の旨みと根菜の食感、とろけるチーズがぎゅっと一体化したアメリカンスタイルの逸品でした。
昼間だったのでまだ空いていましたが、夜になればおでん等をつつきながら暖を取る人々で賑わうのでしょうね。
飲食店だけでなく、レンタル着物店や、日本の檜を使ったおもちゃを展示販売しているスペースも。
組み立て中の木枠もたくさん残されていたので、まだまだこれからも「ネオスウジン」にはお店が増えていきそうです。
なんと、4月7日には「京都カス野郎プロレス~崇仁春のBANG×2祭り」もあるみたいですよ。

京都のロシア、京都のラオス

10月31

yulala 京都を何度も訪れている人にとって、京料理やおばんざいは今更…という人もいるかもしれませんね。ならば、ロシア料理やラオス料理という選択はいかがでしょうか。
前者は、京都府立植物園の向かい、北山大橋東詰にある「カフェ ヨージク」。
「ロシアランチ」の他、ビーフストロガノフ等お馴染みのロシア料理があり、ビーツや野菜の旨みが優しく溶け込んだボルシチや手作りのベリージャムを添えたロシアンティーのロマンチックな赤は、日本食とはまた異なる華やかさがあり、マトリョーシカ柄の雑貨もカラフルで元気をもらえそう。
香ばしく揚げられた、挽肉、きのこ、りんごの3種の味のピロシキは、持ち帰りもできます。定期的にイベントも開催されているそうで、ひと時の異文化体験をしたい人はぜひ。
後者は、柳馬場仏光寺を下がった職人さん達の町の中にある「ユララ」。
「ラオス料理って、一体どんなん!?」と思う人も多いでしょうが、どことなく言葉もメニューも、タイ料理に似たところがあり、想像していたよりも繊細な印象でした。
素材の持ち味を活かし、日本で言うところの「たまり醤油」に似た魚醤で味を付け、もち米と共に頂いたり、海の無い内陸の国なので魚を発酵させて長持ちさせる等の工夫がなされているのは、都人の知恵が食文化に現れている京都にも通じる部分があります。
また、京都市動物園では「ゾウの繁殖プロジェクト」に基づく人材交流事業としてラオスからやって来たゾウがおり、映画『ラオス竜の奇跡』も上映中とあって、意外と京都との共通点があったのですね。
京都で体験する異文化、まずは「食」から。

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